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第八章_もう一人のお岩

荒れ寺の境内に立つ男は、佐藤与茂七に間違いなかった。


宅悦は以前、何度か与茂七の身体を揉んでいる。


右肩に古い刀傷があり、そのため歩くときには左足から踏み出す癖があった。


今、枯れ枝を踏んで近づいてくる足音にも、同じ癖がある。


「与茂七様」


「覚えていてくれたか」


「死んだと聞いておりました」


「死に損なったのだ」


与茂七の声には、長く患った者のようなかすれがあった。


その隣で、顔を布に隠した女が、お千代を抱いている。


「お袖様」


宅悦が呼ぶと、女はようやく布を外した。


お岩とよく似た顔が現れた。


姉妹なのだから似ていて当然だった。


だが、同じ着物をまとい、同じように髪を垂らせば、薄暗い場所では見間違える者もいるだろう。


お袖は、お岩よりわずかに背が低い。


その違いも高い草履を履けば隠せる。


何より声が似ていた。


「姉上を見殺しにした方と、お話しすることはございません」


お袖の言葉は冷たかった。


宅悦は頭を下げた。


「おっしゃるとおりです」


弁解はしなかった。


伊右衛門と左門の会話を黙っていた。


お岩の顔が崩れたときも、すぐには真実を話さなかった。


死んだお岩を別人だと知りながら、戸板の前で本人だと証言した。


どれも命を守るためだった。


だが、結果として守れた命は一つもない。


「私を恨まれるのは当然です。

しかし、お岩様の遺体を見つけるには、お二人のお力が必要です」


お袖は黙っていた。


代わりに与茂七が尋ねた。


「どこまで分かっている」


「伊藤家の婚礼に仕掛けを施したのは、お二人ですね」


「証は?」


「人形の帯に、与茂七様が使われる結び方が残っておりました。

お袖様が目の不自由な三味線弾きを装って、伊藤家へ入ったことも」


「それだけで我らを見つけたのか」


「胡桃油の匂いもございました」


お袖の息が揺れた。


姉と同じ家で作り、姉と同じように使っていた髪油。


お岩の亡霊を演じるためにつけた香りが、正体を示す手がかりになった。


「中で話しましょう」


与茂七は本堂の戸を開けた。


◇


お千代を毛布へ寝かせると、お袖は本堂の奥から一つの包みを持ってきた。


中には白い着物と長い黒髪、片側の崩れた女の面が入っていた。


面は薄い紙を何枚も重ね、蝋で形を整えたものだった。


右の瞼は垂れ下がり、頬には赤黒い腫れが作られている。


「これが、お岩様の亡霊ですか」


宅悦が面へ触れた。


「はい」


お袖が答えた。


「伊藤家の門へ血文字を貼ったのも、髪を置いたのも、私です」


「あの髪は?」


「姉上の髪です」


お岩の顔が崩れた夜、民谷家の畳には大量の髪が落ちていた。


お袖は姉の遺体を引き取りに訪れた際、伊右衛門に追い返されている。


そのとき裏口から入り、畳に残っていた髪を拾い集めたのだという。


「姉上の髪を、脅しの道具になさったのですか」


責めるような宅悦の言葉に、お袖は唇を噛んだ。


「ほかに、姉上がこの世に残したものがなかったのです」


遺体は消えた。


着物は戸板の女へ着せられた。


お千代は、母の顔を覚えるには幼すぎる。


お袖の手元に残ったのは、畳から拾った抜け髪と、自分で作った胡桃油の香りだけだった。


「喜兵衛の枕元で声を出したのも?」


「床下へ細い竹を通しました。

私が庭の物置から話すと、枕元の壁で声が響くように」


「奥座敷へ仕掛けを作るため、目の不自由な女を装った」


「目が見えなければ、廊下を間違えても不審に思われにくいと、あなたを見て知っておりました」


