第19話
夕日が落ち、夜の帷が降りても、ペルニット街の要所は未だ活気付いている。
街で唯一の”チュウカ”という料理ジャンルを取り扱う〈鈴々亭〉も、本来であれば、一食を求めて人々が店前に立ち並ぶはずである。だが、行列はおろか、店内の席数は2つしか埋まっておらず、閑古鳥が鳴く有り様であった。
カウンターに座したディライトとサミアの元へと、テーブル越しに料理の載った皿が届けられる。
炒めた飯の上に餡をかけたもので、〈鈴々亭〉イチオシの”餡かけ炒飯”だ。
「うっっま。ちょ、サミア食ってみ、マジで美味いからコレ」
「今度は営業時間内に来たとオモタラ貸切って……お前ホントふざけてるネ。さっきの分も後できっちり請求するアル」
「〈冒極〉につけといて」
〈鈴々亭〉に閑古鳥が鳴いているのは、ディライトが店そのものを貸切状態にしたからだ。
サミアの腹鳴りを皮切りに、店へと訪れたディライトだったが、獣人族の少女が一体何者なのか調べる必要があった。もしかすれば、魔匠連番に含まれるかもしれない情報を、おいそれと他人に聞かれるわけにはいかない。
かといって、〈冒極〉支部へ直行というのも、味気ない。
空腹と密談の条件を満たすため、ランク4という特権を活かした結果が、今の〈鈴々亭〉の有り様である。
そんな状況など露知らず、スプーンで掬った餡のかかった炒飯を口に含めた瞬間、サミアは美味しさのあまりに動きを止めていた。
その様子を観察していたリンリンは、物珍しそうにした視線をディライトへと向ける。
「拾い物ねぇ」
「なんだよ」
「お前がなんて、珍しいネ」
「そうかな? 割とするけど。グレッグとか」
『おいおい違ーだろォ。オレサマがディライトを拾ったのよォ』
「解釈の不一致だね。魔道具のくせにアホとは」
『持ち主がバカだと困るぜ全くよォ』
ディライトが首から掛けたペンダントトップから黒い手が飛び出し、口内へと餡掛け炒飯を運ぼうとしていたスプーンを掴んで止めた。
ディライトとグレッグの攻防が静かに行われる中、リンリンがサミアへの興味を口にする。
「で。サミア何ネ?」
「……魔匠、連番関係ッ……離せアホッ……かもしれないってッ――しゃッ、うめぇ」
グレッグがsプーンを奪い取った瞬間、顔ごと動かして餡掛け炒飯をたべると、ディライトは歓喜の声をあげた。
「どういうことアル」
銃油塗りやがれクソがァ――と叫びながらスプーンを放り投げるグレッグを尻目に、リンリンはカウンターへと肘をつき、重ねた手の甲の上に顔を乗せる。
改めてサミアへ目を向けると、一口含んだ後の静止はどこへやら――猛然とスプーンを動かした獣人の少女の前に、餡掛け炒飯はもはやほとんど残っていなかった。
案の定、咽るサミアへと水が入ったコップを渡して、リンリンはディライトへと先を促すように視線を送る。
「サミアが魔道具を取り込んでるかもってさ。でしょ? グレッグ」
『……ガキの腹ん中に、何かあるのは間違いねぇなァ』
諍いが落ち着いたところで、グレッグがサミアの腹部へと指し示した。
それが何かは不明であるが、魔道具たるグレッグが感じ取ったというのだから、魔匠連番に近しいものあるいはそのものであることに違いない。
使い方によっては、一国も落とすとされるほど強力無比な性能を誇る魔道具を、ただの獣人の少女が所有しているとは、リンリンには俄に信じられなかった。
「鍋の1つも満足に扱えなさそうなのにネ」
「使える」
年端もいかない少女に対する偏見を、サミアを前にして堂々と告げたリンリンだったが、その本人から思いもよらない反論が返ってきた。
挑戦的な笑みを浮かべたリンリンは、カウンターに肘をついたままに、厨房へと指をさした。
「じゃ、何か一品作るアル。ワタシも小腹空いたネ」
「いいよ」
サミアは席から立つと厨房へと行き、俎板の上に籠から取り出した根野菜を置いた。
包丁を握り、野菜のヘタを切り落とす。そして、食べやすいよう均等に野菜を切っていく。
どうか指だけは切らないでくれ、と見守っていたリンリンだったが、失敗を思わせない熟達した動作に目を見開いた。
「意外も意外。経験者ダタか」
「初めて」
口をあんぐりと開いたリンリンを他所に、サミアは他の野菜も切り刻んでいく。
油をひき、刻んだ野菜を投入したサミアは、まるで一端の料理人のように鍋を振るった。
適度に調味料を加えながら料理をする姿に、門外漢のディライトでもその異様さに気付く。
「料理は誰にも習ってないんだ?」
「習ってない」
「あり得ないネ。普段から飯を作る動きのそれヨ。サミアって言タカ。嘘つくのは感心しないネ」
「嘘じゃない」
炒め終わった野菜を皿に盛り付けたサミアは、リンリンからの非難に唇を尖らせた。
サミアにとって、食事をとることは大好きだが、料理を作るという経験は全くなかった。だが、調理器具を使うということに関しては、なぜだか自信が沸き起こってきたのだ。
見様見真似だが我ながら上手くできた、と誇らしげにサミアは完成した料理を差し出す。刻んだ野菜を炒めて仕上げた”根菜炒め”だ。
完成した料理を前にして、リンリンは眉根を寄せる。
所作は経験者のそれであったが、いざ完成した一品は――ただただ野菜を炒めだけに過ぎない。料理と呼ぶにはいささか単調すぎるものであった。
「これは何ネ」
「お爺が野草とか混ぜて、よく作ってくれた。今日はちょっと豪華」
野草と比べれば、確かに根菜の歯ごたえに軍配が上がるかもしれないが、豪華も何も主菜がないではないか。厳密に言えば、栄養の源となる肉が。
ふふん、と胸を張ったサミアを見て、リンリンは溜め息を吐いた。
せっかく作ってくれた料理を無碍にするわけにもいかないので、仕方なくフォークを根菜に突き刺す。焼き加減としては絶妙だが、問題は味だ。調理過程を見ていたリンリンはある程度味を予想しながら、口内へと炒められた根菜を放り込んだ。
「うん、不味いアル」
「そんな……!」
「俺いらないからねー」
無情にも下された評価に、サミアは項垂れながらすごすごと元いた席へと戻っていった。
ディライトは、卓上に新しく用意された料理には手を出さず、我関せずとばかりに餡掛け炒飯を食べ進めていく。
そんな和やかな雰囲気を漂わせた店内に、来客を告げるドアベルの音が鳴り響いた。




