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第4話

 傾きかけた太陽を仰ぎながら、ディライトは民家が連なる裏路地を歩いていた。


「全然見つからないじゃん……」

「どこかに潜伏しているのでしょう。報告が上がってから動けば良かったですね」


 前を歩くケインが、静かに同意する。

 部下から脱走の知らせを受け、〈鈴々亭〉を飛び出してから、既に一時間が経とうとしていた。

 発見しても現状維持――そんな指示は出したものの、そもそも発見にすら至っていない。

 〈冒極〉の職員を大量に投入した以上、包囲網を突破するのは難しいはずだ。

 ならば――どこかに潜んでいる。


「椅子に座って紙ばっか捌いてる上司よりさ、身体張ってる上司の方が好感度高いけどね」

「ディライト君。役割分担ですよ」


 ケインは淡々と返す。


「普段は現場を知る者に任せる。私が動くのは緊急時だけです」

「だから嫌われるんだよ。身体張らない上司だから」

「嫌われていません。身体を張らないからこそ上司なのです」


 軽口を交わしながら、二人はさらに人通りのない場所へ進んでいく。

 人目を避けたい者が流れ着く場所――まさに、そんな裏路地だった。

 ここなら問題ないと判断したのか、ケインは歩みを止めて、石化事件の背景を伝える。

 語られた内容に、半信半疑の視線をディライトが向ける。


「――その女商人が無差別に、それも国中で魔匠連番(シリーズ)をばら撒いてるって? 冗談でしょ」

「無名の芸術家崩れが、そう簡単に手に入れられる代物じゃない。君なら分かるでしょう?」

「……投げ売りってレベルじゃないよね」


 ディライトが、眉を顰める。


「国家転覆でも狙ってんじゃないの、そいつ」


 もしそれが事実なら――女商人は、もはや国賊と呼ばれてもおかしくない。

 巨万の富を積んでようやく手に入る魔道具を、資金力のない者へ渡す。

 しかも――恐らくは、問題を起こす可能性を承知の上で。

 そんな取引を何度も繰り返しているのなら、国を混乱へ導く元凶に他ならない。

 ディライトは、そう結論づけた。

 藍色のコートのポケットに手を突っ込み、思考を巡らせる。

 ケインは羊皮紙の巻物パーチメント・スクロールを広げた。


「これは――魔匠が女商人へ卸したリストです」


 紙面を指でなぞる。


「計4()9()点。魔道具の名が、ここに記されています」

「――49!?」


 ケインが告げた内容は、〈冒極〉でも幹部にしか知らされていない秘匿中の秘匿――機密情報だ。

 ウサナとの対峙でも余裕の姿勢を崩さなかったディライトも、こればかりは驚かずにはいられなかった。

 せいぜい数個程度の感覚であったのだ。予想していたよりも、その数は圧倒的である。

 これでは冗談混じりに国家転覆と呟いた発言も、真実味を帯びてくるではないか。


「本部から渡ってきたリストの複製ですが、原本は2週間程前に入手したそうです」

「……ウサナ(アイツ)から分捕った魔道具も載ってるね。2週間も経ってれば、半分くらいはもう配られてるか?」


 魔道具の名称が羅列された中には、【変幻自在の雫】も含まれている。であれば、このリストは本物であり、魔匠連番49点がその女商人へと渡ったのは揺るがない事実だ。

 ディライトは歯噛みする。2週間前というのは、ちょうど自身が休暇に入った期間。

 この件が進行する前に携わりたかった――そんな悔恨が胸中へと広がっていく。

 ケインが何故、人目を忍んでこんな重要な話をするのか。そして続く言葉が何か。〈冒極〉という組織に所属する身として理解している。

 内情を知った者が裏切る――そんな恐れ(リスク)がある以上、組織全体よりも実力の確かな個人へと声を掛けた方がいい。

 だからこそ、事態の最前線に追いつけていない現状に、ディライトは心底やる気を失っていた。


「何ですか、その顔」

「めんどくせーって顔」


 黒眼鏡越しでも分かる、如実に歪んだ表情。

 ディライトの察知能力の高さに、ケインは頬を緩めた。


「理解が早くて助かります。〈冒極〉からの緊急依頼です。かの魔匠が産み落とした49点の魔道具――魔匠連番を全て回収、もしくは悪用されないよう破壊して下さい。目的や搬入経路は全て不明。ですが、放っておけば間違いなく、数多の問題を引き起こします」

「それ、国難って言うんだよ。知ってる?」


 意気揚々と依頼内容を告げるケインに、休暇中であることを忘れているな、と呆れ半分、睨み半分といった視線をディライトは向ける。

 想像しうる水の性質に何でも書き換えるという【変幻自在の雫】。それと同等のとんでもない代物が、あと48個も国中に点在しているというのだ。

 この依頼内容、というより現状は――下手をすれば、国が傾く状況である。

 滅亡の危機から国を救え、と言われても、タダで動かないのが冒険者である。

 だからこそ、依頼の報酬は破格であった。

 

