1-2 早くお家に帰りたい
「記憶喪失!?そんなの、そんなの――」
……記憶喪失。その考えに至った時、途端に罪の意識が芽生えてきて――
「そんなの、可哀想だよ~~~!!!」
――なんて事が頭から吹っ飛んでしまうくらい、ミモちゃんが盛大に泣き喚き始めた。
「レイちゃん!ボクのことちゃんと覚えてる!?覚えてるよね!?」
ボクだよ、ボク!と言わんばかりに、「かわいいポーズ」でミモちゃんが自分をアピールする。
「もちろん覚えてるよ!?ていうか、普通に喋ってたでしょ!」
「でも不安だよ~!うう、絶対悪い夢見たせいだよね~~~!」
「どうしよどうしよ!レイちゃんが記憶喪失になっちゃった!」
「ねえヘンゼル!グレーテル!助けて~!」
「……ぷぷいぷい」「ぷぷいぷぷ~!」
うん。今のだけは、わたしにもなんて言ってるのかわかる。
「大丈夫だよレイちゃん~~~!!ボクがいる、ボクがいるよ~~~!!」
ミモちゃんにぎゅうっと力強く抱きしめられる。苦しくてお腹から何か出ちゃいそう。
「う゛っ……大袈裟だよミモちゃん。現にこうして、ミモちゃんの事は忘れてないし……ちょっとだけだよ、ほんとに」
「うう……絶対、ボクのことまで忘れないでよね……?」
ミモザに潤んだ瞳で見つめられる。かわいいけど、ねばねばしてる……。
「ぷいぷぷい、ぷぷぷいぷぷぷ。ぷぷ、ぷぷいぷぷぷぷぽぷぴぷい?」
「ぷぷ!いぷぷぽぴぴぴ、ぷいぷぷぷ!」
「そうだね……。どこまで忘れてるのか、ちゃんと調べないと」
よくわからないけど、三人の間で話がまとまったみたい。
「……よしっ。記憶の確認をしよっか、レイちゃん」
急に真面目な顔をして、ミモザはそう彼女に語りかける。
それと同時に、彼女のお腹の音がぎゅうぅ……と玄関に鳴り響いた。
「……あ。ええっと、これは……」
「ぷぷぷぷい♡」
「ぷいぷぷ、ぷぷぷいぷ」
「えへへ……レイちゃんと一緒に食べたくて、ずっとガマンしてたんだ」
「だからさ、まずは一緒に食べよ、朝ごはん!」
☆
「しゃろろ、ろろーん!」
膝にケセランちゃんを抱えて、わたしは食卓についた。
ミモちゃんは作り置きのスコーンを温め直して、るんるん、と機嫌良さそうに配膳する。
スコーンの上にはりんごのジャムが塗られていて、家の建材から採られた金平糖と星型のクッキーが添えられている。
「パサちゃんも食べる?」
「ろ!」
「ふふっ。いただきます、ミモちゃん」
レイチェルは嫋やかな仕草で挨拶をし、スコーンを手に取って、半分をパサちゃんに分けてあげた。
カリッ、ザクザクっとした食感に、バターの風味がふわっと広がって、食べ応えがある感じ。
チョコチップを生地に混ぜて、甘さを大事にしているところがミモちゃんらしい。
「ボクも、いただきます☆」
ミモちゃんはわたしの隣の席に座った。
彼女もスコーンを半分にすると、赤ちゃんでも食べやすい状態にして、わたしのタクトを奪った箱の妖精に分けてあげた。
この子の名前はパンドラ、と言う。さっき教えてもらったのだけど、本来はわたしと一緒にこの家を訪れた妖精らしい……ほんとに?
