第199話 外交イベント
勝は、話だけでも聞いてみるか……と思った。
……聞くだけであれば、損はないだろう。
だが、それだけではない。
この若い男は、奇妙なことに、イギリス人の顔をした日本人にしか思えなかった。
「茶を入れよう。それとも、腹が減ったかい?」
勝自身、そろそろ腹が減っていた。
三人は顔を見合わせる。
「腹が減っているようだな。遠慮はいらねえ。夕餉の用意をさせよう」
家人を呼び、四人分の夕餉を用意するよう告げる。
そして、オリバーに向けて笑った。
「話を聞いてもらえますか?」
「ああ、いいだろう」
オリバーの話は、同盟の条件から始まるかと思われた。
だが、彼が語り出したのは、イギリスの技術を用いた軍港の建設、ドックの設置、蒸気機関のプロトタイプ、初期軍船の設計、そしてそれらすべての国産化についてだった。
勝が、望んでも手に入らなかった……
喉から手が出るほど欲しい技術のオンパレードと言っていい。
「ちょっと待ちな!……その技術を、本当に提供できるって言うのかい?」
「はい。同盟の条件として、これらの技術は提供します。ただし、軍船の初期モデルは、帆船にシャフトで蒸気機関を接続したものとします。魚雷を装備した高速帆船です。性能は保証しますよ。旋回性能と加速に優れた、戦術価値の高い船舶になります」
そう言って、オリバーは分厚い書籍を取り出した。
それを受け取り、開いた瞬間、勝は息が詰まりそうになった。
「こ、これは……」
まさか、こんなものが、この世に存在するとは思いも寄らなかった。
日本語で書かれた技術書だったからだ。
それだけではない。
日本に現存する、どの技術の延長線上で部品や船舶が製造できるのか……
そこまでが、丁寧に記されている。
勝は、しばし全てを忘れ、それをむさぼり読む。
「あんた……どうやら、本気のようだな」
さすがにこれほどの手土産を持ってくるとは想像だにしなかった。
オリバーは、にっこりと笑った。
「はい。私は本気です。イギリス本国の議会の一部、フランス皇帝、そしてプロセインの外交官も、基本的には同意してくれています」
(こいつは……一体、何者だ?フランス、それにプロセインだと?)
さすがの勝も、この展開には驚きを隠せなかった。
だが、フランス皇帝の名が出た以上、証拠なしに信じるわけにはいかない。
「うむぅ……」
「私を信じることができませんか?ひとつ予言をしましょう。それが当たれば、信じてくれますか?」
「予言だって?」
「はい。正確には予言ではありません。イギリスの外交官と、プロセインとの交渉の結果から導き出した、確度の高い情報です」
「おいらが聞いても、いい話なのか?……それは」
「はい。一年以内に、そのプロセインの外交官は、プロセインの首相となります。そして、かの国の実権を手中に収めるでしょう。それと……これを」
装飾の華美な封書から、書面を差し出す。
フランス語のようだった。
―― Lettre de creance 。
意味は、信任状だろう。
そしてそこには、ワックスシール……すなわち皇帝の大印が押されていた。
勝には、その真偽を見分ける術はない。
「よろしければ、それをお預けしても構いません。鑑定できる方がいれば良いのですが……横浜のフランス商館であれば、恐らく」
「いや、それはいい」
勝は、大きく息を吐いた。
「条件は、何だい」
ここからが、本題だろう。
これほどの手土産を持ってきた以上、無条件という訳ではあるまい。
案の定、オリバーの目が、光を増す。
「それには、まず、ビルマの状況から聞いていただかなければなりません。これを……」
今度は、はるかに実用的な封書を二通、差し出す。
「これは、ビルマのミンドン王と、イギリス大使エドワード・アシュベルン伯爵からの救援要請です。ただし、江戸幕府宛ではありません。あなた個人に宛てられたものです」
「おいらに.....かい?」
「はい。民間の海軍を、この日本で今、創設し、救援できるのは、あなただけだからです」
オリバーは、ビルマでの緊迫した状況を説明した。
それは、まるで未来の日本でも起こり得る、そんな情勢だった。
民間の日本海軍に対する、救援要請。
だが……
「荒唐無稽に過ぎる。イギリスの鉄鋼艦六隻を相手にするだと?馬鹿も休み休み言いな」
「そうでしょうか?私は、そうは思いません。鉄鋼艦は、無敵ではありません。……それに六隻すべてが、敵とは限りませんよ」
次にオリバーが語り始めた内容は、驚くべき深謀遠慮と言わざるを得なかった。
これは、十分に熟考する価値がある。
そう考え始めている自分を、勝は俯瞰していた。
逸る自分と、冷静な自分。
その二つを、じっくりと観察しようとしていた。




