1-3 ユニコーンといえば……
――お菓子の家の外に広がる森、オトギの樹海。
レイチェルとミモザは食料を調達するため、狩りを行うヘンゼルの後をついてきていた。
「寒いね、ミモちゃん……」
「うん、さぶさぶだよレイちゃん……ボクたち、本当にどうしてここまで来れたんだろうね?」
「どうしてだろうねぇ……」
ふたりは防寒着に身を包み、手を繋いで互いを温め合いながら歩みを進めていく。
可愛い模様が編み込まれたマフラーを巻いて、厚手のレギンスで脚を守る。
このような極地でも華やかさを忘れないのが魔法少女のたしなみである。尤も、彼らはまだ契約妖精と出会っていない見習いなのだが。
「キツいかもしれないが、あまり足を休めるなよ。一度お前たち見失ったら、僕でもどうしようもない」
「目標地点まで着くまでの辛抱だ……それまで我慢してくれ」
猟銃を携えたヘンゼルは、後を追うふたり以外の他のものに目もくれず、淡々と足を進める。
長年この凍土で生活してきた彼にとって、このような寒さは暮らしの一部であり、慣れたものだ。
「……そもそも、どうしてついてきた。いくら比較的暖かい時季だからって、狩りはお前たちの仕事じゃないだろ」
「少しくらいは教えてやってもいいが……妖精の僕と人間のお前らじゃ、話が変わってくるだろう。僕のやり方は、そういうやり方だ」
フィントラウに生まれ育った妖精であるヘンゼルとグレーテルは、最初からこの地に適応できるだけの能力を身に着けている。
しかし、どの星であっても究極的には余所者である人間は、そもそも本来、妖精の世界で生きられる生物ではない。
「だって最近、ヘンゼルが大変そうだったから……少しでもお手伝いしたいなって」
「うんうん。ひとりならできない事も、三人でならできるようになるよ!」
「……あのな。一人ならできる事が、三人だとできなくなるんだよ。わかってくれ……」
ヘンゼルは深いため息をつく。
「ボクたちだって魔術が使えるんだよ?しかもヘンゼルの苦手な魔術が!」
「魔法が使えなくたって、魔術のウデなら負けないもん!ね、レイちゃん!」
「うん、そうだね」
(そう……かなあ?自信ないなあ、わたし……)
レイチェルは空返事したことを少し後悔した。
魔法。それは本来、妖精にのみ許された特権である。
魔法少女でなくても魔力を扱うことはできるが、その場合、それ相応の技術と素養が必要となる。
――少し進むと、三人はふわん、と森の空気が変わっている場所を見つけた。
オトギの樹海はただでさえ幻想的な光景の森林だが、その場所はより自然の命が通い、温かみを持っているように見える。
「む、あれは……ユニコーンの住処か」
ヘンゼルは少女たちの方へ振り向くと、ふたりに懐中電灯と小袋を手渡した。
「ちょうどいい。お前たち、ユニコーンから角を貰ってきてくれ」
「街で買うとなると案外かかるんでな……タダで手に入れられるに越したことはない」
「いいの?ユニコーンって確か、すごく獰猛な魔獣だって……」
「僕たちには無理だが、ふたりなら絶対に手懐けられるはずだ。やってこい」
ヘンゼルにしては珍しい信頼の寄せ方に、ふたりは意気揚々となる。
「これ、どう使うの?」
「それは逃走用の目眩ましと匂い袋だ。必要ないと思うが……ま、念のためにな」
「やった、ボクたちにもお仕事だよ♪行こう、レイちゃん!」
「わわっ、引っ張らないで~!」
さっきまでの震えが嘘のように、ふたりは元気よくユニコーンの方へと走っていった。
「危なくなったら、すぐに戻ってくるんだぞーー……」
(……つい行かせてしまったが、この地点でユニコーンを見つけることは、普段はまずないぞ)
(ただの偶然か?気にしすぎならいいが……用心しておくに越したことはないか)
☆
ふたりはユニコーンの縄張りに足を踏み入れた。
優美な紫のたてがみに純白の馬体、そしてフルーレの剣先のように尖る、螺旋模様の刻まれた一本の角。少女たちに人気があるのも頷ける、美しい魔獣だ。
「ゆ、ユニコーンさ~ん……怒らないでね~」
「そうだよ、ボクたち味方だよ~……ただちょっとだけ、角がほしいだけなんだよ~……」
ふたりはこそこそと、まるで盗みを働くかのようにユニコーンににじり寄る。
目の前の魔獣の信頼を得ようとしているとは思えない行動だ。
「クルルゥ……」
ユニコーンはレイチェルの方を一瞥すると、今度はミモザに対してはっきりと目線を向けた。
「えっ、ボク!?」
驚愕するミモザ。自分が敵意を向けられるようなことには慣れていないのか、とてもおどおどしている。
きっと、レイチェルが襲われるものとばかり考えていたのだろう。これまではそういう事ばかりだった。
「ひ、ひょえぇ……ボ、ボクは食べてもおいしくないよ~……」
「グルゥ……?」
ユニコーンはミモザをじいっ……と見つめる。
「そんなに見つめても何も出ないし、何も騙してなんてないよ~!」
ぎろ、と彼女を睨みつける目が鋭くなる。
「ルルゥフ……!」
(やっぱり怒ってる……!?)