「パンドラちゃんも、あ~ん♡」
「あうっ……ん~☆」
わたしより、ミモちゃんに似てる気がするのだけど。
ふたりが一つ目のスコーンを食べ終わると、ミモザが懐から何かを取り出した。
「レイちゃん……ほら、これっ!詞送器!つけたげるよ」
さっき見せてくれたインカムを耳元に付けられる。ちょっとくすぐったい。
妖精は「詞送というテレパシーのような能力で意思疎通をしている。
この器械は特別な鉱石を使って、普通の人間でも詞送ができるようにしてくれるんだよ……って、ミモちゃんが言ってた。
「はいっ!どう?ボクの声、変に聞こえたりしてない?」
「うん、ちゃんと聞こえてるよ。いつもと変わんない」
人間同士の声の伝達は問題なし。それなら次は本題、妖精の声の翻訳。
わたしはそうだ、と思って、ケセランちゃんの声に耳を傾ける。
「ろろしゃろ、ろろしゃろ~♪」
彼はいつもと変わらず、不思議な歌を唄っていた。
「ん……パサちゃんはいつもどおりだね?」
「ああっ、パサちゃんは例外!言語野のない妖精や、詞送をする気がない妖精は、鳴き声のまんまだよ」
「ろろろら~♪」
そうなんだ。
なんとなく、この子は後者な気がしている。
「うあぅ、ん~……」
そしてパンドラちゃんは、ただ単純に、まだ赤ちゃんなのだろう。
「翻訳がちゃんとできるかテストしてみよっか。テルりん、こっちきて~!」
「は~い!」
彼女がこちらに来る必要もなく、詞送器はその効果を発揮した。
「レイチェル、どう?私の声、ちゃんと聞こえてるっぽい?」
「うん。ちゃんと聞こえてるよ、グレーテルの声」
「よかったあっ……!」
安堵がそのまま声になったように、グレーテルは吐息混じりでそう言った。
「ねえねえっ、私もスコーン一つ、頂いていいかしら?」
「もちろんいいよ!今日は気合入れて作ったんだ♪」
「ありがとっ!ぷいっ、いただいちゃうね♡」
グレーテルがふたりの向かいの席に座り、共有しているお皿の上からスコーンを一つ手にした。
「ところでレイちゃん、どこまで覚えて……って言っても、覚えてないことはわからないよね」
「そうだね……」「しゃろろ~……」
「んん~……とりあえず、これまであったこと全部話してみて!そうしたら何か分かるかも!」
「これまで……わたしがここに来るまで?」
「うん!できるだけ、ぜんぶね」
レイチェルはほむ……と少しだけ考え込む動作を取ると、思い出を手繰るように語り出した。
「わたしはね、前はこことは違う星に住んでたんだ――」
☆
――星見の森シンヴィア。気まぐれな妖精たちが集う深山幽谷の惑星には、三人の少女たちが暮らす「聖域」があった。
誰の欲の手も届かない、魔法の力で護られた箱庭。清らかな水が流れ、星の光が夜闇を照らす、尊き者のための庭園。
彼女たちは「聖域」によって授けられた純白の衣服を纏い、森の妖精たちに囲まれながら幸せに暮らしていた。
レイチェル、モモカ、イロハ。この聖域で共に育った幼馴染の彼女たちは、いつも仲良し……だった。
「……だけど、ほんのわずかな切っ掛けで、わたしたちの平和は壊れてしまった」
天から落ちてきた虹のステッキ――レイテンシータクト。
彼女がそれを拾った日から、三人の間にある歪みが少しづつ顕在化していった。
今思えば、それこそが予兆だったのだろう。
「レイチェル、あなたはどうしたいの?」
「……?どうしたい、って……?」
「あなたはこの世界で、何をしたいの?何を成すために生きてきたの」
毅然とした表情で、モモカは問う。
彼女は齢15にも満たない可憐な少女だが、その立ち姿は、女王のような威厳を纏っている。
少女らしさを際立たせる服装も、幼さの残る顔つきも、彼女の剛毅さそのものである。
「何を……?そんなの、わかんないよ……」
「わたしはただ、生きてるから生きてるだけ……」
レイチェルのその答えは、モモカを心底から呆れさせた。
「……バカみたい。レイチェル、あなたそれでも魔法少女?」
「『本当の願い』がないなんて――生きてる意味もないじゃない」
「いい?レイチェル。あなたが『本当の願い』を見つけるまで……アタシとは絶交よ」
喧嘩や行き違いをすることは、聖域での生活で何度でも起こったこと。
その度に仲直りをして、その度に絆が深まった。
だけど、レイチェルがここまで彼女に拒絶されることは、これまでに一度としてなかったのだ。
「そんな、モモカ……!待って……!」
モモカちゃんにここまで嫌われたことはショックだけど、彼女が本気でわたしを見捨てるはずがない。