お袖は宅悦をまっすぐ見た。


「杖の運び方も、顔の向け方も、あなたをまねました」


「うまくできておりましたか」


「誰にも疑われませんでした」


「それは結構」


宅悦はわずかに笑った。


「ですが、壁へ手を触れすぎましたね。

目の見えぬ者は、人前であれほど壁を探りません。

杖で先を確かめます」


お袖は一瞬、驚いた顔をした。


やがて、初めて小さく笑った。


その笑い声も、お岩によく似ていた。


◇


「婚礼の仕掛けを考えたのは、私だ」


与茂七が言った。


旅の途中、彼は香具師や人形遣いたちと行動を共にしたことがある。


小さな影を灯籠で大きく映す技も、糸を使って離れた場所から道具を動かす方法も、そのときに覚えた。


「伊右衛門に、お岩の姿を見せたかった」


「何のために」


「恐怖に耐えられず、皆の前で罪を告白させるためだ」


「お梅様の白無垢へ、お岩様の顔が重なるようにしたのも?」


与茂七は答えなかった。


「喜兵衛様の後ろへ、人形が下りるようにしたのも?」


「二人とも、お岩を陥れた者だ」


「だから、伊右衛門様に斬らせたのですか」


「直接刀を渡したわけではない」


「刀を抜く男だと、知っていたはずです」


与茂七の声が強くなった。


「左門殿を殺し、お岩を殺し、小平まで殺した男だ。

あの男が恐怖に駆られて何をするかなど、私の知ったことではない」


「違います」


宅悦は首を振った。


「あなたは知っていた。

伊右衛門様が刀を振るう可能性を知ったうえで、二人の位置へ亡霊を見せた」


与茂七の手が刀の柄へ動いた。


「おやめください」


お袖が二人の間へ入った。


「与茂七様。私も聞いておりませんでした。

姉上の姿を見せて、伊右衛門に罪を認めさせるだけだと……」


「お梅と喜兵衛は、お前の姉をどのような目に遭わせた」


「だからといって、私たちが殺してよいことにはなりません」


「斬ったのは伊右衛門だ」


「斬らせたのは、あなたです」


本堂の中が静まり返った。


眠っていたお千代が身じろぎし、小さな声を漏らした。


お袖は赤子のそばへ座り、その胸をそっと叩いた。


「姉上は、私に人殺しを望んだでしょうか」


与茂七は答えなかった。


復讐のために作った亡霊が、二人の人間を死なせた。


しかも亡霊を作った者たちは、自分の手で刀を握っていない。


そのため、罪をすべて伊右衛門へ押しつけることもできる。


それは、毒を薬ではなく手拭いと櫛へ塗り、お岩自身の手で顔を崩させた喜兵衛のやり方と似ていた。


「人の手を使えば、自分は罪を負わずに済むのでしょうか」


宅悦が言った。


「喜兵衛様は、お岩様自身に毒の布を持たせました。

与茂七様は、伊右衛門様に刀を持たせた。

お二人は敵同士でありながら、同じ方法を選ばれたのです」


与茂七の手が、刀から離れた。


◇


「私は生き延びました」


しばらくして、与茂七が語り始めた。


お岩が亡くなる前、与茂七は仕官の口を求めて江戸を離れていた。


旅先で、何者かに襲われた。


胸を斬られ、崖下へ落とされたが、通りかかった猟師に助けられた。


傷が深く、半年近く山村で療養したため、江戸には死んだという知らせだけが届いた。


「襲った者は誰です」


「分からぬ。

だが、懐の書状だけが奪われていた」


その書状には、左門が伊右衛門の横領を調べていることが記されていた。


左門は証拠を安全な場所へ預けるため、与茂七へ相談していたのである。


「伊右衛門様が、書状を奪わせたと?」


「証はない。

だが、私が江戸へ戻ったとき、左門殿もお岩も死んでいた」


与茂七が密かに戻ったのは、戸板が発見される二日前だった。


