第十六話 餓狼騎士団
草木も寝静まる丑三つ時。弘次郎はからんからんと下駄を鳴らし、着流しの左裾を風にはためかせて夜の街を歩いて居た。昼間はあれだけ騒がしかったが、夜中になるとこんなに静まるってのは、不思議なもんだな。たまに吹く夜風が肌を撫で、エールによって上昇した体温が冷まされていく。こうして弘次郎が夜中に出歩いているのには理由がある。
夜の貿易都市を歩き回って見たかったことと、いずれ餓狼騎士団と一戦交えるとしても、流石にこの都市の形や地理などを少しでも知って置かなければならなかったからだ。
「あ?」
街道を歩く弘次郎の視界に、ごそごそと蠢く二つの影が映った。弘次郎は足を止め、注意深く蠢く影を観察する。二つの影は建物の影に隠れるように身を潜め、一つの影がもう一つの影に覆いかぶさっていた。
「そういや……なるほど、餓狼騎士団か」
ガレンから聞いた話が弘次郎の頭を過ぎり、受け取っていた資料に目を通す。今の時刻は丑三つ時。そして、もっとも被害に会う娼婦の数が多い時刻も丑三つ時。必然的に蠢く影のどちらかが餓狼騎士団ではないかと疑うのは当たり前のことだ。流石に偶然にしては出来過ぎてるな。
「おい、なにしてんだそこで」
「っ!?誰だ!?」
影に近づき、声を掛ける。覆いかぶさっていた影はもう一つの影から飛び退き、弘次郎に向けて剣を抜いた。
「それを抜くってことが何を意味するか、わかるか?まさかわからずに抜いているわけでもあるまい」
月明かりに照らされ、剣を構えた男の姿が浮かび上がった。穏やかな雰囲気は何処へやら。男が剣を抜いたことを確認した弘次郎は、男へ向けて殺気を放つ。
「し、知るかそんなもの!邪魔しやがって!俺が餓狼騎士団ってことを知っての……「口を開くな」…………」
怒鳴り散らす男の首筋に大太刀の刃を当てる。剣を抜くということは、それすなわち人を殺す覚悟があるということ。そして、自分も殺される覚悟が出来ているということを示す。剣や刀などは人を殺すために作られた道具であり、脅すために作られた道具ではない。
人を殺すための道具を人を脅すために使うということは、弘次郎の触れてはならない逆鱗に触れるということを意味する。
「そうそう、知ってるか?この国のお偉いさん方やガレンっつー酒場のマスターが、ここ最近妙に襲われる娼婦の数が多いってことを不信に思ってたぜ?黒幕が最近出来た餓狼騎士団じゃないかとも疑ってたな。餓狼騎士団を国に突き出すっつっても確たる証拠が今まで掴めなかったせいで突き出すことが出来なかったが、餓狼騎士団の一員であるお前さんからその言葉が出たってことは、ようやく証拠が揃ったってことだ。お前さんは俺を脅すつもりでその名前を出したんだろうが、結果的には仇んなったな」
「み、見逃してくれ」
「見逃す?剣を抜いといてなにを言ってんだお前さんは」
剣を手放し、冷や汗をかきはじめた男の命乞いを弘次郎はそう一蹴すると、男の首筋に当てていた大太刀を静かに引いた。
「がふっ」
男の口と首筋から血が噴き出て、石床に血溜まりを作っていく。そして、男は血溜まりに倒れ伏した。
「対した覚悟も無ければ実力もない。その程度で騎士を名乗るとは笑いものだな」
弘次郎は倒れ伏した男を、ただ冷たい目で見下ろすだけだった。




