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第188話 奇策

「俺は鉄鋼船六隻を沈めるつもりです」

思い切って言ってみたものの、返事はない。

気まずい沈黙が場を支配する。

「……もう少し詳しく話してみろ。俺には、お前の言っていることがよく分からない」

ここは腹を括るしかない。

「今言ったとおりの意味です。鉄鋼船は大英帝国の権威の象徴です。それが、このビルマで沈む。イギリス本国に、政権を倒しかねない衝撃が走ります。政権交代が起き、その結果、内政重視派が政権を取ることが可能になります」

「待て。簡単に言うが、誰がその鉄鋼船を倒すのだ」

「それは、少し待ってください。俺は今、自由に動けません。一か月の自由をもらえれば、鉄鋼船を撃沈する艦隊を率いて戻ってきます」

「馬鹿な。不可能だ。それに鉄鋼船を沈めれば、ビルマとイギリスの外交関係は決定的に破綻する。すぐに艦隊は再建され、この国は蹂躙される」

「そうはなりません。六隻の鉄鋼船は、表向きは外交的威圧のためとして派遣されています。ですが実際には、制圧部隊が乗り込んでいる。そもそも、六隻もの鉄鋼船派遣には反対も多かった。それでも、レイヴン提督が政治力を使い、強引に可決させた経緯があります」

「鉄鋼船が沈めば、レイヴンの責任問題になると言うのか? だが、大英帝国艦隊は、それを沈めた相手を決して許さないだろう」

「それは、鉄鋼船が一方的に撃沈された場合です。しかし彼らは、千二百名もの制圧部隊を乗せて向かってくる。しかも恐らく、難癖をつけて強引に宣戦布告するに違いありません。ビルマにとって、これは明白な防衛戦です」

「レイヴンという男に、そこまで強硬な手段が取れるとは思えん」

「いえ、間違いなく強硬策に出ます。イギリス経済は表向きは自由経済ですが、裏取引で成立する二重経済です。そこは軍需産業の強大な力が支配する世界で、議会の決定にも大きな影響を持っています。レイヴンの背後には、その中でも最大級の組織がついています」

レイヴンのビルマ制圧は、レディ・モントローズとの密約に基づくものだ。

これが成功すれば、ビルマの権益のほとんどを、レディとレイヴンが折半するに違いない。


カナウンは、茫然とオリバーの言葉を聞いていた。

「ですが、彼らの計画は制圧が成功することを前提としています。絶対に負けない。その自信があるからこそ、独断で宣戦布告ができてしまうのです」

「避けようのない事態なのか? 俺たちは長年、イギリスと交渉してきた……いや、そのつもりだった。我慢に我慢を重ねた結果が、これか。エドワード大使は、そんな理不尽を見逃すと言うのか?」

「もちろん、大使は反対するでしょう。しかし残念ながら、彼にレイヴンを止める力はありません。現在のビルマで、大使の側につく人物は多くない。逆に、海軍利権に群がる貿易商はラングーンにいくらでもいます。大使は制圧終了までの間、監禁される可能性すらある。そして、それを正当化する力を、レイヴンは持っています」


「……オリバー。お前には何か考えがあるのだろう。前置きはもう良い。早く本題に入れ」

珍しく真顔になり、老師がオリバーを見る。

「俺がやろうとしているのは、レイヴン提督に“反乱者”になってもらうことです」

「なに……」

再び、場は沈黙に沈み込む。


「エドワード大使が、ビルマ側につくと言いたいのか?」

沈黙を破ったのは、老師だった。

「大使は、提督の独断を糾弾するでしょう。レイヴンは、それを力づくで抑え込む。ここまでは彼の計算通りです。ですが、マンダレー制圧に失敗し、六隻もの鉄鋼船を失った場合はどうでしょうか」

「エドワード大使は、レイヴンを反逆者と断じることができる……そういうことか?」

「はい。エドワード大使はラングーンへ行き、六隻の艦隊派遣の理由を問いただすべきです。現地代表である大使の要請のない派遣、しかも制圧部隊の存在は、ビルマと融和的な外交政策を取ってきた大使の立場を著しく損ないます」

「確かにその通りだ。これは、俺たちにとって許されざる裏切り行為にしか見えない」

「レイヴンは、大使が本国へ派遣理由を問いただそうとするのを、強硬手段で止めるでしょう。これが、彼の命取りになります」

「制圧は失敗し、大使を監禁し、議会の承認も得ずに六隻の鉄鋼船を私的な野望のために利用した……これは明確な反乱行為です」

「それで、イギリスでの政権交代を狙うのか? だが、遠いこのビルマで起こったことが、正確に伝わる保証はない。それどころか、レイヴンに都合の良い情報だけが伝わる可能性すらある」

「いえ、そうはさせません。俺はロンドンの有力な新聞社数社に声をかけています。その記者たちは、見たことを写真付きで報道するはずです」

すでにロンドン・タイムズのジェームズ……メアリー・ウォークナー事件の際に知り合ったモリスとマットは、ビルマへ向かっているはずだった。

三人は、オリバーの持ち込んだ冒険譚に奮い立っていた。


「だが、どうやって鉄鋼船を沈めるというのだ」

「鉄鋼船は無敵ではありません。むしろ、明確な弱点があります」

三人の視線が、オリバーに集中する。

「俺は、ベトナムのサイゴンで魚雷を八十本買いました。それを引き取り、オランダ商船で運んでもらう契約もしています」

「それを、どこへ運ぶ?」

「このビルマと同じく、欧州列強の威圧に怯える国……日本の横浜です」

カオス状態の横浜であれば、何でもありだ。

「横浜だと?」

「はい。横浜へ行きます。そこで魚雷艇艦隊を調達し、ビルマへ戻ってくる」

オリバーは、不敵に笑った。

「ですが、まずはあなたと王陛下も交え、今後のことをエドワード大使と話し合う必要があります。そう思いませんか?」

「……エドワード大使、だと?」

「はい。大使は、俺の提案を聞けば必ず驚き、迷うでしょう。ですが……最後には決断する。俺は、そう信じています」

その言葉に、カナウンもまた不敵な笑みを浮かべ、オリバーに右手を差し出した。

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