第20話
仕込み中、という札を店外に出しており、良識ある者であれば〈鈴々亭〉が営業時間外であると分かるはずだ。
それにもかかわらず入店してきたということは、よほど常識が欠如しているか、もしくは秘匿情報に触れていい存在か。
剣と盾が交錯した紋章入りの正装を身に着けていることで、来客者が後者であることを示していた。
「支部長サン、いらっしゃい」
「遅いよ、ケイン」
「すみません、事後処理に勤しんでいたもので。お嬢さんもどうも、先程ぶりですね」
「……」
新たに登場したのは、ペルニット街冒険者ギルド〈冒極〉支部において長を務めるケインであった。
リンリンは、ケインの分の料理を作り始めるために厨房へと戻り、廃教会で一度面識のあったサミアは会釈をするに留めた。
手甲に〈冒極〉の紋章が刻まれた手袋型の魔道具――【イカした革手袋】を装着したままに、カウンター席に座するディライトの右隣の席へと、ケインは腰を下ろす。
屋内だというのに、着崩さないケインを見てディライトが疑問を発した。
「取りゃいいじゃん、手袋。邪魔でしょ」
「我々は襲撃された身ですよ。いついかなるときも、準備しすぎるに越したことはない。ディライト君は、気を抜き過ぎでは?」
『お堅いぜェ、ケイン。ま、オレサマほどじゃねぇけどなァ!』
「グレッグうるさい」
意気消沈するグレッグを他所に会話は続いていく。
ケインの指摘は、目前の料理に夢中なディライトの姿形だけを指しているわけではない。
魔法生物化したウサナの襲撃から事が起こった今回の一件。裏で糸を引いていたのは、廃教会が潰れるほどの戦闘をディライトと繰り広げた――スティレオ・ブラウンという男だ。
ランク4という強者の肩書がディライトにあることを知りながら、廃教会にて待ち構えていた人物が、もう一度襲撃してこないとは考えにくい。
であれば、空腹を埋めるためとはいえ、ギルド支部ではなく〈鈴々亭〉に居所を置くのはどうなのか、とケインは思っていたのだ。
その判断は誤ってはいない。だが、最善でもない。
ディライトは、厨房にて鍋を振るっている店主へとスプーンを向けた。
「別に抜いてないし、ここにはリンリンもいる。この店がこの街で今一番安全だと思うよ」
「おい、戦力に入れるなネ。ワタシは関係ないヨ」
「まぁまぁ。同じランク帯同士、仲良くしようよ」
「ウチのギルドと〈冒極〉のランク基準を一緒にするなアル」
米に卵を混ぜてフライパンで炒めながら、リンリンはディライトへと異議を唱える。
食を探求するギルドの一員として所属するリンリンが冠したランクは――ディライトと同様の”4”。
だが、ランク5を除き、それぞれギルド内においての昇格基準は異なる。
昇格査定において、結果を出すために求められる戦闘面での実力は、〈冒極〉の方が必要となるだろう。同じランク帯といえど、戦闘能力がより高いのはディライトであるといえた。
それでもなお、ランク4という境地に達するのはごく一部――そこに足を踏み入れているリンリンは、相応の実力者であることに違いはない。
ギルド支部よりも安全性が高いと主張しつつ、ディライトは先程の話へと舵を戻す。
「てかさ。サミアが呑み込んだものが、魔道具だとして。そういう魔道具なんじゃないの?」
「そういう、とは?」
廃教会で、概要をある程度知っていたケインが、ディライトの曖昧な表現に具体性を求めた。
「だからさ――」
ディライトの脳裏に浮かんでいたのは、廃教会でサミアの周りに魔法生物が倒れていた場面だ。
戦闘を直接視認したわけではないが、魔法生物の傷痕から、その死因は斬撃によるもの。
サミアが手に握っていたナイフに、血が滴っていたことが何よりの証拠だ。
それでも、ディライトには疑問に思うことがあった。
獣人族という身体能力をもってしても、魔力強化で堅牢性を得た魔法生物を一撃で、それも刃先の錆びついたナイフで切れるものなのか。
同じ得物で何千、何万と振り続けた先に辿り着くであろう境地――齢十三の少女が、そう簡単に踏み込むことができるのであろうか。