……。
(うわああん、もうどうにでもなれぇ!)
「……ルルア、ルゥ……」
少しづつ、蹄の音がミモザに近づいていく。
(ごめん、レイちゃん……ボク、ここまでみたい……!)
ミモザが覚悟を決めた、その時……
「きゅうう~ん……」
ユニコーンはなんと、ミモザの肩に顔を寄せた。
彼女は見事、ユニコーンを手懐けることに成功したのだ。
「よ……よし!やったよレイちゃん!」
ミモザは丁寧にユニコーンの頭を撫でると、喜びのあまりぴょんこぴょんこと飛び跳ねた。
「うん!がんばったねミモちゃん!」
レイチェルは匂い袋をポケットにしまい込みながらそう言った。
「おぉ~よしよし~ユニコーンさんかわいいね~」
「あはは……怖かったなら、わたしに任せてもよかったのに」
「いやいやっ、レイちゃん一人を置いていけないって!」
「え~、絶対大丈夫だったよ?わたし」
「きゅきゅうん……?」
ユニコーンはミモザの肩から頭を離すと、近くの木に向かって歩いていく。
「そういえば、ツノってどうやって貰うんだろう?」
「やっぱり……折るんじゃない?」
レイチェルがぽき、とレバーを動かすようなジェスチャーをする。
「ええ!?そんな暴力的な……」
ころん、と何か長物が地面に落ちる音がした。
ふたりがそんなことを言い合っているうちに、ユニコーンは樹木を使って自分の角を折っていたのだ。
「クルルゥ……ルァ」
ユニコーンはふたりの方を向き、額を見せつけるように頭を揺らす。
それまで長い角が生えていた場所には、既にごく短い角がぴょこんと生えていた。どうやら生え変わりの時期だったようだ。
「あ、ユニコーンさん!もしかして、それくれるってコト!?」
「ルルゥフ!」
鼻息が荒い。どこか自慢げなようにも見える。
「ありがと、ユニコーンさん!ボクたちほんとに助かったよ!」
ミモザはユニコーンの角を拾うと、大切に持ち抱えた。
「またね、ユニコーンさん!」「またね~」
ふたりの見送りと共に、ユニコーンは森の奥へと去っていった。
「ふふっ、うまくいったねレイちゃ……ん?」
レイチェルはいつの間にか、キノコの群生地帯の目の前にいた。
奇妙な模様のキノコに心を惹かれて、触ろうと――
「あ、そのキノコは危ないよ!」
――する直前に、ミモザの一言でぴくっと静止させられる。
「え、危ないの?」
「うん。ほら、あれだよ……トんじゃうやつ」
「トんじゃう」
「触るだけなら大丈夫だけど、ヘンなことはしちゃダメだよ!」
「うん、わかった……」
レイチェルは少し悲しそうにその場から立ち去り、ミモザの隣に戻る。
「ね?レイちゃん、一人じゃ危ないでしょ?やっぱりボクがついてなきゃ!」
「あはは、確かにそうかも……」
ふたりは力を合わせて困難?を乗り越え、見事、任務を達成したのだった。
「それにしても、ヘンゼルが何も言わなかったのって珍しいね」
「普段はあれに気をつけろとか、これをこうしろって言ってくるのに」
「そりゃもう、それだけボクたちのことを信頼してたんでしょ!」
「そうかなぁ……?わたしはたぶん、何が裏があると思うんだけど」
「いやいやぁ。ゼルりんはきっと、いつもは素直になれないだけなんだよ!」
☆魔獣図鑑 No.001 ユニコーン
オトギの樹海をはじめとした、妖精迷宮の各地の森に生息する一般的な魔獣。
本来は獰猛な性格で、緊張状態だと角が固くなって取れなくなるが、敵意を見せず、友好的に接すればかなり話のわかる魔獣である。
それにしても、どうしてミモちゃんばっかりじっと睨まれたんだろう?
☆アイテム図鑑 No.002 ユニコーンの角 350st
ユニコーンの魔力が宿る部位のひとつで、水を浄化し、毒を中和すると言われる。
実際、この角を磨り潰して粉にしたものは解毒薬として使うことができるため、
共通して毒を脅威とする妖精や魔法少女たちにとっては非常に需要の高いアイテムである。その割に入手性が悪いので高いのだ。




