第五話 冒険者登録
「夜だってのに、賑わってるな」
「はい!」
『神秘の森』を抜けた俺たちは、一番近くの街『自由都市エルカンテ』にやって来ていた。門を潜り、そのまま大通りを歩く。深夜だというのに、たくさんの屋台や露店が立ち並び、いろいろな服装をした人々で溢れかえっていた。活気があるのは結構だが、眠れなくねえか?こんなにうるさいと。
「あ、コウさん。みんなコウさんを見てますよ」
「ん、まあ、害意や敵意がねえから、ほっとけ」
からんからんと下駄を鳴らし、石床を歩く弘次郎を見て、あれだけ騒がしかった大通りが一気に静まり返る。人々から向けられるのは奇異の視線。そして、弘次郎の内側から滲み出る、強者の風格。それに恐れをなしたものも、少なからずいた。
「コウさんコウさん。冒険者ギルドに入って見ませんか?」
「冒険者ギルド?」
「簡単に言うとですね。依頼を受けて、その依頼をこなすと、報酬と言う名のお金が貰えるんです。その依頼を受けてこなす人を冒険者と言います。未踏破の迷宮や未開の地を踏破したり、魔物を倒したりしても、お金が貰えます。その冒険者登録をするところ、または魔物や魔石を換金するところを、冒険者ギルドというんです」
なるほど、それなら化け物と戦えて、お金が貰える。一石二鳥だな。それに、入っても損はない。
「ところで、この世界の通貨ってどうなってんだ?」
「あ、はい、この世界のお金は、石貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、閃貨があります。石貨100枚で銅貨1枚。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚。金貨100枚で白金貨1枚。白金貨100枚で閃貨1枚です」
なるほど、日ノ本とあまり変わらねえんだな。そこまで考えて、弘次郎は害意を感じ取り、右腕を頭上に掲げた。ズコンという音と共に、槌が弘次郎の右腕に叩き込まれる。
「なっーー」
だが、ただそれだけだ。衝撃もすべて弘次郎に受け止められ、黒色の着流しさえ傷つけることが出来なかった。なんだ?この寝ぼけた攻撃は。おいおい、
「この筋肉は、飾りか?」
「か、はっ」
振り向き、右脚を、槌を振り下ろした状態で固まっている、がたいのいい男に叩き込む。ただし、かなり手加減して。男は、身体をくの字に曲げ、まっすぐ吹っ飛んで行く。
「ルリィ。なぜ俺は襲われた?この街は治安が悪いのか?」
「いえ、コウさんの衣類などがかなり高いものだから、ではないでしょうか。治安はいい方だと思いますが、たまにいるんですよ」
「そういうもんか」
「はい」
俺はそのまま前を向き、改めて歩き出す。ルリィも対して気に留めた様子もなく、俺の後ろをついてくる。からんからんと、下駄が石床を打つ音があたりに響く。しばらく進むと、デカイ建物が見えてきた。
「ここか」
ポツリとつぶやき、大きい扉を押し開けると、チリンチリンと来客を知らせるベルの音がなった。
木張りの床に、魔法を使った電球もどき。奥には、恐らく受付と思われるカウンターがあり、視線を動かすと、テーブルと丸椅子に腰を下ろした冒険者達が、酒を酌み交わしている。隅へ目を向けると、二階へ続く階段があり、二階は吹き抜けになっていた。一階と違い、背もたれがついた椅子に、上等なテーブルがあることをみれば、かなりランクが上の冒険者が集まる場所なのだろう。騒がしい一階と打って変わって、二階は静まり返っていた。武器を構えるもの、酒を飲もうと、ジョッキを持ち上げた状態で固まっているもの、冷や汗を流して、弘次郎を観察するものまで様々だ。
「ほらいくぞ」
「は、はい」
弘次郎は、やはりそんなギルド内を物ともせず、ルリィの手を引っ張ってカウンターへ近づく。
「冒険者登録をしたいんだが」
「わ、かりました。この書類に、必要事項をお書きください」
受付嬢から渡された書類とペンで、必要事項を記入して行く。年齢の欄に60と書こうとして、ルリィに手を引っ叩かれた。違ったな。30だったなそういや。
すべてを書き終え、受付嬢へ渡す。