不可能ではないが、己の力のみで上り続けるよりももっと簡単な方法がある。
それは、他者の介入だ。
サミアの場合、その他者が魔道具である、ということだ。何らかの補助効果を得て、通常では考えられないほどの力を有したのではないか、とディライトは推測していた。
「理屈としては、通りますね。あ、どうも」
「でしょ? 何でそれが腹の中にあんのかは分からんけれども」
「……あ」
餡掛け炒飯を用意してくれたリンリンに礼を伝えつつ、ケインもディライトの意見に賛同した時だった。
空のスプーンを舐めていたサミアが、唐突に声をあげた。
何かを思い出したかのような表情をしたサミアへと、ディライトとケイン、カウンター越しにリンリンの視線が向く。
「思い出した」
「何を?」
「【アヨングの魔法石】」
「は?」
「呑み込んだ魔道具の名前」
「それ知ってるアル……!」
ぽつりとサミアが呟いた魔道具の名称に、ディライトとケインは要領を得なかったが、リンリンはその魔道具に心当たりがあった。
――【アヨングの魔法石】。
魔匠により創られたそれは、所有する者へと膨大な量の知識を授けると言われる魔道具だ。とある分野において、素人同然だった者へと【アヨングの魔法石】を持たせれば、玄人のような動きへと昇華できよう。
所属するギルドが購入しようとしていたが、費用が高すぎて手を引いた――という裏事情があったゆえに、この魔道具の存在をリンリンは把握していた。
「えげつないね、その【アヨングの魔法石】」
『言うほどかァ?』
「ウチのギルドは、見習いに持たせて技術習得の時間短縮に、と考えてたアル。でも――」
人員の費用対効果を上げるための目的があった、と語ったリンリンは、次の言葉を言い淀んだ。
この先は専門家の方が詳しいだろう――そんな意味を込めて、リンリンは視線をケインへと送った。
目配せの意図を問題なく理解したケインが、後の言葉を続ける。
「各地に点在する迷宮では、年間延べ1万もの魔道具が掘り出されます。大半はガラクタ同然ですが、中には未知の技術が使われた魔道具もある。過去には、誤動作が原因で迷宮が崩落した事件などもありました」
『何が言いてェのよォ』
「要は、そういう破壊力を持つ未知の物体も、説明書がなくても扱えるってこと」
『それは――言うほどだなァ』
「ちょっと馬鹿は、一旦黙っといてくれる?」
馬鹿っていうやつが馬鹿だァ、と抗議するグレッグを無視したディライトは、左隣の席に座るサミアへと視線を向ける。
もし【アヨングの魔法石】を呑み込んでいるのであれば、サミアの異常な成長力にも納得がいく。
魔匠連番の内の1つが、何故腹に収められているかは不明だ。だが、魔匠連番の収集依頼を受けている身として、その入手手段を尋ねる必要が、ディライトにはあった。
「どうやって手に入れた?」
「あんまり覚えてない。けど――」
当時のサミアは、あまりの空腹感に町を彷徨っていた記憶も曖昧になっている。
朧気な記憶を頼りにサミアの口から出てきたのは、商人を生業にした少女――シャルーミアと名乗った者の存在だ。
サミアが困り果てていた状況で、何の見返りもなく魔道具を譲渡したという。
ケインは眼鏡の位置を調節しながら、新たな情報に確信を宿した表情を浮かた。
「サミアさんの言っていることが本当であれば、やはりシャルーミアという輩は国家転覆を狙いとしているかもしれませんね」
「どういうことネ」
魔匠連番という強力無比な魔道具が、商人の手から獣人族の子供に渡ったというだけで、突飛な予想を立てたケインに、リンリンは疑問を浮かべた。
依頼内容を明かした際にディライトが辿り着いた結論であるが――思考の道筋をかなり飛ばしている。その考えが、決して突拍子もない妄想ではないことをケインは説明した。
「どのような対価を払ったかは分かりませんが、苦労して得た貴重な魔匠連番を、普通そう簡単に譲ると思いますか?」
「俺なら、使い倒しまくるね」
「ワタシは、競売に掛けるヨ」
