第十七話 人の心
「ひ、人殺し」
男を切り捨て、刃に着いた血を拭い終わった後、先程まで静かにしていた女性が弘次郎を見て呆然と呟いた。人殺し、ね。まぁ確かに間違っちゃいねぇな。事実殺してんだから。
だが、それは武器を持った人間が武器を持たない人間を殺した時ののみの話しだ。
「ふざけたことをのたまうお前さんに幾つか教えとこう。剣や刀を抜くということは、それすなわち人を殺す覚悟があるということだ。そして、自分も殺される覚悟があるということでもある。剣や刀を抜いた時点で抜いた奴が殺され様と、それは当人達同士での暗黙の了解であり、他人が口出すことじゃねえ。そんで最後の一つ。剣や刀などは人を殺すために作られた道具だ。決して人を脅すための道具じゃねえ。それをさっきの男は人を脅すために使った。これだけいえばいくら取り乱すお前さんでも理解出来るだろうよ」
「で、でも」
これだけ話してもなお食い下がる女性に、弘次郎は呆れたように溜息を付く。完全に取り乱してやがる。ったく面倒くせえ。後始末が残ってんのによ。
「別に全部理解しろってわけじゃねぇ。所詮お前さんは一般人で、俺は剣士だ。理解しよう、わかり合おうって時点で無理がある。俺が言いたいのは一つだけだ。人殺しという言葉が成立するのは、武器を持った人間が武器を持たない人間を殺した時のみ。武器を持った人間同士では成立しない。ただこれだけを理解するだけでいい。そんくらいなら一般人のお前さんでも出来んだろう」
抜き身の大太刀を、腰に差してある黒鞘に納刀しながら噛み砕いて説明する弘次郎の言葉に、女性は徐々に落ち着きを取り戻す。落ち着きを取り戻すと同時に、自分のしたことの重大さを理解し、別の意味で取り乱して行った。
「すみません!助けていただいたのに、人殺しなんて言ってしまって。あまつさえ食い下がるなどっ……」
「別に気にしちゃいねぇよ。ただ一つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」
女性の言葉を右手をひらひらと振って遮りそう尋ねる。女性は当然断ることなんて出来ず、かくかくと頷いた。
「詰所へ行って自警団でも連れてきちゃくれねぇか?これを片付けないといけねぇしな」
「わかりました」
弘次郎は男の死体を指差して言い、女性を詰所へ走らせた。
「人殺しね。そう感じる心を捨てるなよ」
ぼそりと呟いた弘次郎は、夜空に浮かぶ上弦の月を眺めた。その背中には哀愁が漂っていた。