「はい、承りました。……お綺麗な字ですね」
「ん?ああ」
渡された書類をざっと流し読みした受付嬢は、俺の顔を見てニコリと微笑む。素晴らしい営業スマイルだった。
「はい、では、この水晶に手を置いてください」
「こうか?」
「はい、それで………………はっ?」
俺は、言われた通りに差し出された水晶に手のひらを起き、受付嬢に確認を求めた。受付嬢は、それでいいと言いかけ、固まった。
「見事に砕け散ったな、これ」
俺が手に置いた水晶が、跡形もなく砕け散っていた。そして、それを見た冒険者達がざわめき出す。
「おい」
「………」
「おいお嬢さん?」
「あ……はい」
「はいじゃねえよ。続きだ続き」
何度も呼びかけ、やっと反応した。俺が催促すると、受付嬢は慌てたように奥へ引っ込んだ。しばらく待つと、また慌てように戻ってきた。
「このカードに、この針で血を一滴たらしてください」
「了解」
渡された針で指を刺し、血を銀製のカードに垂らす。すると、カードが淡い光を発し、何も書かれていなかったカードに、文字が浮かび上がった。
【ギルドカード:自由都市エルカンテ冒険者ギルド支部】
名前:比嘉沙汰 弘次郎 年齢30
魔力量:判別不可能 冒険者ランク:判別不可能
所持武器:判別不可能
所持防具:判別不可能
称号:【血の神に祝福された者】【黒の神に愛された者】【豪胆者】【剣鬼】【すべてを極めた者】【氷の神のお気に入り】
ギルドカードにそう浮かび上がっていた。どうやら魔力量と冒険者ランクも、魔物と同じランクで判断されるらしい。冒険者ランクは、今までの戦闘経験や戦い方を垂らした血から読み取って設定するとか。設定されてからも、戦闘経験を積めば、ランクは上がって行く。どうやらさっきの水晶は、魔力量を測るものだったらしい。悪いことをしたな。つーか、これ……
「化け物じゃねえか」
俺がそう声を発した途端、受付嬢は、顔を青くして卒倒した。ふむ、ひょっとして、俺はここにこない方が良かったんじゃないか?
「わぁお、コウさん凄い。血の神と黒の神と氷の神の称号を持ってるなんて」
「なんだよ、血の神と黒の神と氷の神って」
「はい、血の神と黒の神は、残虐な神で、氷の神は他の神と比べて、この神だけ称号を与えてない神と言われていて、冷酷非道の神です」
そんなもんに称号を与えられても全然嬉しくねぇよ。冷酷非道の神の称号を与えられた一人目ってことじゃねえかそれ。って、ここでも剣鬼か。やれやれ、全く。
「に、に、にに、二階へ、どど、どどど、どうぞ」
復活したまだ青ざめている受付嬢がカードを俺に手渡し、二階へ勧める。俺は特に何も思うことなく、進められるがままに二階へ上がった。
「こ、こちらへどうぞ」
二階へ配置された受付嬢に、一番奥の、一番いい席に促される。……なるほど、この席は、このギルド内で一番強いものが座る席ってことか。まぁいい。
着流しの内側をそっと探り、小袋を取り出す。中を開けて、この中に入っている貨幣が使えるかどうか、ルリィに確かめた。
「この貨幣は、この世界で使えるのか?」
「使えますけど、あまり人に見せない方がいいと思います。こんな大金を持っているところを見られたら、確実に狙われますよ」
小袋の中には、閃貨がジャラジャラと入っていた。俺は、その中から銀貨を取り出すと、受付嬢を呼び、渡されたメニューを開いてエールとピカルジュースを頼んだ。ピカルジュースはルリィ至っての希望だ。
「コウさんありがとうございます。私、ピカルジュース大好きなんですよ!」
目を輝かせて、喜んでいる姿を見ると、本当に大好きなのだろう。しばらくすると、受付嬢が、エールとピカルジュースを運んで来た。
「お待たせしました。エールとピカルジュースです」
「はいよ」
エールとピカルジュースを持ってきた受付嬢に、銀貨を握らせる。
「あの、量が多過ぎ………いえ、なんでもありません」
俺の視線に気づいたようで、言いかけた言葉を飲み込む。踵を返そうとした受付嬢を弘次郎が呼び止める。