「……まぁ、そういった判断になるのが当然です。しかし、実際は無償でサミアさんの元へと魔道具が渡された。ウサナの有していた【変幻自在の雫】も然り。他の魔道具も同様の扱いをしている可能性が高い」
欲望に忠実な回答へと呆れつつも、ケインは今後起こり得る可能性について触れていく。
各地で魔匠連番による事件が報告にあがっているが、それでも総数の49点には全く達していない。残り未発見の大多数をシャルーミアが所有しているとなると、今後も各地へと赴き、そこにいる誰かに魔道具を譲渡するに違いない。
サミアのように魔道具と関わりのない者が持つのであれば、まだいい。だがウサナのように、社会性に乏しく悪意を抱いた者に渡れば――。
そこから引き起こされるものが惨劇であろうことは、想像に難くなかった。
女商人の危険性を全員が納得したところで、ケインはカウンターの空いている空間へと布で包まれた物体を置いた。
ゴトッ、と置かれた物体の布が剥がされると、大型のナイフが姿を現した。
「何アルか……」
「……これは」
しかしそれは、ただのナイフではなかった。
剥き出しの刀身に柄はなく、根本には骨がくっ付いていた。骨から刃が生えてきたとでもいうような奇怪な形に、リンリンは険しい視線を向け、ディライトは何かを思い出したかのように眉を上げる。
「――ウサナ・スティミュレイトの身体の一部、だったものです。検死組から急いで引っ張り出してきました」
在り得ない形状をしたナイフは、魔法生物化したウサナの死体から分離したものだった。
骨と融合している以上、それは遺体の一部だ。何故そんなものを今更持ち出してきたのか、ディライトの視線が続きを訴えるようにケインへと向く。
「このナイフは、魔法生物と化した原因の魔道具です。魔導技師に視てもらいましたが、特定の対象を指定したもので、現状危険性はない、と。ただ、不可逆の魔導回路が組み込まれているそうで……」
「魔法生物になったが一度、もう元には戻れない、か。そんな気はしてたよ」
ケインからもたらされた情報に、ディライトは掛けていた黒眼鏡を外した。レンズを拭くディライトの表情には、複雑な感情が入り混じっていた。
ディライトの経験上、歪な存在――魔法生物へと姿を変えた人間というのは、大抵が一方通行だ。行き過ぎた力を得るからには、その代償を支払わなければならない。
襲撃してきたウサナも、廃教会に住み着いていた浮浪者も、魔法生物へと変化してしまった。
人間としての生が絶たれた以上、彼らを手に掛けるしか、もはや救う手立てはなかった。
だからこそ、自身の取った選択肢が、魔導技師の鑑定に裏打ちされたことで、ディライトの心中に安心する気持ちが芽生えた。同時に、それが矮小で姑息なことであるとも思っている。
理由はどうであれ、彼らを殺した事実に変わりはない。どんな背景があったとしても、殺しの正当化にはなり得ない。
そこから目を逸らせば、殺すという手札をきることの重みが、どんどんと軽くなっていく。そんな軽薄な男に、ディライトがなりたいわけはない。
人殺しが、初めてではないのだ。重荷の背負い方くらい、心得ている。
黒眼鏡を掛け直したディライトは、ナイフを手にとって、様々な方向から眺めた。その瞳には、既に葛藤は見られなかった。
「少しでも助けになれば、と思いましたが……必要なかったですね」
「老婆心働かせて、その情報だけ持ってきたわけじゃないよね?」
「まさか。今のは、副次的情報に過ぎません。私が調査したかった内容は、魔道具自体が内包する魔力量です」
要らない世話を焼くためだけに、わざわざ時間を掛けて魔道具を調査したのか、と訝しんだディライトの視線をケインは否定した。
慰めに持ってきた情報は、調査過程でたまたま分かっただけに過ぎない。
魔導技師へと件の魔道具を渡した真の目的は、魔道具内に秘めた魔力量――動力源が何故に作動しているかを調べることだった。
「人間を魔法生物に変えるとはいえ、戦闘能力の向上は飛躍的なものです。かなりの出力が要求されるでしょう。そこいらの魔道具とは訳が違う」
