第五章 ようこそ、東雲重工業へ
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三枝悠真たちは、助けを求める声の方へ走った。
さっきまで逃げることしか考えていなかった。
MDEに捕まらないこと。
第二集合地点へたどり着くこと。
支給されたケースをできるだけ守ること。
それが試験だった。
けれど、今はもう違う。
試験は中断された。
東雲重工からも、安全確保を最優先するよう指示が出ている。
それでも悠真たちが危険な方へ向かっているのは、助けを求める声が聞こえたからだった。
「こっち!」
宮前琴音が声のする方向を指さす。
廊下の先は大きく歪んでいた。
壁と壁の間が、奥へ行くほど狭くなっている。
床も斜めになっているように見えた。
けれど、本当に建物が傾いているわけではない。
東雲重工の異常設備によって、周囲の空間そのものが一か所へ引っ張られているのだ。
「走りにくいな……!」
戸塚修平が壁に手をつく。
悠真も身体が前へ引かれる感覚を覚えた。
坂道を下っているような感覚に近い。
しかし、床は平らだ。
「いた!」
琴音が叫んだ。
廊下の先。
倒れた棚の向こうに、新人が二人いた。
一人は動けている。
もう一人は、足を挟まれていた。
「大丈夫ですか!」
悠真たちが駆け寄る。
「足が……」
倒れている新人が答えた。
足首の上に金属製のラックが乗っている。
一人では持ち上げられそうにない。
しかも。
ラックも床も、少しずつ廊下の奥へ引っ張られていた。
このままでは危険だった。
「持ち上げるぞ」
戸塚がラックへ手をかける。
悠真も反対側へ回る。
琴音は負傷者の身体を支えた。
「せーの!」
持ち上げる。
重い。
少し浮く。
「もう少し!」
琴音が負傷者の足を引く。
その瞬間。
建物全体が大きく震えた。
ラックがずれた。
「危ない!」
悠真たちは一度手を離す。
金属音。
ラックが床へ落ちる。
奥の壁が、さらに歪んだ。
琴音が息を呑む。
「これ、どんどん酷くなってない?」
「なってる」
悠真が答えた。
「急がないと」
もう一度。
戸塚と悠真がラックを持ち上げる。
今度は琴音も片手を添えた。
「上げるよ!」
三人で力を入れる。
ラックが持ち上がった。
負傷者の足が抜ける。
「よし!」
もう一人の新人が負傷者を抱き起こした。
「歩けます?」
「無理だと思う」
「じゃあ肩貸す」
戸塚がすぐに負傷者の腕を自分の肩へ回した。
悠真も反対側を支える。
「戻ろう」
そのときだった。
背後から声が飛んだ。
「そっちじゃない!」
全員が振り返る。
通路の向こうから、MDEの部隊が走ってくる。
先頭は紅林零奈だった。
その隣には、東雲重工の社員もいる。
ついさっきまで追う側と逃げる側だった二つの組織が、今は同じ方向へ走っていた。
零奈は悠真たちのところまで来ると、すぐ負傷者を見る。
「怪我は?」
「足を挟まれました」
「歩けない?」
「難しいです」
零奈が後ろを振り返る。
「担架!」
MDE隊員が簡易担架を広げる。
東雲社員も手伝った。
負傷者が乗せられる。
悠真は少し驚いた。
つい少し前まで、自分たちを捕まえようとしていた相手だ。
だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。
零奈が悠真を見る。
「あなたたち、どうしてこっちに来たの?」
「声が聞こえたので」
「避難指示、聞いたでしょう」
「聞きました」
「逆方向よ」
「分かってます」
零奈が一瞬黙った。
それから、ため息をついた。
「東雲に向いてるのか、向いてないのか分からないわね」
戸塚が苦笑する。
「褒められてます?」
「褒めてない」
琴音が小さく笑った。
その瞬間。
警報音が変わった。
低い音。
今までより強い警告。
東雲社員の端末に赤い表示が出る。
「空間圧縮率上昇」
