↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/85

Tale-02 『博士、お返事をどうぞ』

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は5分ぐらいで読めます


――サイト83・午前8時11分


「博士、今日チキン南蛮あります」


「了解」


「あと、窓際に鳥います」


竜田博士の足が止まった。


サイト83職員食堂。


朝食時間を少し過ぎた頃だった。


博士はトレーを持ったまま、声をかけてきた食堂職員を見る。


「どっちだ」


「はい?」


「生きてる方か、死んでる方か」


「あ」


職員は窓を見る。


「生きてる方です」


「種類は?」


「ハトです」


「分かった」


竜田博士は安心して窓を見た。


フライドチキンがいた。


「…………」


窓の外。


芝生の上を、一ピースのフライドチキンが歩いている。


もちろんハトである。


博士も分かっている。


フライドチキンが地面をつついた。


「朝から元気だな、お前」


クルッポー。


「鳴くな。食欲なくなる」


博士は窓から視線を外した。


NCO-28-JPへの完全曝露から、すでに三週間。


症状は一向に改善していなかった。


だが人間とは恐ろしいものである。


三週間も経てば、空を飛ぶフライドチキンにも慣れる。


電線に止まっている唐揚げにも慣れる。


植え込みから飛び出してくるチキンナゲットにも慣れる。


そしてサイト83の職員たちもまた、


「竜田博士が鶏肉料理に見える」


という異常に慣れ始めていた。


「おはようございます、博士」


通りかかった研究員が声をかける。


「おう」


「今日はチキンカツですね」


「俺が?」


「はい」


「昨日は?」


「ローストチキンでした」


「日替わり定食みたいに言うな」


研究員は笑いながら去っていった。


竜田博士はため息をつく。


異常。


確かに異常である。


だが。


管理できる異常だ。


少なくとも、昨日までは。


        *


午前9時02分。


情報災害研究部門、第3研究室。


「博士」


竜田博士は端末から顔を上げた。


若い研究員が入口に立っていた。


「何だ」


「解析部からです」


「NCO-28-JP?」


「はい」


研究員の表情が妙に硬い。


「映像の再生時間が変わりました」


竜田博士の手が止まった。


「何秒」


「二十一秒です」


「短くなった?」


「違います」


研究員は首を振った。


「増えました」


沈黙。


NCO-28-JP。


『わくわく博士のびっくりドッキリ鳥っキー』


原本再生時間。


11分42秒。


これは回収時から一度も変化していない。


コピー。


デジタル化。


フレーム抽出。


どの媒体でも同じ。


11分42秒。


「現在は?」


「12分03秒です」


竜田博士は立ち上がった。


「誰か見た?」


「まだです」


「正解」


白衣を掴む。


「解析室行くぞ」


研究員も後を追う。


廊下へ出る。


「いつ変化した」


「午前3時14分頃です。自動整合性チェックが検出しました」


「原本?」


「原本と隔離サーバー上のコピー、両方です」


「外部接続は?」


「ありません」


「編集ログ」


「なし」


「データ容量」


「増えています」


竜田博士は足を速めた。


嫌な感じがした。


認識災害を研究している人間は、「嫌な感じ」というものを馬鹿にしない。


脳が言語化できていないだけで、何かを認識している場合があるからだ。


解析室前。


警備員が立っている。


「博士」


「状況は?」


「変化なしです」


「誰も再生するな」


「了解」


竜田博士はカードキーをかざした。


扉が開く。


解析端末。


隔離サーバー。


中央モニター。


画面には例の映像ファイル。


再生時間。


**12:03**


竜田博士はそれを見つめた。


「……本当に増えてやがる」


研究員が尋ねる。


「どうします?」


「追加部分だけ抽出」


「映像は?」


「静止画からだ」


「了解」


解析開始。


最後の二十一秒。


フレームが並ぶ。


最初の数秒。


暗転。


次。


いつものスタジオ。


極端に明るい背景。


漫画風の鳥。


そして中央。


白衣姿の男。


「わくわく博士」。


ただし。


竜田博士は眉をひそめた。


「こいつ……」


「どうしました?」


「前と顔違わないか?」


研究員が画像を比較する。


旧映像。


新映像。


「……違いますね」


旧映像の男は四十代前後。


丸顔。


黒縁眼鏡。


新しい二十一秒に映っている男は若い。


二十代後半から三十代前半。


髪型も違う。


体格も違う。


だが白衣。


派手な蝶ネクタイ。


満面の笑顔。


胸には、


**『わくわく博士』**


と書かれた名札。


「別人だ」


「でも……」


研究員が音声解析結果を見る。


「声紋、一致しています」


竜田博士は黙った。


顔が違う。


身体も違う。


しかし声は同一人物。


「追加部分、文字起こし」


研究員が操作する。


音声だけが抽出される。


スピーカーから。


明るい声。


子供向け番組特有の、大げさな声。


『みんなー!』


竜田博士の表情が険しくなる。


