Tale「クレイン博士を驚かせろ!」
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金土日18時、21時、2本投稿予定
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午前八時十二分。
MDE日本支部・サイト83。
その日。
サイト83では、一つの極秘作戦が開始されようとしていた。
会議室には十七名の職員が集められている。
研究員。
警備職員。
事務職員。
そして。
完全装備の機動部隊員が六名。
机の上にはサイト83内部図。
各階の監視カメラ配置。
クレイン博士の本日の予定表。
無線機。
カードキー。
さらに。
中央には大きく印刷された一枚の紙が置かれていた。
そこには赤い文字で書かれている。
**作戦名――Operation BIRTHDAY**
全員が。
黙ってそれを見ていた。
やがて。
機動部隊員の一人が手を上げた。
「質問よろしいでしょうか」
会議室の前に立っていた梶原が頷く。
「どうぞ」
「我々は昨日」
隊員は真剣な顔で言った。
「北海道から戻ったばかりです」
「はい」
「三日前まで、異常存在の回収作戦に参加していました」
「はい」
「その我々が」
隊員は机の上の資料を見る。
「なぜ誕生日会の警備を?」
梶原は即答した。
「クレイン博士だからです」
「説明になっていません」
「なっています」
「なってません」
梶原は腕を組んだ。
「では聞きます」
隊員を見る。
「あなたはクレイン博士にサプライズを仕掛けられますか?」
「……」
隊員が黙る。
隣の隊員も考える。
さらに隣も。
やがて。
「無理ですね」
「でしょう?」
梶原は満足そうに頷いた。
クレイン博士。
サイト83管理者。
研究者。
そして。
他者の思考を読み取る能力を持つ人物。
本人は普段、
「必要以上には読まない」
と主張している。
だが。
サプライズというものは。
考えた時点で負ける。
ケーキを見れば。
『博士の誕生日ケーキ』
と思う。
飾り付けをすれば。
『博士に見つからないように』
と思う。
博士を会議室へ誘導しようとすれば。
『三時まで時間を稼がないと』
と思う。
つまり。
普通にやれば。
絶対にバレる。
だからこそ。
今回の計画は。
異常存在の収容作戦以上に面倒なものになっていた。
梶原がホワイトボードを見る。
「今回の最大の問題は、クレイン博士の思考読取能力です」
隊員たちが頷く。
「そこで、情報を分割します」
ホワイトボードに書く。
**誰にも全体像を教えない。**
「各担当者には、自分の作業に必要な最低限の情報しか渡しません」
一人の研究員が手を上げる。
「でも梶原さんは全部知ってますよね?」
「はい」
「博士に読まれたら終わりでは?」
「なので」
梶原は答える。
「私は今日一日、博士に近づきません」
「なるほど」
「博士が近づいてきた場合は?」
別の職員が聞く。
梶原は機動部隊を見る。
「止めてください」
機動部隊員が固まった。
「我々が?」
「はい」
「サイト管理者を?」
「はい」
「武力で?」
「必要なら」
「必要になってほしくないんですが」
梶原は資料を配る。
「各員、自分の指示書だけ確認してください」
全員が紙を見る。
そこには。
本当に。
意味の分からない指示しか書かれていなかった。
金井。
『十四時三十分までに第二会議室へ机を六台搬入せよ。理由を考えてはならない。』
槇原。
『十二時に正門へ行き、白い箱を受領せよ。絶対に開封するな。中身を推測するな。』
警備職員。
『十五時までクレイン博士を第二会議室へ入れてはならない。理由は知らなくてよい。』
研究員A。
『色紙で輪を百二十個作成せよ。用途を考えてはならない。』
研究員B。
『クラッカーを十個準備せよ。ただし「誕生日」という単語を考えるな。』
研究員Bが顔を上げた。
「無理では?」
梶原が答える。
「努力してください」
「今もう考えました」
「忘れてください」
「無茶ですよ」