零奈が振り向く。
「どういう意味?」
社員が答える。
「この区画が、あと数分で維持できなくなる可能性があります」
「具体的に」
「廊下そのものが潰れます」
「それ最初に言って」
「申し訳ありません」
零奈が通信機を取る。
「全員撤退。負傷者優先」
だが。
東雲社員はその場を動かなかった。
零奈が気づく。
「何?」
「停止装置があります」
社員は廊下の奥を指さした。
歪みの中心方向。
「あちらです」
「誰が行くの?」
「私が」
零奈は即答する。
「駄目」
社員が驚く。
「しかし」
「今からそこへ一人で行って、戻ってこられる保証ある?」
「ありません」
「じゃあ駄目」
「ですが、このままでは」
「別の方法」
零奈は端末を見る。
「遠隔操作は?」
「接続が切れています」
「予備回線」
「ありません」
「物理スイッチ?」
「あります」
零奈が顔をしかめる。
「あるんじゃない」
社員は首を横に振る。
「ただし、操作には二か所を同時に作動させる必要があります」
「場所は?」
「制御室と、格納室前」
零奈が地図を確認する。
二地点。
かなり離れている。
悠真が地図を覗き込んだ。
「制御室って、ここから近いですよね」
零奈が悠真を見る。
「何考えてるの」
「俺たちが行けます」
「却下」
「でも近いです」
「却下」
「場所も分かります」
「だから却下」
悠真が黙る。
琴音が地図を見る。
「制御室なら、さっき通ったところの近くですよね」
東雲社員が答える。
「はい」
戸塚も言う。
「俺たちなら道が分かる」
零奈が三人を見る。
「あなたたち新人でしょう」
「はい」
「入社初日」
「まだ正式採用前ですけど」
「今そこ重要?」
琴音が少し笑う。
零奈は頭を押さえた。
東雲社員が口を開く。
「制御室側の操作は難しくありません」
零奈が睨む。
「簡単?」
「手順通りなら」
「その『手順通りなら』が信用できないのよ」
社員は黙った。
悠真が言う。
「行かせてください」
零奈が見る。
「理由は?」
「近いからです」
「それだけ?」
悠真は少し考える。
「あと」
周囲を見る。
MDE隊員たち。
東雲社員。
負傷した新人。
「今、一番動けるのが俺たちだから」
零奈は答えなかった。
琴音も言う。
「私、電子制御です」
戸塚も続く。
「俺は材料系。役に立つか知らないけど」
「俺は機械です」
悠真が言った。
三人とも。
今日、正式採用されるかどうかを試されていた。
その結果。
本物の事故が起きた。
零奈はしばらく三人を見ていた。
「無茶しない?」
「します」
悠真は答えた。
零奈の顔が固まる。
「そこは『しません』って言うところでしょう」
「できるだけしません」
「それも信用できない」
少しだけ。
空気が緩んだ。
だが時間はない。
零奈は決めた。
「分かった」
三人の表情が変わる。
「ただし、危ないと思ったらすぐ戻る」
「はい」
「停止装置が動かなくても粘らない」
「はい」
「MDEの指示が入ったら従う」
琴音が少し迷う。
零奈が睨む。
「そこ迷わない」
「はい」
「よし」
零奈は東雲社員を見る。
「手順を説明して」
社員は端末を悠真へ渡した。
画面には制御室の位置と、操作方法が表示されている。
「制御盤の安全カバーを開け、二つのスイッチを同時に押してください」
「同時?」
「はい」
「一人では無理?」
「できますが、間隔が狭いので二人以上を推奨します」
琴音が画面を見る。
「その後は?」
「格納室側の操作と同期します」
「タイミングは?」
「こちらから通信します」
悠真が頷いた。
「分かりました」
零奈が最後に言う。
「三枝」
「はい」
「捕まえるのは後にしてあげる」
悠真は苦笑する。
「後で捕まえるんですか」
「それはそれ」
「ですよね」
三人は走り出した。
今度はMDEから逃げるためではない。
施設を止めるためだった。
制御室までは、それほど遠くなかった。