『今日の鳥っキー、楽しかったかな?』


子供たちの声。


『たのしかったー!』


『博士も、とーっても楽しかったよ!』


笑い声。


『でもね!』


一拍。


『今日は特別なお友達がいるんだ!』


竜田博士と研究員が顔を見合わせた。


音声が続く。


『ずーっと番組を見てくれた、とっても熱心なお友達!』


竜田博士の顔から表情が消えた。


『博士のお仕事まで調べてくれてるんだって!』


研究員が再生を止めた。


静寂。


「…………」


竜田博士が言った。


「続けろ」


「博士」


「続けろ」


再生。


『だから今日は――』


ノイズ。


『博士から、お返事するよ!』


ノイズ。


そして。


子供たちの声。


『せーの!』


一斉に。


『たつたはかせー!』


再生停止。


誰も喋らなかった。


        *


午前9時31分。


解析室は封鎖された。


NCO-28-JPの管理権限は情報災害研究部門から一時的にサイト83管理部へ移管。


竜田博士は会議室へ呼ばれた。


そこには見覚えのない男がいた。


黒いスーツ。


机の上に紙製ファイル。


電子端末ではない。


「竜田博士ですね」


「見りゃ分かるだろ」


男は博士を見る。


三秒。


「…………」


「何に見える?」


「フライドチキンです」


「そうかよ」


男は平然としていた。


「慣れてますので」


「何にだよ」


「認識災害にです」


男はファイルを開く。


表紙。


赤い文字。


**MDE内部資料**


その下。


**要注意団体記録**


さらに。


竜田博士は、その名前を見た。


---


**GoI-JP-██**


**通称:『わくわく博士』**


---


「…………は?」


竜田博士が顔を上げる。


「団体?」


「はい」


「人間じゃないのか?」


「少なくとも、我々はそう判断しています」


男がページをめくる。


写真。


VHS。


玩具。


教材。


絵本。


箱。


いずれにも共通していた。


白衣。


蝶ネクタイ。


満面の笑顔。


そして。


**わくわく博士**


の文字。


「NCO-28-JPだけじゃない?」


「違います」


次のページ。


子供向け植物栽培キット。


**『わくわく博士のぐんぐん!植物観察セット』**


次。


玩具の医療器具。


**『わくわく博士のなんでもなおる!お医者さんセット』**


次。


人体模型。


**『わくわく博士のドキドキ人体模型』**


次。


クレヨン。


**『わくわく博士のふしぎなクレヨン12色』**


竜田博士の顔が引きつる。


「……全部異常物品?」


「確認済みのものは」


「確認済み?」


「未回収品が存在します」


「何個」


男は答えなかった。


それだけで十分だった。


竜田博士はファイルへ視線を戻す。


「何が目的なんだ」


「不明です」


「金?」


「販売経路が存在しません」


「宗教?」


「思想的主張は確認されていません」


「テロ?」


「犯行声明なし」


「じゃあ何なんだよ」


男は静かに答えた。


「分からないから、要注意団体なんです」


ページをめくる。


「ただし共通点があります」


「何」


「子供向けです」


確かに。


全部。


玩具。


教材。


教育番組。


「そしてもう一つ」


男が指を置く。


パッケージの隅。


小さな文字。


竜田博士が読む。


**『わからないことがあったら、じっけんしてみよう!』**


その下。


**――わくわく博士**


「…………」


「ほぼ全ての関連物品に記載されています」


竜田博士は椅子にもたれた。


「悪趣味だな」


「同感です」


「で?」


竜田博士がファイルを閉じる。


「なんで今まで俺に教えなかった」


男は少し黙った。


「NCO-28-JPと団体の関連性が確定していなかったためです」


「今は?」


男が竜田博士を見る。


今度はフライドチキンに見えていることなど気にしていない。


「向こうから、あなたの名前を呼びました」


竜田博士は黙った。


「関連性は確定しました」


        *


午後1時18分。


追加された二十一秒の解析が続けられた。


音声。


映像。


字幕。


背景。


一フレームずつ。


竜田博士は直接映像を見ない。


隣の研究員が画像を文章化し、それを博士へ伝える。


「背景、黄色」


「次」


「鳥のキャラクター四体」


「次」


「わくわく博士、画面中央」


「次」


「右下に箱」


「箱?」


「はい」


「前の映像には?」


「ありません」


「拡大」


画像解析。


箱。


赤。


黄色。


青。


派手な色。


側面に文字。


研究員が読み上げる。


「『博士へのプレゼント』」


「…………」


竜田博士が眉を寄せる。


「中身」


「映像では確認できません」


「次」


フレーム。


わくわく博士が箱を持ち上げる。


次。


こちらへ差し出す。


次。


笑顔。


次。


口が動く。


音声を同期。


『ちゃんと届くかな?』


次。


『楽しみにしててね!』


竜田博士が言った。


「止めろ」


再生停止。


「何です?」


「今の時刻」


「13時21分です」


「サイト内物流に連絡」


「何を?」


「俺宛の荷物」


研究員の表情が変わった。