ほとぼりが冷めたら、これまでと同じように仲直りしよう。レイチェルはそう思っていた。
しかし、彼女が意図しないままに手繰り寄せてしまった破滅は、彼女たちの関係を決定的な破綻に導いた。
「何コレ、地震っ……!?」
「違うわ。これは、もっと恐ろしいものよ――」
「ひっ、空、空が……!星が、裂けてる――!」
聖域が「天災」に見舞われた。
それは魔獣ではなく、妖精でもなく……ある意味では、生き物そのものとも言える巨きな嵐だった。
「天災」は自然も人間も、奇跡も魔法も、全てのものを引き裂いて四散させた。
その災いは絆すらも例外ではなく――彼女たちは命こそ守りきったが、全員が遠くの星に散り散りになってしまった。
「……モモカ、モモカ……!」
「イロハも、xxxも、〇〇〇も……妖精のみんなも、どこに行っちゃったの……!?」
……わたしは、何もできなかった。
怖くて、動けなくて、自分の身を守る事と、自分の心を慰める事だけに精一杯で。
「わたし、どうすればいいの……」
わたしにもっと力があれば。
わたしが何かできる人だったら。
もしも少しだけでも、わたしの心が強かったら。
……嗚呼、と嗚咽を口にして。
「今とは違う自分に、なれたらいいのに――」
☆
「『本当の願い』を見つけるまで、レイチェルとは絶交だ、って……」
「それで……そのまま、離ればなれになっちゃった」
「……そうだったね。大変なんだよね、レイちゃん……」
「うん……また、モモカちゃんに会いたい……モモカちゃんと、仲直りしたいよ……」
お菓子の家の空気が、どんよりと重くなる。
記憶の欠落を埋めるために必要なこととは言え、過去の傷を掘り起こすという行為は、どうしても残酷なことだ。
ぼうっと、彼女たちを暖かく包み込む暖炉の熱だけが、彼女たちを慰めているようだった。
「……大丈夫。絶対会えるし、絶対仲直りできるよ!ボクがついてるから!」
目覚めた時と同じように、ミモザがレイチェルの手をぎゅっと握る。
「ぷぷい!私たちもできるだけ力になるよ。厳しい環境で生きる者同士、助け合う仲間だもんね」
グレーテルも更にレイチェルの方へ身を寄せて、ぷにぷにの肉球で二人の手を包み込む。
「うん……ありがとう、ミモちゃん、テルりん」
「ろーしゃろろい!」「くぅ~、ん!」
レイチェルは彼らの手を離すと、金平糖を一口つまんで、にこ、と笑った。
「――でもね、モモカちゃんとも、イロハちゃんとも、最後まではずっと仲良しだったんだよ、ほんとに!」
「そうだよ!これまで全然聞いてこなかったけど……モモカちゃん、めっちゃヤバくない!?」
「『全世界の男を傅かせるのが夢』って……ウソじゃないんだよね!?」
「あははは!うん、そうなんだよ。本当にそう言ってた!全部アタシのものだからって――見栄のようには思えなかった」
今は遠く離れてしまった、どこまでも自信に満ち溢れた彼女の横顔を想う。
「わぁ、マジなんだ……」「ぷい、凄いね……」
「でもね、モモカちゃんは……すごく優しいところもあったよ。わたしのことも、ずっと見捨てないでいてくれた」
「あの子が言うことは、全部本気だったよ。……優しいところも厳しいところも、ぜんぶね」
記憶の中から色褪せないように、何度だって感傷に浸る。
「ふふっ……一度気に入ったら、絶対に手放さなかったんだよね」
「そっか……なんていうか、カリスマ魔王様!みたいな感じなのかな。モモカちゃんは」
ミモザのその例えに、レイチェルは楽しそうに頷いた。
「うんうん、まさにそういう感じ!かっこいいでしょ?モモカちゃん」
「確かに……なんか、かっこいいかも……!?」
悲しい物語も過ぎた過去。癒えない傷が痛んでも、楽しくいたいという想いがあれば自然と話が弾む。
気が付けば三人は、記憶を振り返るというお題目もいつの間にか忘れておしゃべりを楽しんでいた。
「……待っててね、モモカちゃん。わたしが絶対、あなたを見つけ出してみせる」
「一緒に、お家に帰ろう」
――ここは、銀雪の地フィントラウ。
レイチェルの魔女との因縁の始まりにして、彼女が王子様と出会った星である。
☆アイテム図鑑 No.001 詞送器 600st
何の変哲もないシンプルな白いインカム。詞送器、チャットツール、どちらの名前で呼んでも通じる。
イヤホンの部分に信珪石と呼ばれる鉱石が埋め込まれており、この石の「情報を繋ぎ合わせる」性質によって人間語⇔妖精語の相互の翻訳が行われる。
契約妖精にまだ出会っていない少女のための必需品。