そして。
機動部隊。
指示書。
『クレイン博士の移動を監視し、指定区域への侵入を阻止せよ。ただし作戦目的を知ろうとしてはならない。』
隊長が紙を見る。
「……」
裏を見る。
何もない。
もう一度表を見る。
「これだけ?」
「これだけです」
「博士が理由を聞いてきた場合は?」
「知りません、と答えてください」
「本当に知らないんですが」
「それが理想です」
隊長は少し考えた。
「なるほど」
妙に納得した。
午前九時。
作戦開始。
そして。
午前九時十三分。
クレイン博士は異変に気づいた。
早かった。
「……何だ?」
博士は廊下で立ち止まった。
いつものサイト83。
いつもの研究員。
いつもの警備職員。
しかし。
妙に。
全員の思考がおかしい。
研究員が一人、前から歩いてくる。
博士を見る。
そして。
急に頭の中で。
『リンゴ。リンゴ。リンゴ。リンゴ。リンゴ。リンゴ。』
博士が眉を寄せる。
すれ違う。
次の職員。
『円周率。三・一四一五九二六五三五八九七……』
「……」
博士が振り返る。
職員は早足で去っていく。
さらに。
別の職員。
『何も考えるな。何も考えるな。何も考えるな。何も考えるな。』
クレイン博士が立ち止まった。
「いや」
思わず口に出る。
「余計怪しいだろ」
職員の肩が跳ねた。
そのまま逃げていった。
午前九時二十分。
博士は自分の研究室へ戻った。
机に座る。
考える。
何かが起きている。
それは間違いない。
ただし。
誰も内容を知らない。
妙だった。
サイト83で極秘作戦が実施されることはある。
しかし管理者である自分が知らない作戦など、基本的には存在しない。
博士は内線を取る。
「金井」
『はい』
「今日何かある?」
沈黙。
『……』
「金井?」
『机を運びます』
「何で?」
『知りません』
「どこに?」
『第二会議室です』
「何で?」
『知りません』
「誰の指示?」
『それは……』
金井が考える。
博士には聞こえた。
『梶原さんって言ったらまずいんだっけ』
「梶原か」
『あっ』
通話が切れた。
博士は受話器を見る。
「……なるほど」
午前九時二十八分。
梶原。
逃亡開始。
「バレました!」
無線。
『予定より早いですね』
「金井さんが漏らしました!」
『思考を読まれたんですか?』
「多分!」
『では予定通り、接触回避を』
梶原は白衣を翻しながら廊下を歩く。
角を曲がる。
その直後。
反対側からクレイン博士。
二人。
目が合った。
「……」
「……」
梶原が止まる。
博士も止まる。
「梶原」
「博士」
「何してる?」
「仕事です」
「何の?」
「仕事です」
「具体的には?」
「業務です」
博士が目を細める。
梶原は。
必死に別のことを考える。
『今日の夕飯どうしよう今日の夕飯どうしよう今日の夕飯どうしよう今日の夕飯どうしよう』
博士がため息をつく。
「梶原」
「はい」
「その程度で誤魔化せると思ってる?」
「思ってません」
「じゃあ話して」
「嫌です」
博士が一歩近づく。
梶原が一歩下がる。
博士がさらに一歩。
梶原も一歩。
「……」
「……」
そして。
梶原は走った。
「おい!」
博士も追う。
「止まりなさい!」
「止まったら読まれるでしょう!」
「読まない!」
「信用できません!」
「普段から勝手に読んでない!」
「じゃあ何で金井さんから聞き出したんですか!」
「聞こえたんだよ!」
二人が廊下を走る。
その先。
機動部隊。
六名。
完全装備。
博士が止まった。
梶原は隊員たちの後ろへ逃げ込む。
隊長が一歩前へ出る。
「博士」
「……何」
「ここから先は通せません」
博士が隊長を見る。
「私、このサイトの管理者なんだけど」
「存じています」
「そこ、私の管理区域なんだけど」
「存じています」
「通して」
「できません」
「理由は?」
隊長が堂々と答える。
「知りません」
博士が黙る。
後ろの隊員も頷く。
本当に知らない。
思考を読んでも。
『何で俺たちここにいるんだろう』
『昼飯何だろう』
『博士ちょっと怒ってるな』
