第四話 物語の始まり
「へぇ、こりゃぁいい」
黒い靄のようなものが、弘次郎の身体から湧き出る。先程までと打って変わって存在感が凄まじい。すべてのものに圧力をかけ、自由にさせない姿は、この森の生態系の頂点にいることを示し、文字通り、君臨して居た。
「こ、コウさん……抑えてください」
「ん?ああすまねえ」
物凄い勢いで俺の身体を食い破らんと流れる魔力の流れを抑え、ゆっくりと流す。それでもまだ、体の内部から力が湧き出ているのがわかる。ちょっと失敗したな。ルリィが自分の身体を抱きしめて怯えてやがる。
「コウさん、一体何者ですか?活身術も何もなしで、ゴブリンリーダーをバラバラにしたかと思えば、今度は一瞬で活身術を使いこなすなんて」
「まあなんだ、三十路のおっさんとでも思ってくれや」
「はあ、わかりました」
三度笠をパンパンッと叩き、目深めにかぶる。
「ルリィ、さっきから気になってたんだが、その耳は、なんだ?」
指を、ルリィの頭上にピクピクと小刻みに動く猫耳に向ける。えらく可愛らしいもんを持ってるが、普通人間に猫耳はついてねえよな。
「……知りませんか?私は獣人という種族で、耳や尻尾が生えているんですよ?」
「へぇ」
珍しい種族がいたもんだな。猫耳があんなら犬耳もあるんだろう。兎耳も。日ノ本よりも、この世界を放浪した方が楽しそうだ。活身術をとき、体の力を抜く。
「ルリィ。武器はどうした。ってか、丸腰でなんでこんなところでいるんだ?」
俺の言葉に、ルリィは肩を小さく跳ねさせる。本当はこんなことは聞きたくねえが、仕方がねえ。
「本当はルリィが話すまで待つのが一番だ。が、今はそうは言ってられねえ。話してくれねえか?」
「…………私は、奴隷として、村から売られました。不作が続いて、存続が危なくなったそうです。そこで、村一番の美人を、奴隷商人に売ることが決まり、私が売られました。馬車に乗せられるすんでのところで私は抜け出して、この森に逃げ込みました。でも、ゴブリンリーダーに追われて……わたし、これからどうしたら……うぅ……」
ルリィは、途中から顔を隠し、静かに泣き始める。
奴隷か。やっぱりここにも存在するんだな。村の奴らは仲間を犠牲にしてまでも、その村に住みてえのか?一人の犠牲の上に成り立った村に。俺だったらごめんだな。これからこいつをどうするかは、すべて俺の裁量に任されたってか。まぁ、連れてくしか選択肢はねぇだろ。ここに置いていって、あとでこいつが死なれでもしたら後味が悪い。案内役も必要だしな。
「ルリィ。俺について来るか?」
「え?」
「一人じゃいろいろと心細いだろ?そういう俺も、心細いからな」
そういって、おどけたように肩をすくめて見せる。ルリィはすぐに頷き、満面の笑みで、俺を見上げた。
ザクザクと、草を踏み鳴らす二つの足音が、森に響く。月明かりに照らされ、二つの影が地面に映る。三度笠を目深めにかぶり、黒髪を右側だけ三つ編み状に結び、黒色の右胸に桜の花のアクセントがついた着流しを身に纏い、左腕の肘の下から先がない着流しの裾を風にはためかせ、からんからんと下駄を鳴らして悠然と歩くその姿は、戦国時代に名を轟かせた史上最強の剣士、比嘉沙汰 弘次郎。その傍に、ピッタリと寄り添い、月明かりに反射して輝く銀色の髪を風になびかせ、純白のワンピースを着、猫耳と尻尾をせわしなく動かし続ける少女、ルリィ。決して交わることのなかったこの二つは、なんの偶然か、重なり合い、この世界を歩み始める。
足りなかったピースが補われた歯車のように、二人の運命は、静かに周り出す。
この先どのような物語が待ち受けているのか、それは、星々が輝く天のみが知る。