「ですので、ランク5()昇格が報酬です。ディライト君としては、やる気が出てきたんじゃないですか?」

「へぇ……」


 ランク「5」――。

 1から5の階級で定義されるランク制度を用いた社会――ギルドによるギルドのための国家〈エピック〉において、最高到達点となる位階である。

 それは、冒険者を総括する冒険者ギルドだけでなく、他の分野を専門としたギルドでも例外はない。

 ランク制度で国の運営が図られている以上、最高ランク者が受ける恩恵は計り知れない。

 資本社会からの解放、禁足地への進入許可、魔道具の無制限供給――。

 一度「5」というランクを授かれば降格することはなく、一生涯に渡って数え切れない恩恵を貪り続けることができるのだ。

 ディライトのギルドランクは「4」。

 ランク5に次ぐ位階だが、〈冒極〉だけに絞っても、その境地に達している者はディライトを含め10人もいない。

 現役だった頃のケインでも届きえなかった領域にいる存在だ。

 そんな高ランク帯の者でも、次に見据えるべき目標が――ランク5であった。


「ギルド(マスター)の連中、許可出したんだ。ウチの師匠の時ですら、相当出し渋ってたのに」

「もう15年前になりますか……初めてでしたよ、テルヲ長があんなに怒りを露わにしていたのは」


 15年前。

 当時はまだ本部勤めの一職員だったケインが、唯一途中退勤をした日だ。

 会議から戻ってきたテルヲの「国難を退けた功労者にこそ、ランク5をやらんでどうするッ糞ガキ共がァアアッ」という怒声が建物全体に響き渡り、身体の芯から震え上がった記憶がある。

 〈エピック〉の中枢であるギルド統括機関――その席に着く各ギルド長7名の許可が降りた暁には、ランク5へ昇格する権利が与えられる。

 だが、特権階級者をそう多く生み出したくないのは、制度を敷く者たちにとって当然のことだ。

 ランク5をダシにするほど、上層部が焦っている。

 その状況に、ディライトは鼻で笑うしかなかった。


「集めて終わり! 昇格者はいませんでした! ……とか無しだぜ?」

「流石にそれはないでしょう。一番多く集めた者が該当する、と通達にありましたし」

「ふーん、てことは――」


 続けてディライトが言葉を発しようとした瞬間、大きな影に覆われた。

 直後、何かが落下した。衝撃音と共に、その物体は路地の奥へと弾かれる。


「ディライト君!」

「何だオマエ」


 ケインの焦りに手の平を掲げて無事を伝えたディライトは、自身の魔術作用によって跳ね返された物体――人物へと視線を向けた。

 薄暗い路地でも分かるほど、異様に痩せこけた顔。

 外套で全身を覆った様が、さらに不気味さを助長させている。

 男は誰何(すいか)に答えず、光のない窪んだ眼を、ディライトではなくケインへと向けた。


『し……し、しぶ、シブちょ』

「だってさ。ケインに用があるみたいよ」

「はて? 面識はなかったと思いますが」


 痩身の男に親指を向けたディライトを横切り、年季の入った革手袋に包まれた両拳をポキポキと鳴らしながら、ケインは対峙した。


「何者ですか」

『しぶチョ……しぶしぶ……シブチョォ゛オオオオ゛オ゛オ゛ッ』


 会話での意思疎通を試みようとしたケインだったが、それが合図だったかのように、男の身体に異変が生じ始める。

 ぐちゅぐちゅと、生理的嫌悪感を誘う音を立てながら、肉体が膨張し始めた。

 襤褸の外套を内側から押し退けて現れたのは――皮膚の体をなしていない、剥き出しの筋肉だった。

 成人男性ほどの身長だったものが、今では二倍にも膨れ上がり、ケインたちを見下ろしている。

 顔は痩せ細っているのに、肉体は脅威を感じさせるほど巨大で逞しい。

 その歪み(アンバランス)が、明らかに人のものではないと証明していた。


「……これはまた……会話できそうにありませんね」

「めっちゃ特殊(ユニーク)な知り合いだね。あ、俺に紹介はいらないから」

「違います。ディライト君は後ろで休憩でもしててください」

「老兵の見物もありだけど……」


 誰が老兵ですか、と異議を申し立てるケインの背後へ、ディライトは視線を滑らせた。

 そこに――もう一体。

 人間とは呼び難い怪物が立っていた。

 四肢に胴体。最低限、人型は保っている。

 だが、身体中から血肉を突き破るように飛び出した複数の刃物が、その異常性を物語っていた。

 刃物は突き刺さっているのではない。肉と融合しているのだ。境目が、ない。

 成人男性と同程度の大きさ。

 しかし先ほどの怪物と同様、皮膚という概念が存在せず、剥き出しの肉体が歪な外見を形作っていた。


「こっちもお客さんみたいだわ」

「では、そちらも相応の接遇をお願いしますよ」

「大丈夫。接客対応は得意なんだ。勿論――」


 ケインは右手で左手の革手袋を引き締める。

 ディライトは半身をずらし、右の拳を前へ掲げた。


「「――拳で」」


 襲撃者への接遇――それは暴力による解決。

 二人は当然のように、その対応を選んだ。

 それが冒険者としての礼節であるのだから。

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