「このナイフ、そんなに凄いアルか」
「……私もそう思ってたんですがね」
ディライトからナイフを奪い取ったリンリンが、興味深そうに掲げる。
スティレオ・ブラウンという者に襲撃された一連の出来事を、入店して早々にディライトからリンリンは聞いている。スティレオが所有している魔匠連番【互酬匣】という魔道具の存在もだ。
その【互酬匣】から生まれたであろう魔道具の価値を見出そうとしているリンリンに、かつてのケインなら同調していた。だが、調査結果を知った今、その考えが誤りであることを知った。
ケインは水を一口含んでから、その先を続ける。
「人ですよ」
「何?」
「だから、人ですよ。人間を媒介にして、その強力な性能を発揮していたんです。魔道具自体には機構が組み込まれているだけで、魔石なんて欠片ほども入っていなかった」
誰ともなく聞き返した言葉に、虫唾が走る程の嫌悪感を抱きながら、ケインは調査結果を告げた。
基本的に魔道具は、”魔石”と呼ばれる物体から魔力を抽出して、道具としての在り方を保っている。
世にある魔道具の大半が、魔石を含んでいるといっても過言ではない状況で、ウサナを変異せしめた魔道具もまた、同様の作りであるとケインは考えていた。
蓋を開けてみれば、ナイフ内部に魔石は混入されておらず、動力源を持たない回路だけが刻まれている。
逆説的に考えれば、所有者の魔力をもとに魔道具の効果が発動するという事である。
ケインが言わんとすることを覚ったディライトとは対照的に、リンリンはその情報の真意を測りかねていた。
「非人道的な魔道具、ネ……?」
「コストがほとんど掛かってない、ってところが肝だよ。新しく魔道具を作る時にしか、魔力を使わないってなってくると……多分、魔力切れは考えない方が良い。魔匠ってのが作った魔道具は、どれも常軌を逸しているからね」
『なんだァ?』
首に掛けた銃型のペンダントトップを軽く指で弾きながら、ディライトはケインが伝えたかった本当の情報を説明する。
【グレッグ】もさることながら、魔匠が制作した魔道具はどれも常識では測れないものばかりだ。
十や百、【互酬匣】を使用したところで、機能自体を停止するとは考え難かった。
1人の人間が持つ魔力を流用した魔道具となると、無尽蔵の如く作り出せる可能生が高い。
人の数が多いほど、その猛威を発揮するということは、つまり――。
「ペルニット街が、戦場になるってことね」
「おそらくは」
生命を奪うことに躊躇いがないスティレオの戦い方は、非情そのものだ。
次に襲撃を決行するとしたら、【互酬匣】の真価を発揮させるために、被害はきっと大きいものとなる。
支部長という司令塔ではあるものの、魔法生物の強さはその身を以って体験している。だからこそ、ケインはいつでも応戦ができるように出撃の準備を整えていた。
「こちらとて、悠長に構えているつもりはないですがね。既に探索隊は街中に放っていますから、見つかるのは時間の問題でしょう」
「なら、安心ネ」
「……そうかな」
治安維持も兼ねている〈冒極〉として、職員や冒険者総出でスティレオの探索にあたらせている。襲撃のために潜伏しているとなれば、身動きが取れないことはおろか、所在さえ分かるだろう、とケインは踏んでいた。
敵が動く前に叩く――その徹底っぷりにリンリンは安堵した息を吐くが、ディライトの表情は優れない。
「そんな上手くはいかないんじゃない? 直感だけどね」
直感という不確かな理由。だが、ランク4が言えば、それは説得力のある言葉となる。
不穏な発言に返す言葉が見つからない沈黙の場へと、おかわりした餡掛け炒飯を黙って食べるサミアの咀嚼音だけが響いた。
一拍を置いて、ケインが口を開く。その視線は、リンリン、サミアへと順を追って向き、最後にディライトへと固定された。
「いずれにせよ、戦力は圧倒的にこちらが上です。いかに魔匠連番を持っていたとしても、負ける要素は微塵もない。今夜中に蹴りをつけましょう」