ただし。
空間の歪みは強くなっている。
歩いているのに、床が後ろへ流れるような感覚がある。
壁も少しずつ傾いて見える。
琴音が先頭を走る。
「こっち!」
角を曲がる。
悠真と戸塚が続く。
制御室。
扉は開いていた。
中へ飛び込む。
古い操作盤。
端末の図と同じ。
「これだ!」
戸塚が安全カバーを開ける。
中に二つのスイッチ。
左右。
琴音が一つ。
悠真がもう一つに手を置いた。
「通信は?」
悠真が端末を見る。
ノイズ。
聞こえにくい。
『――枝、聞こえる?』
零奈の声。
「聞こえます!」
『格納室側、到着した』
「こっちも準備できました!」
『合図で押して』
三人が息を合わせる。
端末の向こう。
零奈と東雲社員が格納室前に到着していた。
透明容器の中。
黒い球体は、最初よりかなり大きくなっている。
周囲の空間が歪み、容器の形さえ曲がって見えた。
東雲社員が別の制御盤を開く。
「こちら準備完了」
零奈が通信する。
「三枝」
『はい!』
「三つ数える」
『了解!』
「三」
悠真がスイッチを握る。
「二」
琴音が息を止める。
「一」
戸塚が盤面を見る。
「今!」
全員が押した。
重い音。
施設全体が大きく揺れる。
照明が消える。
真っ暗。
その直後。
緊急灯。
赤い光。
悠真がスイッチを押したまま叫ぶ。
「動いてる!?」
琴音が表示を見る。
「分からない!」
戸塚が別の計器を見る。
針がゆっくり下がっている。
「下がってる!」
悠真が通信する。
「紅林さん!」
返事がない。
「紅林さん!」
数秒。
長い。
そして。
『聞こえてる』
零奈の声。
『そのまま』
「止まってますか!」
『今確認してる!』
格納室。
黒い球体が震えている。
一度。
大きく膨らむ。
零奈が身構える。
東雲社員が計器を見る。
「圧縮率低下」
「本当?」
「はい」
球体が。
少しずつ。
小さくなる。
壁の歪みが戻る。
床も戻る。
照明が一つずつ復旧する。
東雲社員が大きく息を吐いた。
「安定化しました」
零奈が通信機を取る。
「三枝」
『はい』
「離していい」
『……終わった?』
「終わった」
その瞬間。
制御室。
琴音がその場に座り込んだ。
「疲れた……」
戸塚も壁にもたれる。
悠真はスイッチから手を離した。
三人とも。
少しの間。
何も言わなかった。
やがて。
琴音が笑った。
「入社式だったよね、今日」
戸塚も笑う。
「朝はな」
悠真も笑った。
「もうずっと昔みたいだ」
事故は収束した。
負傷者はいた。
だが、重篤な被害は発生しなかった。
MDEと東雲重工は、その後しばらく共同で施設内の安全確認を行った。
新人たちは順次、安全区画へ集められた。
すでに逃走試験どころではない。
誰も第二集合地点を目指していなかった。
そして。
午後。
中央技術研修所から離れた場所。
東雲重工業所有の臨時研修施設。
そこに、新人たちが集められていた。
朝とは別人のようだった。
スーツは汚れている。
ネクタイは曲がっている。
靴も泥だらけ。
中には応急処置を受けている者もいる。
悠真。
琴音。
戸塚。
三人も並んで座っていた。
「結局、試験どうなったんだ?」
戸塚が聞く。
「中止じゃない?」
琴音が答える。
「事故になったし」
悠真もそう思っていた。
しばらくすると。
前方へ人事部長が現れた。
朝と同じ人物。
ただし。
朝より少しだけ疲れている。
新人たちの視線が集まる。
人事部長が一礼した。
「皆さん」
誰も拍手しない。
「本日は大変お疲れさまでした」
新人のどこかから声。
「本当にですよ」
小さな笑いが起きた。
人事部長も少し笑った。
「まず、本日の事故について」
表情が真剣になる。
「こちらは完全に弊社の責任です」
会場が静かになった。
「最終実地評価に使用する予定のない設備が異常作動しました」
「新人の皆さんを危険にさらしたことについて、深くお詫び申し上げます」
