第四十話 突然の行動
港町から乗り合い馬車に乗った弘次郎は揺れに揺られること約三時間後、草木も眠る丑三つ時に『自由都市エルカンテ』へ帰還した。既にルリィ達は宿で眠っていると思っていた弘次郎は、酒場の中でエールを飲んでいた三人の姿を見て驚いた。
「おはいりなひゃいこうひゃん」
すっかり酔っ払ったルリィの様子に弘次郎は辟易した様子で溜息をついた。頰を上気させ、なんとも言えない妖艶さを醸し出しているダリアはルリィの看病をしており、カルミアは机に突っ伏して寝息を立てている。
弘次郎は呆れながら二階へ上り、あははと乾いた笑みを浮かべるエルカルに礼を言う
「おいおい、なにやってんだお前さんら。っと、追求する前に、ただいま」
「ええ、おかえりなさい」
傍から見れば新婚の夫婦のような会話を交わす弘次郎に、酒場の男の鋭い視線が突き刺さる。だが、当の弘次郎は気に留めた様子はない。
「すっかり酔いつぶれちって。無防備過ぎんだろうが」
この酒場の奴らが節度のある馬鹿だからいいが、もし後先考えねぇ奴らだったらどうすんだよ。まあ、そこらの冒険者に負けるダリアじゃねぇとは思うが、まさかのことがある。
気をつけろよな。
「あははぁ、こうひゃんが二人いりゅぅ」
「ったく」
千鳥足で弘次郎の腰に抱きついて来たルリィの頭をがしがしと荒っぽく撫でる。ルリィは気持ち良さそうに目を細めると、幸せそうに笑った。
「すー、すー、すー」
ちらりとカルミアへ視線を向けると、ダリアの膝をまくらにして寝ていた。ちょっと待て。さっき机に突っ伏してなかったか?
「さて、いつまでもここに寝てたら風邪引くな。ダリアはカルミアを頼む。俺はルリィを運ぶ」
「わかりました」
弘次郎はチップ代わりに少し多めに通貨をおくと、腰に巻きつくルリィを片手で抱き上げ、階段を下り始める。ダリアはカルミアを静かに背負い、弘次郎の後を追った。
この時の弘次郎はまさかあんなことになるとは思いもしなかった。
それは『安らぎの宿り木亭』へ続く夜道で起きた。
「んんっ」
「んむっ!?」
「はえっ!?」
弘次郎の腕の中で眠るルリィが、僅かに身じろぎしたかと思うと肩を掴み、自分の唇と弘次郎の唇を重ねた。
人殺しだの戦いだのと忙しかった弘次郎には色恋沙汰にかける時間などなかったため、もちろんそういうこともしたことがなかった。突然の行動に驚き、ついルリィを支えている手から力を抜いてしまった。それでもルリィは弘次郎にしがみつき、唇を重ね続ける。
「ん……んふっ、んん……んぅ……ふ」
は?いやまて、何が起こった?なんだこの唇に当たる柔らかいものは。というより、ルリィの顔、近過ぎだろ。どうなってんだ?ちょっと待て落ち着け。ルリィがなぜこんなことをしてんのか、それはこの際どうでもいい。これは、接吻、だよな?いや、キスか?
「ぷはっ。にゅふふ」
呆然とする弘次郎とダリアの心境も知らずに、唇を離したルリィは幸せそうに微笑んだ。




