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第185話 密林の僧房で

意外なことに、オリバーは牢獄に監禁されることはなかった。


密林の中にある僧房の一つを与えられた。

食事は一日二回、扉の前に置かれていた。

逃げようと思えば、いつでも逃げられそうであった。

だが、逃げてどうなる?

オリバーであれば、密林を突破して港まで行き、イギリスまで帰ることはできる。

だが、それではここへ来た意味はない。

(マンダレーまで行くか?)

だが、なぜ、ここへ連れて来られたのか……その意味が知りたかった。

周囲を歩いてみると、数軒の僧房が建っていた。

それぞれに一人の僧が住んでいるらしい。


周囲にはマンゴーやバナナの木が植えられていた。

オリバーの僧房の周囲にも、それが生えていた。

マンゴーは若干、前世で知っている味よりも酸味が強かったが、十分美味かった。

バナナの強い甘みは絶品であった。

夜になると、森の奥から名も知らぬ獣の声が響く。

森は神秘的な響きと静けさに包まれていた。

昼間の暑さで火照った身体を、森からの風が心地よく癒してくれる。

やがて、深い眠りが訪れる。

そして、また朝が来る。

朝の強い陽光に身体が自然と目覚める。

今は乾季なのだと言う。

街は埃っぽいようだが、ここでは森の湿度が洗い流してくれる。


周囲に住んでいる僧侶たちは早朝から托鉢に出かけ、食事をした後は一日中瞑想に勤しんでいた。

話しかけづらい雰囲気だ。


『天眼智』を使って幽体をマンダレーに飛ばしてみる。

フェイギンたちはエドワードから尋問を受けていたが、とりあえず保護されたようであった。

早くエドワードにも会わなければならない。

ルナのことを思うと、一刻も早くイギリス人居住区へ行きたい。

だが、まず、ミンドン王にも会いたい。

(王宮を探ってみるか?)


「奇妙な術を使うの……」

……突然、声を掛けられてギョっとなる。

結跏趺坐を解くと、野良着姿の老人がそこに立っていた。

かなりの高齢のようであったが、その顔は生気に満ちていた。

「あ、あの……はじめまして……」

(何言ってんだ、俺)

あまりに芸のないセリフに自分でも呆れる。

だが、他に言葉が見つからない。

「今、魂を身体から離しておったであろう?」

「えっ!……」

『天眼智』が見破られた?

【修行を積んで開眼した高僧であると推測されます】

(待てよ。修行すれば幽体が見えるのかよ?)

【可能です。テーラワーダの僧侶は明晰夢を自在に見ます。幽体が発生するロジックと明晰夢を見るそれは、同質のものです。】


「まぁ、よいわ。どうじゃ、飯でも食わんか? うちにはうまいもんがあるぞ。」

「あの~、失礼ですが?」

「わしか? わしは、そこの僧房に住んで居るもんじゃ。良いから来い!」

老人は他の僧侶のように瞑想に勤しむこともなければ、風貌も農夫に近い。

その目は、面白い玩具でも見つけたかのように好奇の光を宿していた。

「なにをしておる。早く入らんか。」


僧房は極めて狭い。

日本人の感覚では三畳一間で、片隅に厨房のような場所があり、水壺が置いてあった。

中は清潔に整えられていて、かまどが一つあった。

老人はそこで、鍋に野菜と鶏肉を入れ、手早く煮込みを始める。

ビルマの仏教はテーラワーダ(上座仏教)であり、戒律は厳しいはずであった。

(鶏肉なんか食って良いのかよ?)

【修行者が必ずしも正規の僧団に所属しているとは限りません。】

(つまり、無所属の坊さんってこと?)

【僧侶ではなく、仏教修行者のカテゴリーに属すると言う方が正しいと言えるでしょうね。】

(なるほど。つまり戒律には縛られない。より自由な発想で修行をしていると……)

【はい。どの時代、どの地域にも存在するタイプの人たちです。彼らにとって宗教は、単に探求欲求を満たす道具としか見ていない……そんな可能性すらあります。日本では一休宗純が性質的にはこれに近いタイプですね。こうなってしまうと意外と人生楽しいですよ。それにこのタイプは女にモテます。】

(なんで、そんなことが分かるんだよ。)

【私は過去のデータから統計的な結論を言ってみただけです。】

(この爺さんがモテるってのかよ?過去のデータは当てになんねぇな!)


「ほれ! 何をぶつぶつ話しておる。出来たぞ。」

「あの……俺が何か話してました?」

「いいや、話してはおらんな」

「では、なぜ……」

「何と言おうか、雰囲気っていうか……ふむぅ……言葉にするのは難しいのお……つまり、波じゃ。波が出ていて、それがぶつぶつと言っておった。そんなとこじゃ。気にするな」

(いや、めちゃくちゃ気になるんだけど)

軽く流されて、気が抜けそうになる。

「あのぉ……おじいさんはお坊様で?」

「まぁ、そんなもんじゃ。どうでも良いけど……それより食え。わしはな、腹を出来るだけ空にしてから食う……これがまた、堪らんのじゃ……おまえ、腹が減っておるのであろう。」

確かにかなり腹が減っていた。

なんせ、僧房の前に置かれているのは、まさに一汁一菜とわずかなお粥。バナナとマンゴーがなかったら飢え死にしそうだった。

老人が渡してくれた木の器には、たっぷりの肉と野菜、それに米も入っているようであった。

もりもりの器に口を付けると、芳醇な肉と野菜の舌触り、とろけるような味に天国を見た。

「う、美味いです!」

「そうじゃろう。おっと忘れておった。」

今度は陶器の壺と木の器を二つ持ってきて、そこに甘い香りの液体を注ぐ。

その香りは酒に違いなかった。

「マンゴー酒じゃ!食事とよき仲間との出会いにはこれが欠かせん。今夜は語り明かそうぞ」

(えっ? 徹夜で飲むの? どんだけ元気なんだよ。)


その時……


僧房の扉が勢いよく開いた。

「ミンガラ老師様、寂しかったです。今晩、お泊りしてもいいですかぁ?」

そこには、年の頃は十六、七歳の美少女が立っていた。

「おうおう、姫、よう来なさったの。わしのような年寄りでよければ、いつでも歓迎しますぞ」

(おい! 今、お泊りって言わなかったか?)

【はい、まぁ、その……だから、統計では……】

ヨーダが珍しくハレーションを起こしていた。

「姫、今日は面白いもんがおるでの……一緒に楽しもうぞ」

(なになに、俺も一緒ってこと??)

「まぁ……」

その少女は目を見開いて、その美しい顔をオリバーに向ける。

そして、零れるような笑顔に変わった。

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