表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

201/261

第201話 幕末爆速

三日と置かず、オリバーから連絡が入った。

蒸気機関付きの小型帆船を十六隻、すでに確保したという。

魚雷は八十本。そのうち二十本は訓練用の空砲であるらしい。

ほぼ同時期、坂本からも報告が入る。

横須賀に簡易的なドックを設置するため、大工を雇い、すでに作業を開始したというのだ。

報告が届いた頃には、現場の指揮はすでにオリバーへ引き継がれており、坂本はいつの間にか姿を消していた。


勝は大慌てで幕閣の追認を取りに走った。

名目は神戸海軍操練所の関東分所設置。

この理屈で何とか了承を取り付ける。


十六隻の小型帆船は、正式に海軍操練所の所有となった。

その運用は形式的には新設された、坂本の所有する民間企業「海援隊」の運用となる。

今の時点では有名無実な企業に過ぎない。

支払い条件は五年間の分割払い、無利子、無担保。

相手はオランダの貿易商で、すでに契約は成立していた。

どんな魔法を使えば、これほど都合のよい契約が結べるのか。

「全くとんだ貧乏くじだだぜ。あのイギリスのクソガキによろしくな」

その詳細は不明だが、ともかく横浜から曳航してきたオランダ商人は、船を引き渡すと、そんな意味の捨て台詞を残して去っていった。

勝はその意味を、後で通訳から聞かされた。


その日からオリバーは職人を集め、操舵の改造と魚雷発射装置の設置を突貫工事で始めた。

横須賀周辺の鍛冶職人、細工職人、船大工を寄せ集めた、心もとない布陣である。

だが、オリバーの指揮の下、彼らは養成を兼ねた作業として着実に進んでいるように見えた。

勝から見れば、オリバーはかなりの強運の持ち主にも見えた。

なぜなら、彼が集めた職人は都合よく、オリバーが必要とする技能の基礎知識の持ち主たちであったからだ。

『天眼智』を使ったチート級の情報収集能力を知れば、どんな顔になることであろう?

さらに、神戸海軍操練所から二十名の船員を横須賀へ回すよう要請が入る。

(あのイギリス人はいったい何者なのだ。)

日本語を自在に操り、日本の情勢を驚くほど正確に把握している。

現在の日本は尊王攘夷派が闊歩し、その裏で開国派が静かに力を蓄えている状況だった。


下関では、長州が列強四か国艦隊に完膚なきまでに叩きのめされている。

国力、軍事力、技術力、そのすべてにおいて欧州には敵わない。

尊王攘夷など、冷静に考えれば合理性のない、絵に描いた餅に過ぎない。

早期に、西洋の技術を学ばねば、清国やインドの二の舞になりかねない。

だが、それ以前の問題がある。

日本を一つにまとめねばならないのだ。

公武合体。

もし幕府と倒幕派の間で内戦が起これば、列強の介入は避けられない。

清国が踏んだ轍を、日本もまた辿ることになるかもしれない。


そんな折、オリバーからさらなる報告が届く。

プロセインの外交官、ビスマルクが首相に就任したというのだ。

横浜へ人を出し、フランス商館に確認を取る。

すると、同様の無電連絡が入っているとの返答があった。

(あれは、ハッタリではなかった。)