頭を下げる。
今度は誰も笑わなかった。
「また、事故発生後の皆さんの行動については、採用評価の対象外とします」
ざわめき。
琴音が小声で言う。
「対象外なんだ」
戸塚が答える。
「まあ事故だからな」
しかし。
人事部長は続けた。
「ただし」
新人たちが見る。
「記録は残します」
悠真が少し笑った。
やっぱり東雲だ。
「正式な採用評価については、事故発生以前までの行動をもとに判定しました」
スクリーンが点灯する。
名前。
番号。
大量に並ぶ。
「結果を発表します」
新人たちが緊張する。
朝より。
試験中より。
なぜか今が一番緊張している。
人事部長が言った。
「本年度新規採用者」
「正式採用者――百十一名」
どよめき。
悠真はスクリーンを見る。
探す。
三枝悠真。
あった。
宮前琴音。
ある。
戸塚修平。
ある。
「……受かった」
琴音が呟く。
「受かったな」
戸塚も笑う。
悠真は。
少し遅れて。
大きく息を吐いた。
安心した。
こんな会社なのに。
なぜか。
かなり嬉しかった。
人事部長が続ける。
「なお、MDEによって身柄を確保された方についても、全員が不合格ではありません」
新人たちがざわつく。
「捕まったのに?」
誰かが言う。
「捕まるまでの行動を評価しております」
人事部長は説明した。
「仲間を逃がすために自ら残った者」
「負傷者を救助した結果、逃走が遅れた者」
「危険な異常設備の使用を避け、MDEによる保護を選択した者」
「それらを単純な失敗とは判断しておりません」
悠真はその言葉を聞いて。
少しだけ。
この試験の意味が分かった気がした。
逃げ切れる人間だけが欲しいわけではない。
MDEに勝てる人間が欲しいわけでもない。
どんな状況でも。
自分で考える人間。
東雲重工が見ていたのは。
たぶん。
そこだった。
人事部長の後ろから、職員たちが入ってくる。
手には小さな箱。
新人一人一人へ配られていく。
悠真も受け取った。
開ける。
社員証。
朝持っていた仮入館証とは違う。
東雲重工業株式会社。
氏名。
所属。
顔写真。
悠真はそれをしばらく眺めた。
琴音も。
戸塚も。
人事部長が壇上へ戻る。
「それでは」
少し間を置く。
「朝にも同じ言葉を申し上げましたが」
笑う。
「今度こそ正式に申し上げます」
新人たちを見る。
「東雲重工業株式会社へのご入社」
「誠に、おめでとうございます」
拍手は。
すぐには起きなかった。
疲れすぎていた。
誰かが一度だけ手を叩く。
ぱち。
別の誰か。
ぱち、ぱち。
少しずつ。
拍手が増える。
最後には。
小さいながらも。
確かな拍手になった。
悠真も手を叩いた。
琴音が隣で笑っている。
戸塚も笑っていた。
「これ」
琴音が社員証を見る。
「次から普通に出勤するんだよね」
戸塚が答える。
「多分」
琴音が顔をしかめる。
「その言葉、本当に嫌いになってきた」
三人は笑った。
その頃。
MDE側。
中央技術研修所の臨時指揮所。
零奈は椅子に座っていた。
机の上には、東雲重工から回収した資料が積まれている。
部下の一人が、紙の束を持ってきた。
「隊長」
「何?」
「これ」
零奈が受け取る。
表紙。
『令和██年度新規採用者 最終実地評価実施要領』
零奈の顔が少し険しくなる。
ページをめくる。
評価項目。
危険認識。
判断力。
情報保全。
協調性。
救護行動。
不要な戦闘の回避。
さらに。
当日の実施計画。
そこには。
情報提供予定時刻。
MDE想定到着時刻。
予想される突入経路。
すべて。
書いてあった。
部下が言う。
「完全に計画されてました」
「知ってる」
零奈はページをめくる。
そして。
止まった。
一行。
『外部協力機関』
その下。
『国際異常研究機構MDE』
零奈が黙る。
部下も見る。
「……協力機関?」
零奈は何も言わない。
さらに下。
『想定担当』
