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第187話 森の密談

既に日は高く昇っていた。

周辺の僧侶たちは托鉢へ出かけ、森は静まり返っている。

オリバーは遅い朝食を済ませ、マンゴーの実を皮ごとかじっていた。

ナイフがないので仕方がない。

僧房に置かれていた壺の中には、黒い何かの実が入っている。

『天眼智』で調べると、タマリンドの種を焙煎したものだと分かった。

石で砕いて煮出すと、コーヒーのような飲み物になる。

意外とうまい。

それを飲みながら、樹木が風にさざめく様子をぼんやり眺め、今日はどうするかと思案していると、二人の人物が森の小道から姿を現した。


一人はマヤ王女。

もう一人は、オリバーを捕らえた男たちの首領.

つまり、カナウン王子であるらしい。

「よう。元気だったか?」

白い歯を見せ、快活な笑みを向けてくる。

(王族が相手だ……どうすれば儀礼にかなう?)

【片膝をつく(両膝でも可)。両手を胸の前で合わせ、額をやや下げ、頭は相手より低く保つ。この四点セットです】

(な、なるほど……緊張するな……)

オリバーは慌てて片膝をついた。

「えっと、御前に……」

と言いかけたところで、マヤ姫が吹き出した。

「あんた、バカなの?」

「えっ?」

(どういうこと? 俺、間違った?)

「まあいいから立て。ここでは普通に話せ」

「え……よろしいのですか?」

「権威は人前で示せばいい。ここでは平等だと思え。いいな?老師はどうしている?」

「はぁ……爆睡してますが……」


皆で老師の僧房へと入る。

「老師、起きてください」

マヤ王女が老人の身体を揺するが、なかなか起きない。

「ろ・う・し~~」

耳元で怒鳴ると、

「なんじゃ!」

と目を開いた。

年寄りのくせによく眠るものだ、とオリバーは内心で感心する。

「おお、カナウン。すまんな。昨晩はちと飲みすぎての」

カナウンは片膝をつき、手を胸に当てて軽く礼をした。

オリバーは思わずぎょっとする。

(この爺さん……何者だ?)

「老師、ご壮健のようで何よりです」

「よく来たな。オリバー、茶でも沸かしてくれるか?」

(俺が入れるのかよ!)

壺の中のタマリンドの種を鍋に入れ、竈で湯を沸かす。

四人は茶を飲みながら車座になって座った。


「ふむ……よかろう。まず、今後のことじゃ。オリバー、お前はどう思う?」

「えっと……何のことですか?」

突然すぎて、話の流れが掴めない。

「これからのビルマとイギリスの関係じゃ」

「はぁ……そういうことですか……」

昨日から調子が狂いっぱなしだ。

なぜかこの謎の老師のペースで、この国の最重要人物……カナウン王子と外交について語ることになっている。


カナウン王子は、ビルマ近代化を推進する中心人物だ。

蒸気船団の編成、工場建設、機械化の促進、軍隊の近代化(ライフル導入、警察力強化)、官僚制の給与化、税制改革、通貨の機械鋳造導入。

さらに産業革命を学ぶため、学者や使節をフランス、イタリア、アメリカ、そしてイギリスへ派遣していた。

それは、イギリスを敵国ではなくパートナーと見なしている証でもあり、エドワード大使やエドウィンと価値観を共有していることも示している。

その人物が、穏やかな目でオリバーを見つめていた。


(全部……話していいのか……?)

【賭けですね。しかし、合意を得られれば利得は大きい。この老師は流れを作る術を持っています。私は、この流れに乗るべきかと……】

まだエリザベスやエドウィンにも話していない、オリバーの本当の狙いを明かす時が来た。

オリバーは腹を決める。

「まず、イギリス本国の状況から説明する必要があります」

「うむ、よかろう」

カナウンが頷いた。

「現在、イギリス議会は海軍擁護派が多数を占めています。ビルマ侵攻も、その決定によるものです。ですが……」

オリバーは、エドウィンを中心に内政充実派が支持を集めつつある状況を説明した。

エドワード大使は明確な内政派ではないが、価値観は近い。

「なるほど……ビルマ統治を望まぬ動きが、国内にもあるということだな」

「はい。率直に言えば、イギリスの目的はビルマの港からインドへの通行権に過ぎません。それ以上は、統治予算と海軍予算が利権化した結果です。内政派は、それを是正するため政権奪取を目指しています」

この件は、既にエドウィンの手紙がルナ経由でエドワードへ渡っているはずだった。

「分かった。だが一つ聞きたい」

「はい……」

「ラングーンに到着した、あの六隻の鉄鋼船は何だ」


既にビルマ側の間者から情報が届いているようだ。

「あの……実は、あの艦隊にはマンダレー制圧用の精鋭一二〇〇名が乗っていました。ただし議会の承認は得ていません。艦隊司令官、レイヴス提督の独断です。完全制圧後、半独立勢力を築く野望があると私は見ています」

「なんだと!」

「ですが待ってください。提督は戦力を過信しています。すぐに攻めてくることはないでしょう。しかし、外交的威圧は確実です」

「エドワード大使は、それを容認しているのか?」

「分かりません。ただ、私が知る限り、彼が容認することはまずありません。ですが問題があります」

「何だ?」

「ビルマから本国への通信は、全て海軍の艦船設備に依存しています。エドワード大使が議会に訴えても、その通信文が届かなければ、法的に差し止めることは不可能です。実際、大使の手紙は一通も本国に届いていません」


日はさらに高く昇り、森の気温がじわじわと上がっていく。

事の重大さに、カナウンの額には汗がにじんだ。


長い沈黙の後、オリバーが口を開く。

「あの……俺に賭けてみる気はありませんか?」

カナウンは目を上げ、鋭い眼光でオリバーを見る。

この策が成功すれば、イギリスのみならず世界が揺れる。

エドウィンの内政派が議会を掌握し、新政権が誕生する。

だが……

カナウンは、この危険な賭けに乗るだろうか。

オリバーは大きく息を吐き、ゆっくりと話し始めた。

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