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異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


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第二章 帰還者

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は5分ぐらいで読めます

よかったらコメント感想聞かせてください!

第二章 帰還者


夜の山道は、不気味なほど静かだった。


機動部隊専用の大型車両が、舗装の剥がれた県道をゆっくりと進んでいく。


窓の外には街灯一つなく、ヘッドライトだけが細い道路を白く照らしていた。光の外側は、深い闇に沈んでいる。


車内にも、誰一人として無駄口を叩く者はいなかった。


エンジン音とタイヤが砂利を踏む音だけが、一定のリズムで響き続ける。


紅林澪奈は助手席でタブレットを開き、報告書と第一次調査班の通信記録をもう一度読み返していた。


『……誰だ。』


最後の通信。


たった三文字。


しかし、その三文字には、言いようのない恐怖が凝縮されていた。


「隊長。」


運転席の神楽が静かに声を掛ける。


「現場まで残り十分です。」


「ありがとう。」


紅林は画面を閉じると、後部座席へ振り返った。


「最終確認をする。」


隊員たちは一斉に視線を向ける。


「今回の目的は二つ。」


「第一に、第一次調査班六名の捜索。」


「第二に、NCO-318-JPの異常性を把握し、必要であれば収容方法を見直すこと。」


彼女は一拍置き、言葉を続けた。


「敵を倒す任務じゃない。」


「生きて帰ることを最優先にする。」


黒岡が腕を組んだまま頷く。


「了解。」


新木慎介は窓の外を見つめながら、小さく息を吐いた。


「……空気がちゃいますね。」


誰に言うでもなく呟く。


紅林が視線を向ける。


「何か感じる?」


慎介は首を横に振った。


「霊気でも呪気でもない。」


「もっと嫌なもんです。」


「家そのものが、人を待っとる。」


その一言で、車内の空気がさらに重くなる。


メアリーは膝の上で手帳を開き、静かに何かを書き込んでいた。


「緊張が伝染しています。」


「皆さん、呼吸が浅くなっていますよ。」


高峰が苦笑する。


「そう言われると余計に意識するな。」


「それでも深呼吸してください。」


メアリーは柔らかく微笑んだ。


「恐怖は判断力を鈍らせます。」


クライムは車載モニターを操作しながら報告する。


「周辺一キロ圏内、人の反応なし。」


「野生動物も異常に少ない。」


「静かすぎます。」


神楽がハンドルを握ったまま小さく呟いた。


「……来るたびに思うんだ。」


「異常が強い場所ほど、生き物がいなくなる。」


誰も否定しなかった。


やがて車は緩やかに減速し、林道の入口で停止する。


ヘッドライトの先には、古びた木製の案内板が立っていた。


文字は風雨で消えかけている。


『██村』


その下には、誰かが後から彫ったような細い文字。


『おかえり』


黒岡が眉をひそめる。


「……報告書にありましたか?」


「ない。」


紅林は短く答えた。


「最近刻まれた可能性がある。」


慎介が車を降りると、案内板へ近づいた。


指先で文字をなぞる。


数秒間黙っていたが、やがて手を離した。


「血でも墨でもありません。」


「焼き目です。」


「最初から木の中にあったみたいな焼き方や。」


「普通の人間にはできません。」


全員が無言になる。


高峰が装備ケースを開いた。


「通信確認。」


「各自、応答。」


「隊長。」


「神楽。」


「黒岡。」


「新木。」


「メアリー。」


「クライム。」


「高峰。」


七人。


紅林は人数を目で確認した。


七人。


携帯端末の表示も七。


「出発。」


一列になり、細い山道を歩き始める。


湿った土の匂い。


葉の擦れる音。


どこからか流れる沢の音。


それ以外は何も聞こえない。


十五分ほど歩いた頃だった。


先頭を歩く黒岡が足を止める。


「隊長。」


「どうした。」


黒岡は懐中電灯を地面へ向けた。


「足跡があります。」


全員が集まる。


泥の上には、複数人分の靴跡が残っていた。


MDE支給の安全靴。


第一次調査班のものと同型だった。


高峰がしゃがみ込み、慎重に観察する。


「新しい。」


「二日以内です。」


神楽が足跡を追う。


一本道を進み、森の奥へ消えている。


「六人分……。」


そう言いかけた瞬間、慎介が首を振った。


「ちゃう。」


全員が彼を見る。


慎介は泥を指差した。


「七人や。」


黒岡がもう一度数え直す。


一。


二。


三。


四。


五。


六。


そして――


「……七。」


誰も声を出さない。


足跡は確かに七人分ある。


しかし報告書では、第一次調査班は六名だった。


紅林はしゃがみ込み、静かに泥へ触れた。


乾き具合を確認し、ゆっくり立ち上がる。


「歩幅が違う。」


神楽が眉を上げる。


「違う?」


「六人は同じ方向へ歩いている。」


「でも一人だけ。」


彼女は森の奥を見つめた。


「家から出てきている。」


その言葉と同時に、森を風が吹き抜けた。


葉がざわめく。


誰も動かない。


その風の中へ、小さな子どもの笑い声が混じった。


「……聞こえたか。」


黒岡が低く呟く。


メアリーは周囲を見回す。


「女の子の声です。」


慎介は険しい表情で首を振った。


「いや。」


「子どもやない。」


「……鳥や。」


全員が空を見上げる。


枝の上には一羽の鳥もいない。


それなのに。


森の奥から。


まるで誰かを歓迎するように。


無数のさえずりが、一斉に響き始めた。


その音は次第に重なり合い、人の笑い声にも泣き声にも聞こえる、不気味な響きへ変わっていく。


そして、その音がぴたりと止んだ瞬間――。


木々の隙間から、一軒の古い日本家屋が姿を現した。


旧████家住宅。


報告書の写真と寸分違わぬその家は、月明かりを浴びながら静かに佇んでいた。


だが、一つだけ違う点があった。


玄関の引き戸が、ゆっくりと音を立てて開く。


家の中には誰の姿も見えない。


それでも、暗闇の奥から、確かに誰かの声が聞こえた。


> 「……おかえりなさい。」


七人は誰一人として返事をしなかった。


だが、その声はまるで彼らが帰宅した家族を迎えるような、優しく穏やかな響きを帯びていた。


紅林は無線機を握り直し、小さく息を吸う。


「全員。」


「ここから先は、報告書にない領域へ入る。」


「絶対に単独行動はしない。」


「私の指示があるまで、この家には入らない。」


誰もが頷く。


しかし、その瞬間。


紅林の胸元に付けられた識別端末の表示が、一度だけ点滅した。


**7**


その数字は、一瞬だけ――


**8**


へと変わった。


次回予告


第三章 帰宅した者たち


9月27日21時投稿予定

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