第十八話 和解
しばらくして女性が自警団を連れて戻り、弘次郎が事情を説明した。何かしらの罰を受けると思っていた弘次郎は、告げられたお咎め無しに驚いた。理由としては、弘次郎より先に相手が剣を抜いていたこと。そして、ただ殺すだけでなく、弘次郎がちゃんとした理念に従っていたことの二つが挙げられるだろう。事情を聞いた自警団は、弘次郎に礼をすると、男の死体を連れて帰って行った。
「お前さん、名前は?」
「あ、はい。リネといいます」
自警団が去った方角をしばらく眺めた弘次郎は、女性に振り返って名前を尋ねた。急に話しかけられた女性は少し慌てたが、リネと名乗った。
「こんなことがあったあとだ。送って行ってもいいが、どうする?」
「すみません。よろしくお願いします」
「あいよ、んじゃ行くか」
「はい」
尻餅をついているリネに弘次郎は手を差し伸べ、リネは差し伸べられた手を握って立ち上がる。そして、月明かりに照らされた石床の街道を歩き始めた。からんからんと下駄が石床を打つ音と、たまに吹く風以外の音はなにもなく、奇妙なくらいに静まり返っていた。
「あの、お名前を教えていただけませんか?」
「あ?あぁ、比嘉沙汰 弘次郎だ」
「弘次郎様、これから私が働いている娼館へよって行きませんか?サービスしますよ?」
リネはそう言って甘く囁くと、弘次郎へしなだれかかる。さりげなく胸を押し付けながら。並大抵の男ならしどろもどろになりながら了承するだろうが、弘次郎は全くの無反応を返した。
「気が向いたらな」
「そんな簡単には靡きませんか」
邪険に扱われたというのに、リネはどこか満足そうな表情を浮かべた。
「着きました、ここです」
しばらく歩いたリネは足を止め、弘次郎へ振り向いた。弘次郎はリネの後ろにある建物へ目を向ける。娼館といえばいかにもという外観をしている建物が殆どだが、リネの後ろにある建物はぱっと見娼館とはわからず、看板に書いていなければわからないだろう。かなり素朴な作りをしていた。
「んじゃま、よろしくいっといてくれや。それじゃあな」
「はい!気が向いたらよってくださいね!」
踵を返した弘次郎の背中に呼びかけるリネに、弘次郎は右手をひらひらと振って返す。散歩のつもりだったが、思った以上に有意義な時間になったな。餓狼騎士団の勢力、そして下っ端の強さも把握出来た。ま、あとは俺が手を出すこともなく事態は収束するだろう。あとはのんびりと観光でもするとするか。そんなことを考えながら、弘次郎は『悠々放来亭』へと歩いた。
『悠々放来亭』の自分の部屋へ帰った弘次郎は微かな殺意を感じ取り、右腕を振り上げる。
「っ!?」
振り上げた右手はパンッ!と音を立てて何かを弾いた。弘次郎はそのまま左足を軸に右足を引き、回転しながら裏拳を薄暗い部屋の中に放つ。
「かはっ」
弘次郎の放った裏拳は何かの腹を的確に捉え
、吹き飛ばした。弘次郎はそばにあったスイッチに触り、電気をつける。
「やっ!」
電気をつけた瞬間、もう一つの何かが小型のナイフを逆手に持って弘次郎に振り下ろそうとしていた。
「そんな殺意も技術も力もねえただの餓鬼の癇癪と変わらない攻撃が、俺に通用すると思ったか?」
「ふぐっ」
弘次郎は素早く小型のナイフが振り下ろされる前に、何かの腹に向かって軽く正拳突きを打ち込んだ。なにかは小型のナイフを手放し、腹を抱えてうずくまった。
「なぁにがしてぇんだお前さんらは。俺を殺して自由になりてぇんなら、もっと殺す気でこなけりゃ自由になれるもんもなれやしねぇぞ」
電気に照らされて浮かんだのは、弘次郎が貰い受けた奴隷の二人の姿だった。二人は血走った目で弘次郎を睨んでいた。こいつらはなにがしてぇんだ?俺を殺すにしても殺意が足りねえ。かといって微かな殺意以外に浮かべている感情があるわけでもねぇし、なにがしてぇんだか。
「どう、してっ!私達だけ……こんな目にっ!なんでっ!」
「はぁ、なんでってお前さんら、それはお前さんらに自分の身を守るための力がなかったからだろうが。まあなんだ、ちょっと落ち着け。一つ話をしよう」
怒鳴るでもなく殴るでもなく、優しく諭すような弘次郎の言葉に二人は目を丸くする。
「俺はお前さんらをいつか解放しようと思っている。といってもいつになるかわからねぇが、それまでにお前さんらには力を付けてもらう。目安は騎士を五人相手しても無傷で勝てるくらいにはな」
「そんなの無理……「無理じゃねえ。現にここにいるだろうが。努力だけで判別不可能まで登りつめた奴がよ」……」
「それは……才能もあったんじゃ……「ねぇよ、才能なんか。才能がねえから左腕を失ったんだろうが」……っ」
左裾を捲り、左からしたがない左腕を見せながら弘次郎は言葉を放つ。その声には悔やみきれない悔しさが浮かんでいた。
「なにも俺と同じところまで来いってわけじゃねえ。自分の身を守れるくらいには強くなれって言ってんだ。そんくらいなら出来んだろ?今解放したとしても、お前さんらには自分の身を守るための力がない。自由になったとしても直ぐに盗賊に捕まるだろうよ。この話はお前さんらに取っても悪い話じゃねえはずだ」
「…………そう、ですね。ありがとうございます」
「ごめん……なさい」
「あ〜だから別に気にしちゃいねぇって。だからお前さんらも気に負うな。つか、寝る時間だ。寝ろ」
頭を垂れる二人を右手をひらひらと振って遮り、寝るように勧める。二人も眠かったようで、特に反論することなく床に就いた。
「だぁ〜疲れた」
弘次郎は付けた電気を消し、壁を背にし大太刀を抱えるようにして座る。そしてそのまま目を閉じた。
「おやすみ」
小さく呟いた弘次郎は、徐々に眠りの海に沈んで行った。