『帰りたい』
そんなものしかない。
クレイン博士は。
生まれて初めて。
情報を持っていない人間による情報防護の強さを思い知った。
「……誰の命令?」
隊長が答える。
「梶原研究員です」
「そこは知ってるんだ」
「はい」
博士が梶原を見る。
梶原は機動部隊の後ろ。
「梶原」
「はい」
「出てきて」
「嫌です」
「怒らないから」
「絶対怒ってるでしょう」
「怒ってない」
隊員が心の中で思う。
『怒ってるな』
博士が隊員を見る。
「余計なこと考えないで」
「すみません」
午後十二時。
槇原は正門で白い箱を受け取った。
大きい。
妙に甘い匂いがする。
配送員が言う。
「ケーキです」
槇原が固まる。
「言わないでください!」
「え?」
「中身言わないでって言われてるんです!」
「いや、でもケーキなので」
「もういいです!」
槇原は箱を抱える。
その瞬間。
背後。
「ケーキ?」
クレイン博士。
槇原の顔から血の気が引いた。
「……」
博士。
箱。
槇原。
箱。
博士。
「槇原」
「違います」
「まだ何も聞いてない」
「これはケーキではありません」
箱には。
大きく。
『HAPPY BIRTHDAY』
と書かれていた。
博士が見る。
槇原も見る。
二人。
黙る。
「……」
「……」
槇原が箱を身体で隠す。
「見ました?」
「見た」
「忘れてください」
「無理だろ」
槇原は無線を取る。
「こちら槇原!」
『どうしました?』
「情報漏洩!」
『何が漏れました?』
「ケーキ!」
無線の向こう。
沈黙。
『……博士は?』
槇原が前を見る。
いない。
「……博士?」
クレイン博士は。
すでに走っていた。
「逃げました!」
『逆です! 追ってください!』
「なんで!?」
午後十二時十分。
サイト83。
異常事態。
クレイン博士が。
自分の誕生日サプライズの全容を把握しようとして逃走。
機動部隊が追跡。
『対象、第二研究棟へ移動!』
『了解!』
「対象って私!?」
博士が走る。
後ろから隊員。
「博士! 止まってください!」
「嫌だ!」
「我々も理由知りません!」
「じゃあ追うな!」
「命令なので!」
「誰の!?」
「梶原研究員です!」
「やっぱり梶原か!」
研究員たちが廊下の端へ避難する。
新人職員が呆然と見る。
「何してるんですか?」
先輩職員が答える。
「知らない」
「異常存在ですか?」
「違う」
「訓練?」
「違うと思う」
「じゃあ何です?」
「誕生日会」
新人が黙った。
「……MDEっていつもこんな感じなんですか?」
先輩職員は少し考える。
「今日は酷い方」
午後一時。
クレイン博士。
確保。
食堂。
椅子。
左右に機動部隊。
博士は腕を組んでいる。
「これは監禁では?」
隊長が答える。
「保護です」
「何から?」
「知りません」
「便利だな、その言葉」
「本当に知らないので」
博士がため息をつく。
「何時まで?」
「十五時です」
「何で?」
「知りません」
「どこへ連れていく?」
「十五時になったら指示が来ます」
「誰から?」
「知りません」
「君たち機動部隊だよね?」
「はい」
「もっと重要な仕事あるよね?」
隊長が少し考える。
「あります」
「帰っていいよ」
「命令なので」
「真面目だな……」
午後二時。
第二会議室。
飾り付け。
研究員たちが色紙を貼る。
金井が机を並べる。
槇原がケーキを置く。
梶原が全体を見る。
「クラッカーは?」
「あります」
「飲み物?」
「準備完了」
「照明?」
「大丈夫です」
「博士は?」
無線。
『食堂で確保中』
「よし」
梶原が時計を見る。
あと一時間。
「ここまで来たら絶対成功させます」
金井が言う。
「もうケーキ見られてますけど」
「それは事故です」
「誕生日ってバレてるのでは?」
「目的まではバレていません」
「いや、ほぼバレてますよ」
「黙ってください」
午後二時四十分。
クレイン博士は食堂でコーヒーを飲んでいた。
機動部隊員たちも一緒に飲んでいる。
妙な光景。
博士が聞く。
「君たち」
「はい」
