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第219話 ビルマ動乱(二)

幽体のオリバーは顔をしかめ、顎を撫でる。

(小物感、万歳だな……こいつ)

【時代の流れが読めていない上に、強い固定観念に縛られている人物であると判定されます。】

(それを小物っていうんじゃね?)

【呼び方は人それぞれでしょうが……】


権力争いにさえ勝利すれば、すべてうまくいく。

それは単なる固定観念に過ぎない。

だが、今のビルマの情勢は、そんな甘い認識を許さない。

ミンクンがレイヴンと組んでビルマの王位についたら、この国は確実にこの世界の地図から消える。

そしてビルマを支配するのは、レイヴンだろう。

そのレイヴンもまた、大きな勘違いをしている。

かつて東インド会社は、王のごとくインドを支配した。

だがその支配は反乱を招き、ついには王の座から引きずり降ろされた。

力による支配は、長くは続かない。


オリバーは意識を広範囲に広げ、武器を輸送中の船舶を探した。

(見つけた)

麻布に偽装された輸送船が、すぐに見つかった。

ベージュのシャツにアーミーパンツ、黒いサングラスの男。

どうやら、その男が荷主らしい。

川辺の森の茂みに、強い殺気を感じた。

意識を向ける。

そこにはフェイギン以下十七人、さらにミンドン王配下の近衛隊を加えた混成部隊が潜んでいた。

指揮を執っているのはフェイギンだ。

どうやらミンドン王の信認を得たらしい。


戦闘は唐突に始まり、そして終わった。

あまりに見事な奇襲戦に、オリバーは舌を巻く。

荷主の男が矢に倒れると、船員たちは蜘蛛の子を散らすように川へ飛び込み、泳いで逃げ去った。


フェイギンたちは荷を押収することなく、銃身に細工を施した。

射撃と同時に銃が暴発する仕掛けだ。

そしてフェイギンの配下が一人、荷主と入れ替わる。

船員もまた、ミンドン王配下の戦士に入れ替わった。

何も知らず、ミンクン王子は王宮へ向かうだろう。

それはつまり、ミンクンを絶対に許さないということだ。

反乱を起こさせ、逃げ道を奪い、反乱罪で処断する。

温厚に見えるミンドン王の、苛烈な意志がそこに現れていた。


オリバーは王宮へ意識を飛ばす。

すでに千名の主力部隊が召集されていた。

しかも五百丁のマスケット銃で武装している。

(勝負あったな)


イギリス大使エドワードの住む、マンダレーの邸宅。

コツン……と、窓に小石が当たる音がした。二階の小窓が開く。

「マヤ……」

顔を覗かせたのはルナだ。

「ルナ、行くわよ!」

悪戯っ子のようにマヤが笑う。

五メートルはある窓から、ルナは子猫のようにふわりと飛び降り、音もなく着地した。

「準備はいいよ!」

ルナも親友に応えて、楽しそうに笑う。

カナウン王子の影響か、マヤ王女は英語が流暢だった。

「今日は野豚を狩るわよ。あんた弓は使わないの?」

「私はこれがあればいい」

ルナは、いくつかの小石を示した。

「野鳥と違って野豚はタフよ。本当に大丈夫?」

「大丈夫。見て」

ビュン、と音を立てて小石が放たれる。

側にあった木を、それが貫いた。

『太母』が発現していない時でも、ルナの戦闘資質は驚くほど高い。


野鳥や野豚程度なら瞬殺できる。

「あんた、どこでそんな技を覚えたのよ?」

「オリバーに教えてもらった」

「ふーん、あいつ強いんだ」

「うん。オリバー強いよ。でも戦いは嫌い」

「ヘタレね」

「でも、やさしいよ」

「まあいいわ。野豚が取れたら老師のところへ行くわよ。今晩は宴会よ」


そして野豚は瞬殺された。

血抜きをされ、ミンガラ老師の僧院へ運ばれる。

「おお!マヤ、良いものを持ってきてくれた!」

老師はもろ手を挙げて喜んだ。

見事な手さばきで野豚は解体されていく。

薪で火が起こされ、肉が炙られる。

やがて濃厚な香りが周囲を満たしていった。

夕方になり、戻ってきた僧たちがその様子を複雑な表情で見つめていた。


幽体のオリバーは、涙が出そうなほど嬉しかった。

かつてルナは拉致され、東南アジアの遊郭へ売られそうになったことがある。

そのとき出来た友人は、過酷な死を迎えた。

そのトラウマによって、奇怪な怪物が精神の一部に巣食うようになってしまった。

怖かったに違いない。

そのルナが今、マヤ姫と肩を組み、肉をかじりながら美しい声で歌っている。

心の底から楽しむルナ。

「ルナの声きれい」

「見事じゃ!」

その歌声に聞き惚れたのか、僧たちも遠巻きにそれを聞いてうっとりしていた。

もう複雑な表情はしていなかった。


(おい!ルナに親友ができたぞ!)

【あなたはルナの父親ですか?】

(黙れよ、ヨーダ)

【しかし、良かったです。これは良い兆候です。長いこと戦闘から離れたことで『太母』が消失しかかっているのかもしれません】

(よし!)

思わずガッツポーズをとる。

ハッピーエンドが見えてきた。

長い試練も、ついに終わりが見えてきた。

海軍がビルマで敗れれば、エドウィン・チャドウィックが新政権を樹立するだろう。

そうなれば植民地政策は萎み、イギリスでは中産階級が急増する。

その流れに乗り、ハムステッド村でルナとの新婚生活が始まるんだ。

(結婚式に呼ぶ人のリスト考えなきゃな)

【いや、それはまだ早いかと……】

そう思うと、ナンシーのやさしい笑顔が浮かび、また涙が出そうになる。

あれほどオリバーがやさしい娘と結ばれることを熱望してくれた彼女はもういない。


長い物語がハッピーエンドを迎える……そんな予感の中。

王宮の方角から、激しい戦意の波が放射されていた。

ビルマ動乱の初戦が、始まろうとしていた。

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