第186話 森の宴
そして、その夜……
奇妙な三人が同じ火を囲んでいた。
イギリス人のオリバー。
剽軽な老人。
そして、好奇心旺盛な少女。
三人は、よく喋った。
特に老人は、恐ろしいほどの聞き上手だった。
相槌ひとつ、間の取り方ひとつで、相手の心をほどいていく。
少女とオリバーは、それに誘われるように、日頃の鬱憤を晴らすかのように話し続けた。
マンゴー酒は甘く、川魚の串焼きは香ばしく、思わず笑みがこぼれる。
……本当に、気の利く爺さんだ。
程よく酔いが回ったころ、三人はすっかり意気投合していた。
「そういえばさぁ。君、お姫様とか言ったよね。じゃあさ、王様って、どんな人か知ってるぅ……」
ろれつの回らない口調で、一国の王女に対して失礼極まりない問いを投げる。
だが、酔いがそれを許していた。
「ああ、あの人ね。いい人だよ。それに、結構やり手だしね。でも……」
「へぇ……でも?」
「でもさ。問題があるんだよね」
「問題? なになに? 面白そうじゃん」
「ちょっと優柔不断なんだよね。おかげで、あたしら大迷惑なんだけど」
「なんでさ?」
【ミンドン王が後継者を指名せずに崩御したことで、王族はティーボー王子の派閥によって大粛清されました。この王女も、例外ではありません。前世の歴史ではそう記録されています。】
その言葉に、オリバーはぎょっとして顔色を失った。
「え……それって、まさか……」
オリバーの蒼ざめた顔を見て、王女はにやりと笑う。
八重歯が覗く、無邪気で可憐な笑みだった。
「なに、わかっちゃった?そだよ。後継者争い。超やばい状態なんだよね」
「そ、そうなんだ……でもさ、じゃあ早く後継者を決めればいいんじゃ……」
「そんな簡単じゃないよ。まあ大丈夫。叔父さんが、しっかりしてるから」
「叔父さん?」
「あんたを捕まえてきた人。カナウン王子、叔父さんだよ。かっこいいでしょ」
【カナウン王子は、この先、あなたの前世の記録では、ミンクン、ミンコンナイン王子兄弟の反乱で死亡しています】
(……まじかよ)
「あのさ……言いにくいんだけど……そんな有力な王子様なら、嫉妬とかで命狙われたりしない?……気を付けたほうがいいんじゃないかな」
「そうなのよ。あの、いけ好かないミンクン。わたしの兄なんだけどさ。
……めっちゃ怪しいよね」
「あっ……そう……よくお分かりで……」
寝ていたはずの爺さんが、突然目を開けた。
「おまえ、一応、戦士なんじゃろ」
「はい……でも、初歩の初歩を、少しかじった程度で……」
「嘘つけい、バカたれ」
老人は鼻で笑う。
「わかった。お前に、カナウンの護衛を任せてやる」
「えっ」
「マヤ姫、カナウンを呼んでまいれ」
「ええ~!真っ暗なジャングルの中を一人で行けって……老師様、ひどいですぅ~」
「おお、そうじゃったの」
老人はオリバーを見る。
「じゃ、お前が行け!」
「いや、俺……一応、囚人なんですけど……」
「大丈夫じゃ。お前のことなど、誰も気にしとらん」
「いや、声かけた瞬間に取り囲まれて、ボコボコにされる未来しか見えませんが……」
「……そういえば、そうかもな。」
老人はあっさり頷く。
「まあ良い。面倒なことは明日じゃ。明日できることは、今日やってはならぬ」
そう言い残して、再び横になる。
なにか突っ込みを入れたかったが、その時にはもう寝息が聞こえてきた。
「じゃ、私も寝るね」
王女にも、どうやら専用の僧房が与えられているらしい。
訳も分からぬまま、もしかすると明日、とんでもない重要人物に会えるのかもしれない……
そんな予感だけが、胸が高鳴る。
だが緊張は長く続かなかった。
森のざわめきが子守歌となり、オリバーは深い眠りへと落ちていく。
この森の風には心を癒してくれるなにかがあるのかもしれない。
(やっぱり、宴会は楽しいなぁ……)
そう、呟いた時、オリバーは深い眠りに引きこまれていた。