「本当に何も知らない?」
「はい」
「ケーキは見た」
「そうなんですか」
「誕生日なのも分かってる」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
少し間。
「……じゃあもう解放してくれない?」
「それはできません」
「なんで?」
「十五時まで待機命令です」
博士は時計を見る。
あと二十分。
「梶原、本当に徹底してるな」
隊長が笑う。
「我々もここまで本格的とは思いませんでした」
「私もだよ」
午後二時五十九分。
無線。
『移送開始』
隊長が立つ。
「博士」
「はいはい」
「こちらへ」
「目隠しとかする?」
隊長が少し驚く。
「必要ですか?」
「いや、冗談」
博士が立つ。
廊下を歩く。
機動部隊六名に囲まれて。
サイト管理者が。
自分の誕生日会へ連行されていく。
途中。
職員たちが見る。
博士が言う。
「見世物じゃないぞ」
全員目を逸らす。
第二会議室。
扉の前。
隊長が無線。
「到着」
中。
梶原。
「了解」
照明が消える。
全員配置。
クラッカー。
ケーキ。
準備。
扉。
開く。
クレイン博士が入る。
暗い。
一歩。
二歩。
そして。
照明。
「せーの!」
パン。
パン。
パン。
「クレイン博士!」
全員。
「お誕生日おめでとうございます!」
紙吹雪。
拍手。
ケーキ。
飾り付け。
職員。
機動部隊。
全員が笑っている。
博士は。
立ち尽くした。
「……」
梶原が少し不安になる。
「博士?」
博士は部屋を見る。
色紙。
ケーキ。
職員。
そして。
大きな横断幕。
『HAPPY BIRTHDAY Dr. CRANE』
数秒。
博士は何も言わなかった。
やがて。
小さく笑った。
「……なるほど」
梶原も笑う。
「成功です」
「成功?」
「はい」
博士が周囲を見る。
「朝からサイト中の人間がリンゴとか円周率とか考えて」
「はい」
「機動部隊六人投入して」
「はい」
「私を食堂に二時間監禁して」
「保護です」
隊長が訂正する。
博士が隊長を見る。
「君は黙ってて」
「はい」
そして。
博士はケーキを見る。
「これ全部」
梶原が頷く。
「博士に気づかれず準備しました」
博士は少し考える。
「いや」
「はい?」
「ケーキ見たけど」
槇原が顔を逸らす。
梶原も一瞬黙る。
「……概ね成功です」
「概ね」
「はい」
博士は笑った。
「まあ」
少しだけ。
声が柔らかくなる。
「ありがとう」
会議室。
一瞬静かになる。
そして。
拍手。
今度は。
本当の拍手。
梶原がケーキを切り分ける。
「博士」
「何?」
「ちなみに」
嫌な予感。
「ケーキ代ですが」
博士の表情が止まる。
「うん」
「博士の研究費で処理しました」
沈黙。
「……」
「……」
クレイン博士が。
ゆっくり。
梶原を見る。
「梶原」
「はい」
「それは先に読ませろ」
会議室が笑いに包まれた。
その日のサイト83業務日誌。
十五時〇三分。
Operation BIRTHDAY終了。
作戦結果。
**概ね成功。**
人的被害。
なし。
異常存在による被害。
なし。
設備被害。
なし。
機動部隊投入。
六名。
使用クラッカー。
十個。
ケーキ。
一個。
クレイン博士による情報看破。
一部。
クレイン博士の驚愕。
確認。
なお。
本作戦に機動部隊六名を投入したことについて。
後日。
上級管理部門より。
正式な問い合わせが行われた。
回答者。
梶原研究員。
回答。
『必要な戦力でした』
再質問。
『本当に?』
回答。
『本当に』
さらに後日。
サイト83に一件の内部通達が追加された。
**『職員の誕生日行事を目的とした機動部隊の投入には、事前に管理部門の承認を得ること。』**
ただし。
通達の末尾には。
誰が書いたのか分からない手書きの一文が残されていた。
『成功したならいいじゃないですか。』
その下。
別の筆跡。
『よくない。』
――Tale「クレイン博士を驚かせろ!」
次回予告
Tale「サイト83健康診断」
9月24日21時投稿予定




