第189話 エドワードの決意
「オリバーか……よく来たな。まあ、座れ」
ナンシーのコテージで十三歳の誕生日を祝ってもらった時以来だった。
あれから、すでに五年の月日が流れている。
小柄な子供だったオリバーは身長も伸び、すっかり青年期に入っていた。
まじまじと見つめられると、少し気恥ずかしくなる。
一方、エドワードはすっかり日焼けし、フロックコートがよく似合っていたあの頃とは様変わりしていた。
今は白い開襟シャツという、ずいぶんとラフな格好だ。
「エドワードさん、本当にご無沙汰しています」
「まあ、いいから座れ。カナウン殿、それからフェイギン、君らも座ってくれ」
同行していたカナウンとフェイギンとともに腰を下ろす。
「あの……エドワードさん。おばあちゃんのこと……」
「ナンシー……」
そう言うと、エドワードは黙って瞑目した。
アシュベルン伯爵家で女中頭をしていたナンシーをエドワードは母親のように慕っていた。
「あの、俺が……」
「分かっている。お前が守ってくれていたのだろう? フェイギンから聞いた。弟のダンカンが何度も刺客を送ったそうだな。それから守ってくれた……裁判ではお前の犯行とされたそうだが……私は信じない」
フェイギンが小さく頷く。
「ありがとうございます」
「ナンシーの最期は、どうだった」
「安らかでした。最後に微笑んで……俺のことを愛していると言ってくれました」
互いに胸に秘めるものはあったが、エドワードはあえてそれを振り切った。
「すまない、カナウン殿。大事な話があるのだったな。六隻の鉄鋼艦がラングーンに入港したそうだな」
「その前に、あなたの考えを聞きたい。彼らはマンダレー制圧を目的としているのだな?あなたはどうする」
「……すまない。私の力不足だ。明日、ラングーンへ立つつもりだった。しかし、レイヴン提督を止める手段がない」
「分かった。オリバー……」
カナウンがオリバーを促す。
オリバーは、一連の作戦をエドワードに説明した。
彼自身が監禁される可能性も含めての計画だった。
「待て!大英帝国の艦隊を海戦で撃沈するだと? そんなことを本気で言っているのか」
「本気です。そして、不可能ではありません」
「だが、その資金はどうした? 魚雷を八十本も購入しただと?」
「ブラウンロウ伯爵から借りました」
半分は嘘だった。
「伯爵が? 一万ポンドだぞ。なぜだ」
「伯爵は、俺を養子にと望んでくれていました。ですが、俺は殺人犯として捕まり、その話は立ち消えになりました。でも、伯爵は……」
「まだ、お前を諦めていないということか?」
「黙って……一万ポンドを貸してくれました……」
それは、ブラウンロウのオリバーに対する絶大な信用を示していた。
「お前、日本へ行くと言っていたな。何か当てがあるのか?」
「あります。日本には、この魚雷を装備し、魚雷艇に改造できる商船団が存在します。そして、それを操船する技術も。日本の支配層は今、必死になって清国やインド、そしてビルマの情勢を注視しています。彼らは欧米列強の脅威を熟知している。必ず協力を取り付けられます」
「なぜ、そこまで分かる」
「日本は今、欧米の脅威を感じていますが、怯え切ってはいません。列強に追いつく手段を必死に模索している段階です。ビルマの次が日本である可能性は高い。彼らを作戦に引き込むには……エドワードさん、あなたとミンドン王陛下の協力が必要です」
日本の国論は、尊王攘夷へと傾きつつあった。
国土を守ろうとする強い意志が、確かに働いている。
そして日本の知識人の中には、イギリス艦隊がアジアで敗北することの意味を理解できる人材も、決して少なくないのだ。
「イギリス……つまり私とビルマ、そして日本の間で、反乱軍鎮圧のための準軍事同盟を結べということか?」
「正式な同盟である必要はありません。あなたとミンドン王陛下の要請であれば、日本がイギリスと敵対する軍事行動を取ったことにはなりません」
エドワードは考え込んだ。
沈黙の静けさ……
その中で、マンダレーの街の雑踏の響きだけが、遠くこだましていた。
やがて……
「分かった。カナウン殿、王への謁見は可能か?」
「もちろんです」
こうして、エドワードとオリバーはラングーンへ向かうこととなった。
フェイギンはカナウンの部隊に編入され、引き続き指揮を執る。
エドワードの護衛として、サイラス以下、腕の確かな者が三名同行することになった。
幸い、サイラスの顔はレイヴンには知られていない。
ルナは、エドワードの妻が預かってくれることになった。
一晩しか一緒に過ごせなかったが、二人でマンダレーに一軒だけある英国風レストランで食事をした。
「オリバー、日本へ行くんやね? 平戸には行く?」
「ごめん。今回は無理だ。横浜だ……江戸の近くだ」
「そうね……かあちゃん、どうしとるかねぇ」
「誰かに頼んでおくよ。ルナが俺と一緒にいること、手紙に書いておけ」
ルナは、にっこりと笑った。
そして翌朝、一行はラングーンへ向けて出発した。




