第191話 駆け引き
エドワードは、一等書記官のスターバック、そして通訳官のフェダラーとともに、ラングーンの海軍基地へと向かった。
その間、オリバー、サイラス、そして他の三人は、街の宿屋で待機する。
「エドワードさん。どんな形でも構いません。一か月ほど、時間を稼いでください」
そう告げて、オリバーは一行を見送った。
その間に、サイゴン行きの船を探す。
『天眼智』で目を付けていたのは、ラングーンに寄港中のポルトガル籍のクリッパー船だった。
よく訓練された、熟練の船員たちが乗り込んでいる。
彼らは、サイゴンを目指していた。
「あの……この船は、どこまで行くんですか?」
オリバーは、気の良さそうな船員に声をかけた。
「ああ? 俺たちはサイゴンまで荷を運ぶ」
「俺を乗せてもらえませんか?」
「おまえは……イギリス人かい?」
「はい、そうです」
「なら、イギリスの船に頼めよ。英語ができない奴が大半だ」
「俺、ポルトガル語ができます。それともヒンディー語の方がいいですか?」
オリバーは、多言語チートを発動し、ポルトガル語に切り替えた。
「ほう……大したもんだな。英語にポルトガル語、ヒンディー語まで話せるのか。なら船長に頼んでやる。だが、値は張るぜ。それでもいいか?」
色の黒いラテン系の男は、快活に笑った。
「構いません。急いでいるんですが、出発はいつですか?」
「明日の朝六時だ。金は前払い。遅れたら置いていくぞ」
幸先よく、サイゴン行きの船が見つかった。
航海は、概ね三日間の予定だ。
サイゴンには、商館を構えるオランダ商人が所有する、やはりクリッパー船が一隻チャーターされていた。
すでに密売人から荷を受け取っているはずだった。
輸送賃は千ポンド。
法外な金額ではあったが、他に選択肢はない。
横浜での荷受け先は、日本の商人で、イギリスの密売人とも関係の深い商店、屋号は『越後屋』を名乗っている。
典型的な悪徳商人だが、幕府筋にも顔が利き、金次第では最も安全な保管場所を用意できる存在だった。
サイゴンから横浜までは、概ね八日間。
これで、横浜までの魚雷輸送の手配は整った。
試作段階で払い下げられた兵器にすぎない。
だが、この時代においては、きわめて画期的な自走式の水中爆雷だった。
そしてそれは……
無敵を誇る鉄鋼艦にとって、初めて現れた“天敵”となる存在だった。
この自走式の魚雷が、アジア人の艦隊によって運用されたという事実は、技術的優位を根拠としてきた宗主国すべてに、致命的な動揺をもたらす。
それは単なる一戦の勝敗ではない。
植民地戦略そのものを、一から再構築する必要に迫る……
そんな種類の衝撃となるはずであった。
オリバーは宿へ戻ると、『天眼智』を使い、ラングーン海軍基地。
かつてミンドン王の居城であった場所へと、意識を飛ばした。
英国風の家具で整えられた応接室で、エドワードとレイヴンが睨み合っていた。
「よろしいですか、提督。このビルマにおける権限は、女王陛下と議会より委任され、すべて私が預かっている。ここでは、私の言葉が女王陛下のお言葉であり、議会の決定であると心得ていただきたい」
「もちろんですとも、大使殿。私は、その女王陛下と議会の意向に従って、ビルマに赴任しただけですよ。何か問題でも?」
「では、駐屯地にいるあの部隊は何です?陸戦部隊ではありませんか?」
「それが、何か?」
レイヴンは余裕の表情で、せせら笑った。
「“何か”ではない。あれは訓練された制圧部隊だ。目的を説明してもらおう」
エドワードは声を荒らげた。
「大使殿……言いたくはありませんが、あなたは五年間もビルマに駐在して、何をされていたのですかな?ビルマは、大英帝国にとって必要不可欠な土地です。お分かりですかな?」
「マンダレーを制圧するというのですか?ミンドン王がそれを容認するとは思えません。戦争になりますよ」
「それは、彼ら次第です。大人しくマンダレーを引き渡し、従属すれば、彼らにも大英帝国の臣民として生きる道があります」
「明らかな越権行為だ。私は、ミンドン王の支配を認め、その見返りとして通行権を得てきた。それによって、英国の利益が損なわれた事実は一度もない。なぜ、友好的な交渉に応じている相手に、武力を向ける必要がある?」
「それは見解の相違ですな。だが、マンダレー制圧の報が本国に届いたとき、議会はどちらを支持しますかな?敵国ビルマに与したあなたと、それを制圧した私の、どちらを」
「それは、あなたの勝手な見解だ。ビルマは敵国などではない。私の外交方針に従えないのであれば、反乱行為と見なすが、よろしいか?」
「反乱? 聞き捨てなりませんな。反乱者とは、敵国に与したあなたの方でしょう」
「なんだと! 私が反乱者だと? 無礼にも程がある!」
エドワードは激昂し、大声を上げた。
【予定通りですね。エドワード大使は、よくやっています。大した役者です】
(ああ。あとはスターバックさん次第だな)
「大使は、長年の異国駐在で心を病まれた。病室へ案内せよ」
エドワードは、隣に立つ一等書記官スターバックへ、素早く目配せした。
「お待ちください」
「……君は?」
「一等書記官のスターバックです。ミンドン王は、話せば分かる人物です」
「ほう。どういう意味かね?」
「私も、大使の意見に賛同します。武力攻略には賛成できません」
「話にならん」
「この地の状況を王に詳しく伝え、武装解除に応じる可能性があるとしても、ですか?」
「……続けたまえ」
「確かに、この兵力であれば武力攻略は可能でしょう。しかし、無傷では済みません。彼らは確実にゲリラ化します。完全な平定には、数か月、いや数年かかる可能性もある。そのとき、あなたは議会に何と報告されるのです?」
「君なら、それを解決できると?」
「はい。私に二か月ください」
「スターバック、何を考えている!」
エドワードが睨みつけるが、スターバックは視線を逸らさなかった。
「君に任せよう。……一か月だ。それ以上は待てん」
「分かりました」
エドワード大使は、一人拘束され、スターバックはマンダレーを目指す。そして通訳官のフェダラーは、なぜかラングーンに残り、サイラスたちを合流してきた。
(よし。うまくいった。あとはサイラスたちに大使を奪還してもらえば、ここはミッション・コンプリートだ)
【はい。スターバックさんは有能ですね】
翌朝、オリバーはサイゴンへ向けて旅立った。
それは大きな賭の始まりだった。




