表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

218/253

第218話 ビルマ動乱(一)

謝承理シエ・チェンリーと別れ、坂本艦隊と無事合流した。

オリバーは皆にことの顛末を報告した。

神戸で勝海舟と出会い京都まで行ったこと。

和宮の手術。

そして、河上彦斎と咲に助けられたこと。


「おまん、京都へ行ったっちゅうんか! よう生きて戻ったもんぜよ」

「ほんまじゃ。彦斎が京都におってくれて助かったのぉ」


坂本と久坂には呆れ顔をされたが、彼らをより驚かせたのは別のことだった。

謝承理が語った巨大な「バナナ・エンパイア」の野望は、二人を激しく色めき立たせた。

繁栄するパラワン島の港、そして数年後に控えたスエズ運河の開通。


「世界は広いのぉ。わしも貿易をするぜよ」

「ええのぉ、オリバー殿。わしらもパラワンの港に行っても構わんのかの?」


謝承理に劣らず、坂本にも凄まじい商才がある。

もしブラウンロウがこの二人に投資したなら。

アジアに巨大な二つの総合商社が誕生するのではないか……。


『それは妄想とは言えませんね。実現すれば、世界は大きく進路を変更します』

ヨーダの言葉に、オリバーの胸は高鳴った。

そうなれば、アジアと欧州の関係は前世の歴史とは全く違うものになる。

二十世紀に向けて凄惨な戦争へと突き進んだ悲惨な歴史が、ここから書き換えられるかもしれない。

謝承理と坂本龍馬は、その鍵を握るキーマンになる可能性を秘めていた。


サイゴンを出航した艦隊はマラッカを経由し、一路ビルマを目指した。航海の最中、指揮系統は見違えるほど成熟してきている。

ここでも坂本と久坂の手腕は群を抜いていた。


オリバーは自らの壮大な妄想にしばし酔いしれた。

だが、今はそれに浸っている暇はない。

オリバーは妄想を打ち破り、意識をビルマへと向ける。


ミンクン王子率いる兵五百は、マンダレーから数キロ離れた密林の僧院に集結していた。

彼らはイギリス商人から無償提供される予定の銃器を待っている。

王宮財務卿ウー・テイン・ミンは、ミンクン王子の祖父にあたる。

ミンクンが即位すれば、外戚として絶大な権力を掌握できる。

幾度となく繰り返されてきた権力闘争の勝者となるべく、大英帝国海軍のレイヴンと手を組んだのもこの男だ。


「よろしいですか王子様。ミンドン王をはじめ、王族はすべて排除してください。情けをかける必要などありませぬ。彼らとて、立場が逆転すれば必ず同じことをいたします」

「分かっておる。だが……マヤは別だ」

「なぜです。マヤ姫とて王族。生き残れば後に禍根となりましょう。ミンコンナイン王子様以外は残してはなりませぬ」

ミンコンナインは、ミンクンにとって唯一の同腹の弟だった。

「本気で言っておるのか? マヤは王の娘などではない。そのことは王宮内で知らぬ者などおらぬわ」

ミンクンは、ウー・テイン・ミンの進言を鼻で笑った。

マヤ姫の母親は王宮の侍女だったが、王に寵愛され入宮した。

だが彼女にはすでに夫がおり、入宮後わずか八ヶ月で生まれたのがマヤ姫だった。

異例のことであったが、ミンドン王は彼女への深い愛ゆえに、マヤを自らの子であると宣言した。

「なりませぬ。真偽など問題ではないのです。王が認めた以上、彼女は王族なのです」

「黙れ。マヤは私のものだ」

ミンクンの脳裏には、絶世の美女であるマヤの姿があった。

ウー・テイン・ミンはしばし沈黙した。王子を見つめるその目には、隠しきれない苛立ちが浮かんでいた。

「……王子様」

「なんだ」

「王宮を制するには、迷いは禁物にございます」


ミンクンは椅子の背にもたれ、煤けた天井の梁を見上げた。

「迷いなどではない。マヤは……あの女は、いずれ私の妃となる」

「しかし、彼女の意思は……」

「意思だと? 下らぬ。王になれば、すべては私のものだ。王宮も、宝も、軍も……そして女もな。私が王座に座りさえすれば、あの女とて跪き、私を愛さざるを得まい。力こそが女を従わせる唯一の法よ」


ミンクンは満足げに頷いた。

彼にとって愛とは勝ち取るものではなく、権力に付随してくる「略奪品」に過ぎなかった。

「カナウンの方はどうなっている?」

「はい。手筈通り、パテインにてミンコンナイン王子が仕留めることになっております」

「大丈夫なのだろうな? あやつの配下は侮れん」

「確かに手練れですが、わずか百に過ぎません。こちらは五百の兵に加え、イギリスの最新銃器で武装しております」


ミンクンには、叔父カナウンが進める近代化政策……欧州の技術導入や制度改革……の意義が微塵も理解できていなかった。

なぜ王がカナウンを重用するのかも、なぜカナウンがイギリスと危うい距離を保ちながら外交交渉に腐心しているのかも、彼には「臆病者の姑息な立ち回り」にしか見えていなかった。

彼は、イギリスが提供する銃の裏にある巨大な侵略の意図に気づくことさえできない。

ただ、目の前の玩具で王座を奪えるという全能感に酔っていた。


「それより銃器はまだ届かぬのか?」

「まもなく到着いたします」

「そうか。届き次第、行くぞ。王位を奪いに」


ミンクンは顔を醜く歪めて笑った。

オリバーの幽体に、その姿を観察されているとも知らずに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