すぐに内線。


確認。


待機。


そして。


「…………博士」


「あるのか」


研究員が受話器を持ったまま頷いた。


「十二分前に届いてます」


竜田博士は立ち上がった。


        *


午後1時34分。


サイト83物流管理区画。


箱は隔離されていた。


赤。


黄色。


青。


映像と同じ。


差出人欄。


空白。


配送会社。


空白。


伝票番号。


存在しない。


宛名だけ。


手書き。


**『たつたはかせへ』**


その下に。


ニワトリの絵。


「…………」


竜田博士は防護ガラス越しに箱を見る。


「開けた?」


物流職員が首を振る。


「いいえ」


「正解」


情報災害担当班が到着。


遠隔マニピュレーター。


箱を開封。


蓋が上がる。


中身。


一枚のカード。


そして。


VHSテープ。


「…………またかよ」


カードを遠隔カメラで撮影。


OCR処理。


文字だけ抽出。


モニターに表示。


竜田博士が読む。


**『たつたはかせへ』**


**『ばんぐみをさいごまでみてくれてありがとう!』**


次。


**『とってもじょうずにできました!』**


竜田博士の眉間に皺が寄る。


次。


**『こんどは、はかせにじっけんしてもらいます!』**


研究室が静まり返る。


そして最後。


**『つぎのじっけんも、おたのしみに!』**


**――わくわく博士**


「…………」


竜田博士はしばらくカードを見ていた。


やがて。


「なあ」


隣の研究員が答える。


「はい」


「これ」


「はい」


「喧嘩売ってんな、こいつら」


「……そう見えますね」


「よし」


竜田博士は白衣の袖を捲った。


「買った」


「何をです?」


「喧嘩」


「博士」


「俺を唐揚げにしやがった連中だぞ」


「正確には唐揚げに見えるようにしただけです」


「同じだ」


「違います」


「俺にとっては同じだ」


竜田博士は防護ガラスの向こうにあるVHSを見る。


ラベル。


手書き。


そこにはタイトルがあった。


**『わくわく博士の――』**


その先は。


黒いマーカーで塗り潰されている。


「解析する」


竜田博士が言った。


「管理部の許可が必要です」


「取る」


「却下されたら?」


「取れるまで出す」


「博士」


「何だ」


研究員は少し考えた。


「次も鳥だったらどうします?」


竜田博士は真顔で答えた。


「辞表書く」


研究員が笑った。


「笑い事じゃねえぞ」


「すみません」


「次は魚がいい」


「魚ならいいんですか?」


「少なくとも空飛ぶフライドチキンよりはマシだ」


その時。


隔離ケース内。


誰も触れていないVHSテープから。


カチッ。


小さな音がした。


全員が止まる。


「…………」


テープが。


ゆっくりと。


ひとりでに巻き戻り始めた。


キュルルルルルル――。


竜田博士の笑みが消える。


そして。


どこにも接続されていない隔離区画のスピーカーから。


子供の声が流れた。


『博士ー!』


一人。


『博士ー!』


二人。


『博士ー!』


増えていく。


『博士ー!』


『博士ー!』


『博士ー!』


最後に。


あの声。


明るく。


楽しそうに。


『はーい!』


ノイズ。


『それじゃあ――』


竜田博士は防護ガラス越しにVHSを睨んだ。


『次の実験を始めよう!』


音声が途切れた。


沈黙。


誰も動かなかった。


やがて竜田博士が口を開いた。


「……前言撤回」


研究員が博士を見る。


「何をです?」


「魚じゃなくていい」


「はい」


「次は普通の異常にしてくれ」


研究員は少し考えてから答えた。


「博士」


「何だ」


「普通の異常って何です?」


竜田博士は答えられなかった。


        *


翌日。


午前7時51分。


サイト83職員食堂。


「博士」


「おう」


「今日、唐揚げあります」


「了解」


「窓の外にハトいます」


「生きてる方?」


「生きてる方です」


「了解」


竜田博士はコーヒーを持って窓を見る。


芝生。


フライドチキンが一羽。


歩いている。


相変わらずだった。


「……治ってねえじゃねえか」


フライドチキンがこちらを見る。


クルッポー。


「お前も大変だな」


博士はそう言って歩き去った。


誰もいなくなる。


ハトはしばらく食堂の窓を見ていた。


そして飛び立った。


ただし。


同時刻のサイト83外周監視カメラには。


ハトは映っていなかった。


代わりに。


芝生の上に、一人の男が立っていた。


白衣。


派手な蝶ネクタイ。


顔は映像ノイズによって判別できない。


男は食堂の窓を見上げている。


そしてカメラへ顔を向ける。


片手を上げる。


楽しそうに振る。


映像の最終フレーム。


男の胸元には。


一枚の名札が確認できる。


そこには、


**『わくわく博士』**


と書かれていた。


その翌日。


同一人物はサイト83周辺のどの監視映像からも確認されなかった。


――Tale-02『博士、お返事をどうぞ』


次回予告


NCO-104-JP「卒業できない学校」


9月18日21時投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。