『MDE現地対応部隊』
その横に。
手書きの追記。
『可能であれば紅林零奈隊長を推奨』
零奈の目が細くなる。
部下が一歩下がる。
「隊長」
「何」
「落ち着いてください」
「落ち着いてる」
声は静かだった。
かなり静かだった。
部下はそれ以上言わなかった。
零奈は次のページを見る。
終了後評価。
そこには、東雲側のコメントが記載されていた。
『MDE側対応速度は想定以上』
『紅林隊長による試験構造の早期看破を確認』
『新人側に対する適切な安全確保行動あり』
『予定外事故発生後は迅速に救助活動へ移行』
そして。
最後。
『総評』
『外部環境要因として非常に優秀』
『次年度も可能であれば同部隊の協力を希望する』
零奈は。
ゆっくり。
紙を机へ置いた。
部下が聞く。
「どうします?」
「何が」
「来年」
零奈は真顔で答えた。
「絶対に来ない」
部下が頷く。
「ですよね」
数秒。
零奈が言う。
「でも」
「はい?」
「次の入社式の日程、調べておいて」
部下が固まる。
「行くんですか?」
「行かない」
「では?」
零奈は書類を見る。
「先に情報を潰す」
「なるほど」
「あと、この『外部協力機関』って表現」
紙を指で叩く。
「正式に抗議する」
「東雲重工へ?」
「当然」
「返事来ますかね」
「来るまで送る」
部下は苦笑した。
その夜。
東雲重工業。
人材開発部。
机の上に、本年度の最終報告書が置かれていた。
『新規採用者最終実地評価 実施結果』
参加者。
百二十七名。
正式採用。
百十一名。
辞退。
数名。
追加評価対象。
数名。
事故による死者。
ゼロ。
MDE側死者。
ゼロ。
東雲側死者。
ゼロ。
報告書の最後。
総評。
『概ね良好』
その下に。
追記。
『予定外事故への対応を踏まえ、次年度より非試験対象異常設備の完全停止を実施すること』
さらに。
『MDE紅林零奈隊長については、試験構造を早期に看破する可能性が高いため、次年度の外部環境要因としての使用は推奨しない』
少し間を空けて。
手書き。
『ただし、非常に良い試験官であった。』
男性社員が報告書を閉じる。
隣にいた女性社員が聞いた。
「来年もやります?」
男性社員は少し考えた。
「改善は必要でしょうね」
「試験を?」
「もちろん」
女性社員が苦笑する。
「やめる選択肢はないんですね」
「ありません」
「MDEには怒られますよ」
「毎年のことです」
男性社員は窓の外を見る。
夜。
遠くに工場の灯り。
東雲重工の施設が並んでいる。
「それに」
「はい?」
「MDEから逃げられない社員では、長く働けませんから」
女性社員は。
何も言わなかった。
翌朝。
三枝悠真の自宅。
目覚まし時計が鳴った。
悠真はしばらく布団の中で動かなかった。
全身が痛い。
昨日走り回ったせいだ。
枕元。
新しい社員証。
東雲重工業株式会社。
三枝悠真。
悠真はそれを見る。
昨日の出来事が。
夢だったようにも思えた。
だが。
スーツは泥だらけ。
革靴には傷。
社員証もある。
夢ではない。
スマートフォンが鳴る。
琴音からのメッセージ。
『おはよう』
続けて。
『今日普通に出勤らしい』
悠真は笑った。
戸塚からも来る。
『筋肉痛やばい』
その下。
『遅刻したら評価下がるかな』
悠真は返信する。
『もう採用されたから大丈夫だろ』
少し考えて。
もう一言。
『多分』
すぐに琴音から返事。
『禁止』
悠真は声を出して笑った。
そして。
起き上がる。
社員証を取る。
昨日。
人事部長が言っていた。
会社は英雄を求めない。
生きて帰れ。
そして。
次の出勤日に。
出社しろ。
悠真は社員証を首から下げた。
玄関を出る。
今日から。
正式に。
東雲重工業株式会社の社員だった。
――第五章「ようこそ、東雲重工業へ」 了
――Tale End.
次回予告
Tale「試験官ではありません」
9月22日21時投稿予定




