第四十三話 凪火菜野
後頭部がなんか柔らかいな。それに、なんか良い匂いだ。
「あっ、目覚めたんだね!?良かったよ、本当に」
目を開けると、俺の顔を女性が覗き込んでいた。俺は……確かこの女性の味噌汁を飲み干して……それで気絶したのか。普段残飯で鍛えられているはずの胃袋でも耐えられないなんてな。味噌汁恐るべし、だ。それにしても、顔が近いな。そうか、膝枕をされているのか。
「あっと、まだ体を起こしちゃいけないよ」
体を起こそうとした俺の額を女性はそう言って抑え、上げて居た頭を自身の膝に乗せる。
「そういえば、お前さんの名前を聞いてないな」
「あたしかい?あたしは凪火菜野。放浪の剣士さ。あんたは?」
俺、か。
「俺には名前なんてない。あんたとでも呼んでくれ」
物心つく前に捨てられたからな。名前なんてものは存在しないし、もしあったとしても忘れてる。
「そう、か」
俺の言葉に火菜野は悲しそうな顔をするが、直ぐに元の表情に戻った。
そして、なにか考え込むように天井を見上げる。
「比嘉沙汰 弘次郎ってのはどうだい?比嘉沙汰が姓で、弘次郎が名前だ」
「比嘉沙汰 弘次郎、か」
響きもいいし、良い名前だ。
「ありがとう、名前をくれて」
「いや、いいさ」
礼を言うと火菜野は赤く頬を染め、嬉しそうにはにかんだ。綺麗、だな。と言うか、よく見ると美しい顔をしている。この顔で剣士か。世の中わからないものだ。
「ん?あたしの顔になにかついてるかい?」
「いや、なんでもない」
ばっと顔をそらし、勢いよく起き上がる。火菜野は驚いたように「わっ」と声を漏らした。
「急に起き上がるんじゃないって」
「ああ」
火菜野は膝をポンポンと叩き、足を崩す。その様子がなんとも扇情的で、俺は視線をそらした。
「うっ」
視線をそらした瞬間眩暈がおこり、体が傾く。やばい、体が動か、な……。
「おっと」
倒れる間際、俺は火菜野に抱き留められた。
やっぱり、火菜野は良い匂いがするな。
「大丈夫かい?」
「頭が、クラクラする。まだダメみたいだ」
長い孤児生活のせいなのか、味噌汁のせいなのかわからないが。それよりも、俺の体、臭わないな。はじめは垢だらけだったはずなんだけど。
「それかい?それならあたしが隅から隅まで綺麗に洗ったよ」
「隅から、隅まで?」
言葉の意味を理解した瞬間、顔が赤く染まった。そんな俺を見て、火菜野はクスリと笑う。
「なんだい、可愛いところもあるじゃないか」
火菜野はくしゃっと俺を抱き留めたまま頭を撫でる。俺は恥ずかしさに悶え、されるがままになるしかなかった。