さらにオリバーは、幕府にとって極めて不吉な予言を残していった。

幕府の軍制改革は遅々として進まず、しかもフランス式の戦術思想は、すでに欧州では時代遅れになりつつある。

つまり、学んだところで、新しい戦術思想を持つ軍には勝てない。

長州は「奇兵隊」と呼ばれる新たな軍制を採用し、急速な改革を進めているという。

このままでは、薩摩が長州に同調し、倒幕へ傾く可能性が高い。

幕府は薩摩から見限られる。

そうなれば、公武合体は完全に潰える。


オリバーは、長州さえ公武合体に同意すれば、早期に新政権を樹立できると考えているようだった。

もしビルマで、イギリス海軍が日本の海軍に敗れたらどうなるか。

民間の十六隻の軍船が、乗組員ごと幕府の操練所に編入される。

その衝撃は、薩摩にも長州にも計り知れない。


そのタイミングで、イギリスから平等通商条約の特使が来たら。

条件は一つ……内乱状態にない、統一国家であること。

これでは攘夷派は一気に正当性を失う。

さらにイギリスにオリバーの目論む新政権が出来れば、英仏普と対等な条約が結ばれれば、欧州の植民地主義そのものが揺らぎ始める。

その第一歩が、ビルマの植民地化挫折なのだ。


オリバーの動きは速かった。

神戸から二十名の人材を呼び寄せ、完成した一隻目で試運転を行う。

結果は上々。装備も蒸気機関も問題なく機能した。

「あの軍船の性能は列強のものにも劣りません」

興奮に顔を紅潮させた二十名のうちの一人……横須賀から勝の元へ報告に訪れた士官候補の一人がそう告げた。

坂本がどこからともなく集めてきた船員候補が、次々と横須賀の借り上げ宿に集まってくる。

だが、十六隻を運用するには四百名が必要だ。

簡単に集まる数ではない。


それでも、ここまで事が進んでしまえば、勝も後には引けなかった。

あの日、赤坂の屋敷を訪れた、あの三人の行動力が、すでに大きな流れを生んでいる。

勝は、長州の桂小五郎、薩摩の西郷隆盛、そして京の岩倉卿へと書をしたためた。


夜。

オリバーは寝る前の習慣である「天眼智」のため、瞑想に入る。


プロセインでは予定通りビスマルクが首相に任命されていた。

前世の史実より一年早い。

軍制改革は加速し、デンマークとの緊張も高まっている。


イギリスからエドウィンとエリザベスがプロセインを訪問。

秘密裏の同盟交渉は順調に進んでいた。


一方ビルマでは、エーヤワディー川河口付近で、カナウン王子の指揮の下、陶器製機雷が大量に生産されている。

決戦場は、そこだ。


江戸の町を歩くと、オリバーは意外なほど心が落ち着くのを感じていた。

前世で住んだ東京とはまったく別の街だが、昼の江戸は常に祭りのような活気に満ちている。

露店の食べ物はうまく、街も清潔だ。


それに比べ、京都ははるかに殺伐としていた。


坂本は、その京都に居た。

四条にある長州藩邸の奥座敷で、数人の武士が刺すような目つきで坂本を睨んでいる。

一方の坂本は、至って呑気な表情で、薄笑いを浮かべていた。

「おまんら、よう分かったじゃろう?列強には力では勝てん。そんじゃが、おまんらの気持ちは、わしにもよう分かるぜよ」

長州は下関で、列強の艦隊に完膚なきまでに敗北していた。

坂本の対面に座る男……久坂玄瑞。

その指揮を執っていた当事者である。

「坂本殿、何用でござろうか」

「どがいした?わしとおまん、仲かや。なんで、そがい杓子定規な口を聞くが?」

「黙れ。わしは、もはやその方を同士とは思わん」

「勝先生のことを言うとるがか?ほんなら、そう言うたらえいがやき」

「……先生だと?……まあ良い。用件を言え」

「おまんらにとって、ええ話じゃ」

坂本は、にやりと笑った。


その瞬間、幽体のオリバーは肝を冷やした。

だが、久坂の表情から感じ取れるのは、殺気ではない。

むしろ、押し殺した悔悟の念だった。

「悪いが……そのほうら、少し席を外してもらえるか?」

久坂は、同行していた二人の藩士にそう告げた。

若干の戸惑いを残しながら、二人は座敷を出ていく。

それを見届けてから、久坂はそっと障子を開け、本当に去ったかどうかを確かめた。

「……行ったようだな」

「なにを、こそこそしちょるが……」

揶揄するような坂本の口調に、久坂は目を怒らせる。

「黙れ!おまえと違うての。わしには立場ちゅうもんがあるけえ」

「……ふん」

坂本は鼻を鳴らした。

「ほんで、ええ話ちゅうんは、なんじゃ?」

「おまんら、わしと一緒にビルマへ行かんか?海はええぞ。蒸気機関のついた、ええ船があるんじゃ。給金も出るちゅう話ぜよ」

「ビルマだと?正気か、坂本。おまえ、頭に虫でも湧いたか?」

「正気も正気。わしは大真面目ぜよ」

坂本は、にやりと笑い、久坂の目を見る。

そして、オリバーの計画の全貌を語り始めた。

久坂は、黙然とその話を聞いていた。

張りつめた空気が座敷を満たす。

話が終わると、久坂は身じろぎもせず、瞑目した。

さすがの坂本も、気まずさを覚えたのか、

しばらくの沈黙ののち、口を開く。

「……どうじゃ?久坂、なんとか言え」

その言葉に、久坂はぱっと目を見開いた。

幽体のオリバーは、

(これ、不味いんじゃね?)

と、緊張する。

「坂本……」

ぽつりと、久坂が呟く。

「お……おお……」

坂本も、さすがに表情を引き締める。

……が、次の瞬間。

久坂は、相好を崩した。

「ほんまに、ええ話じゃのぉ。わしは、そんな話を待っとったんじゃ」

「……は?」

「早速、長州へ戻って、高杉さんに相談してみるけえ。横須賀で待っちょれ。ええか?」

そして二人は、そのまま夜の街へと消えていった。


久坂がいなくなったら、前世で起こったはずの……

京の街を焼き払う「蛤御門の変」は、どうなるんだよ?

……と思ったものの、

あんな悲劇は起こらないに越したことはない。

この世界は、前世とはまったく別物のパラレルワールドであることを、改めて実感した。


しかし、これで乗組員の目途は立った。

さすがに、あの坂本龍馬だ。

そう納得せざるを得ない、一幕であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アジアにおける植民地体制そのものの瀬戸際かぁ こんな同盟出来ちゃうと後年南米支配を確たるものにしたアメリカさんが黙ってなさそうですね イギリスの方向性がガラリと変わる一戦楽しみ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