「あっと、一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「なぜ俺はこの二階に案内された?この二階は、高ランクの冒険者のみが上がることを許される場所。俺も一応高ランクの冒険者だ。いつかはここに上がる。これは理解出来た。だが、なぜ今二階に案内されたんだ?別に登録してすぐ去ることも出来るんじゃねえか?」
「……まさか、説明、されていませんか?」
「ああ、なにも聞かされていないが」
弘次郎の返答を聞いた受付嬢は三秒ほど絶句した後、呆れたようにため息を吐く。
「すいません。弘次郎さんにここに上がっていただいたのは、高ランクの冒険者の注意点についてお話しいただくためです。本来ならばカウンターで御説明するのですが、あの子はなにも話さずに通してしまったようで」
「なるほど。まぁ、あまり咎めてやるな。いきなりこの世界を一人で滅ぼせる冒険者が目の前に現れたんだ。誰だって慌てるだろうよ」
謝罪する受付嬢を弘次郎が宥める。一つ言っておくと、普通は慌てるでは済まない。気絶でも済まないだろう。むしろ死んでもおかしくは無い。
「そう言っていただくと助かります。遅れてすみませんが、二つほど御説明いたします。まずは一つ目。高ランクの冒険者には責任が伴います。受けた依頼の中でご自分の命が失われたとしても、それは受けた冒険者の責任ということ。そして、高ランクの冒険者は最低一人、自分の見込んだ低ランクの冒険者を一定期間育成するという責任です。
次に二つ目。冒険者は依頼をこなし、報酬をもらって生活しています。それは高ランクの冒険者も低ランクの冒険者同じことです」
「つまりは、高ランクの冒険者は、低ランクの依頼を受けないこと。そういうことか?」
「はい。補足いたしますと、高ランクの冒険者が低ランクの依頼をこなしてしまうと、低ランクの冒険者の依頼がなくなり、稼ぎがなくなってしまいます。高ランクの冒険者は低ランクの依頼を受けることが可能ですが、その逆は不可能です。そうなってしまいますと当然、低ランクの冒険者は困ります。生活費がなくなってしまうわけですから。そうならないために、こうして御説明させてもらっているというわけです」
申し訳なさそうに説明した受付嬢に弘次郎は目を閉じ、すこし考える。五秒ほど考えた後、口を開いた。
「なるほど。大体は理解出来た。が、新たな疑問が浮かんで来た。ようは高ランクの冒険者は、低ランクの依頼を出来る限り(・・・・・)受けないようにすること。理由は、高ランクの冒険者が低ランクの依頼を受けたことによって生じる問題があるため。ならばなぜ出来る限りなんだ?なんで受けることが出来るんだ?低ランクの冒険者が高ランクの依頼を受けることが不可能なように、いっそのこと高ランクも低ランクの依頼を受けることが出来ないようにすりゃぁいいことじゃねえか」
「そうですね。そうなってくれれば安心なんです。ですが、そういうわけにもいきません。ごく稀に、本当に稀にですが、低ランクの冒険者にもかなり難しい依頼が回ってくることがあるんです。このケースの場合、ほぼ100%低ランクの冒険者では手に終えません。だからと言って、高ランクの冒険者が受け持つことは出来ません。低ランクの冒険者に回された依頼だからです。ですが、そのための救済措置として、二人まで高ランクの冒険者をその依頼に連れて行くことが出来るんです。保険として。この救済措置があることで、必ずではなく出来る限りという曖昧な表現となってしまっているんです」
「なるほど。済まないな、長引かせて」
「いえいえ、これくらい当然です。あの子がやったことを考えれば。後でお仕置きですね。それでは失礼します」
弘次郎に一礼し、物騒な言葉をつぶやきながら受付嬢は一階へおりて行った。
おりていった受付嬢を見ながら、よく冷えたエールを口に含む。心地よい冷たさと、芳醇な香りが口の中に広がる。そして、飲み込む。
「ふぅ」
ジョッキを置き、息を吐く。横を見ると、ピカルジュースを一生懸命口に運んでいるルリィの姿が目に入った。その姿は小動物を連想させる。
「おい!ここにさっきの男はいるか!?」
静かな時間を過ごしていた俺達の耳に、勢いよく扉が開けられる音と、男の怒号が響いた。




