第七話 『安らぎの宿り木亭』
あれだけ騒がしかったギルド内は、酔いつぶれた冒険者達で静まり返っていた。弘次郎とエルカルは、互いに静かにジョッキを傾けて、エールを飲み交わしていた。
「あーあ、ぐっすり寝ちまって」
ジョッキを置き、机に突っ伏して熟睡しているルリィの頭を、ゴツゴツとした無骨な手で優しく撫でる。あれだけ騒わげばな、そりゃ疲れるか。ったく、幸せそうな顔しやがって、無防備過ぎんだろうが。
「コウジロウ、君は本当になんなんだい?君ほどの人間が、なぜ噂一つない?僕はそれを知りたい」
エルカルが目を細め、俺を見る。 そんなに怪訝そうな目で見んな。言えるわけがないだろうが。穴に落ちたらここにいた、なんてよ。
「どうでもいいだろうが、んなこと」
そう言って、弘次郎はジョッキを口に運ぶ。心地よい冷たさと、芳醇な香りが口の中に広がり、ほぉと息を吐く。
「うん、そうだね。まだあって一日も経ってない僕が知ることじゃない。そこで、君とパーティーを組みたい」
「パーティー?」
「ああ。ソロで対応出来ないような依頼があった時に、パーティーを組んで、その依頼をこなすんだ。当然、報酬は山分けになるけどね」
よく出来てんのか出来てねえのかよくわからんシステムだな、それは。ま、そこらへんはパーティー内でうまくやるんだろうが、めんどくせえことには代わりはない。
「いやだといったら、どうする」
「…………無論、戦いで」
弘次郎を見据え、エルカルは、獰猛に口角をあげる。はっ、好戦的な奴だ。冒険者ってのは、みんなこうなのかねぇ。
「別に戦うのは構わねえが、場所はどうすんだ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと当てはある。多分コウジロウも全力で戦えるんじゃないかな?」
弾んだ声で話すエルカルに、弘次郎は、そうかといって、残りのエールを飲み干す。
「昼にここにくる。それでいいか?」
「うん、それでいいよ。宿は、ここに止まるといい。長いことこの街にいるけど、この宿が一番よかった」
そう言ってエルカルは、弘次郎に一枚の紙を渡す。その紙には、『安らぎの宿り木亭』と書かれていた。
「済まんな、んじゃ、支払いはここに置いとくぜ」
懐から小袋を取り出し、閃貨三枚をテーブルの上に置く。弘次郎は、器用に片手でルリィを抱き上げると、階段を下り始める。下りる時に生じる衝撃をルリィに伝えるなんてことを、弘次郎がするはずもなく、弘次郎は動いているのに、ルリィは揺れていないという奇妙な図が出来上がった。
「んふふ〜、コウさ〜ん」
「っとぉ、危ねえな。俺の名前を呼ぶなんて、どんな夢見てんだよこいつは」
ルリィが弘次郎の首に手を回し、胸板に顔を擦り付ける。へぇ、見た目はガキだが、出るとこは出てんだな。まあ、俺にはそんな趣味はねえが。
「邪魔したな」
「あ、はーい。また来てくださいねー!」
弘次郎は階段を下り、扉を蹴り開ける。外はまだ肌寒く、吐いた息が白く染まった。『安らぎの宿り木亭』ってのは、どこにあんだ?
「コウさん、駄目ですよ」
…………こいつはほんとにどんな夢見てんだよ。って、『安らぎの宿り木亭』はギルドの直ぐ隣かよ。
からんからんと、下駄が石床を打つ音が夜空に響く。
「ちょっとごめんよ」
「んにゅふ」
弘次郎は、ルリィにそう一言かけると、ルリィを担ぐ。引き戸に手をかけ、開けて行く。暖簾を潜り、引き戸を閉める。そして、またルリィを抱きかかえる。
「いらっしゃいませ〜。ってあら?」
「あー、女将さん、ツインで頼む」
「まさか、そういう趣味の人?」
「んなわけがねえだろう。森で拾ったんだよ」
着物を身につけた女将さんは、ふふふと笑いながら、棚から鍵を取り出す。そして、カウンターの外へ出る。
「こちらへどうぞ〜」
間延びした声を発しながら、女将さんは弘次郎を連れて、部屋の前へ歩いて行く。
「あ、そうそう、私の名前はファン。女将さん、なんて、他人行儀はやめてね?」
「いや、他人行儀もなにも、俺とあんたはさっきあったばかりだろうに」
「いいじゃない、そんな細かいことは。ささ、どうぞ」
細かい、のか?弘次郎は首を傾げながら、開けられた扉をくぐり、部屋の中へ入る。部屋の中は和室になっていて、藺草の匂いが鼻をくすぐる。そこまではいい。
「なぜベッド?」
弘次郎の視線の先には、畳の上にベッドが置いてあった。しかも、ベッドは一つしか置いていなかった。
「…………聞きたいことは山ほどあるが、まず一つ。なんで畳にベッドなんだ?」
「だって、ハッスルする時に布団じゃ、雰囲気ないでしょ?」
口に手を当てながら、ほほほと笑う。…………なんつー人だよこの人は。
「それじゃーねー」
ファンはそう言って、扉を閉めて出て行った。後は弘次郎だけがぼーっとたっていた。って、んなことしてる場合じゃねえ。早くルリィを寝かさねえと。
「おい、離れろって。おい」
「にゅふふ」
弘次郎はルリィを降ろそうとするが、ルリィはさらに力を込め、弘次郎の首に絡みつく。ゴツゴツした男の体に絡みついて、なにが楽しいんだ?
「はぁ、離れろ」
「んにゅ」
やっと離れやがった。おいおい、なにもかけねえと風引いちまうだろうが。
弘次郎は、ルリィの頭を枕に乗せ、毛布をかける。なんでこんなに無防備な姿を俺に晒せるんだよ。襲わねえって確証はねえだろうに。無骨な手で、ルリィの頭を撫で、ベッドを離れる。そして、部屋の隅に片膝を抱えて座る。部屋の中で寝るのは、何ヶ月振りだろうな。ったく、ぐっすりと熟睡しやがって。
「お休み」
そうつぶやいて、弘次郎は目を閉じた。




