第五十六話 楓の気持ち
翌日。
昨日のことでなかなか寝付けずに朝早く目が覚めた俺は、邪念を振り払うためにいつもの鍛錬をこなしていた。
丁度屋敷の二十週を終え、体が温まったところで楓と鉢合わせた。
「あ、ぅ。お、おはようございますっ」
鉢合わせたまま楓はなぜか顔を赤くして固まる。数秒後、再復帰した楓は俺に挨拶をし、俺が返す前に脱兎の如く逃げて行った。どうやら昨日のことが恥ずかしかったらしい。
「おーまあ初々しいじゃないか、ねぇ弘次郎?ぐっすりと寝ていたあたしにも昨日の夜何かあったか教えてくれないかい?」
見つかったら厄介な人に見つかったな。
師匠に捕まったあと、昨夜の出来事をこってりとしぼられた。
「あ、そう」
話を聞いた師匠は、興味無さげにそう言った。なんだか期待はずれって顔だな。
「なにを期待していたのか、一応聞こう」
「いや、楓と弘次郎が恋仲にでもなったのかと思ったんだよ。でも、違ったんだね」
「当たり前だ、師匠。俺は楓を妹としてしか見ていない」
半眼で師匠を見ながら言葉を返す。俺の言葉に師匠、呆れたような顔をした。
「あんたはそうかもね。でも、楓はどうかな?」
楓も年頃の娘だ。果たしてそうだと思うかい?と言うと悪戯っぽい笑みを浮かべる。俺が意味のわからなそうな顔をしていると、笑いながら居間へ消えて行った。
「どうだろうな」
一人でそうつぶやくと、大太刀を抜いて素振りを開始する。いつもと変わらないはずの大太刀が、いつもより少し重く感じた。
日が高くなりはじめた頃、俺は鍛錬を終了した。後は昼飯をつくだけだが、その前にいつもの水浴びをするために近くの井戸から水を汲む。身につけている上衣を脱ぐと、下衣にかからないように水を被った。
頭と背中を冷たい水が流れていく。
「えっ!?」
突然背後から声がし、その方向へ振り向く。そこには早朝と同じく頬を赤く染め、固まった楓が立っていた。どうやら俺のはだけた背中を見て固まったらしいな。やれやれと思いながらも、師匠の言葉が頭を過る。
いや、関係ない。きっと楓も兄としかおもっていないはずだ。
「なに固まってるんだ?早く行くぞ」
「ひゃい!」
固まった楓を無視し、上衣を羽織る。そして、楓を連れたって居間へと急いだ。