まず、お袖と再会した。


それから二人で、お岩の遺体を捜し始めた。


「では、戸板の女が別人であることを、最初から知っていたのですか」


「いや」


お袖が答えた。


「私も、初めは姉上だと思いました。

顔が潰され、姉上の着物を着せられていたのです」


「下腹の傷を調べたとき、初めて別人だと分かった」


与茂七が続けた。


「我らは伊右衛門が別人を使ったことも、本物のお岩をどこへ隠したのかも知らぬ」


「婚礼の亡霊は、お岩様の遺体を取り戻すためだったのですね」


「伊右衛門を怯えさせれば、遺体を隠した場所へ行くと思いました」


「だから殺さず、見張っていた」


お袖がうなずいた。


婚礼の前に起こした怪異も、すべて伊右衛門の行動を見るためだった。


だが伊右衛門は、遺体を確かめに行かなかった。


代わりに警護を増やし、酒を飲み、刀を手放さなくなった。


婚礼の夜に罪を告白させようとした計画も、二人の死という最悪の形で終わった。


「戸板を作ったのも、女の遺体をすり替えたのも、お二人ではないのですね」


「違います」


お袖の声には迷いがなかった。


「小平を殺したのも?」


「我らが江戸へ戻ったとき、小平はすでに消えていた」


「ならば、事件には二つの計画があった」


宅悦は整理するように言った。


「お岩様を殺し、遺体を隠し、別の女を戸板へ打ち付けた計画。

そして、お岩様の亡霊を作り、伊右衛門様を追い詰めた計画」


一つ目を行ったのは、伊右衛門と伊藤家。


二つ目を行ったのは、お袖と与茂七。


二つは互いにつながって見えたが、目的が違う。


遺体のすり替えは、殺人の証拠を隠すため。


亡霊騒ぎは、死者のための復讐だった。


「お岩様の遺体を隠した場所について、何か手がかりはありませんか」


宅悦が尋ねた。


与茂七は少し考えた。


「一つだけある」


お岩が死んだ翌日の夜、与茂七は民谷家の裏を見張っていた。


屋敷から二台の荷車が出た。


一台には戸板が載せられ、川の方角へ向かった。


与茂七はそちらを追い、隠亡堀で男たちが戸板を沈めるところを見た。


「もう一台は?」


「逆の方角へ向かった。小さな荷車で、菰に包んだ物を載せていた」


「誰が引いていました」


「伊右衛門本人だ」


「どちらへ?」


「途中で見失った。

戸板を沈めた者たちに気づかれ、追うことができなかった」


「荷車の音に、何か特徴は?」


目の見えない宅悦らしい問いだった。


与茂七は記憶をたどった。


「片方の車輪が傷んでいた。回るたびに、金具が鳴っていた」


「ほかには?」


「荷台から水が落ちていた。

魚でも運んでいるように、道へ点々と跡が残っていた」


「お岩様の遺体から出た血では?」


「血ではない。

匂いは分からなかったが、透明な水だった」


宅悦は考えた。


遺体を菰で包むだけなら、水が滴り続けることはない。


何か濡れた物を一緒に積んでいた。


「荷車が向かったのは、どちらです」


「隠亡堀の北側だ。

古い火葬場と、使われなくなった船小屋がある」


隠亡堀。


戸板が見つかった場所。


伊右衛門は、人々の目を戸板へ向けながら、本物のお岩の遺体も同じ一帯へ運んだのかもしれない。


遠くへ運べば、夜道で誰かに見られる。


しかし偽物の遺体を川へ流した場所なら、その周囲が改めて捜されるとは考えにくい。


隠すなら、発見場所の近く。


人は遠くを疑い、足元を見落とす。


「その船小屋について調べましょう」


宅悦が言った。


◇


そこへ、境内の外から駆けてくる足音がした。


「宅悦!」


弥吉の声だった。


息を切らし、本堂へ入ってくる。


与茂七が刀へ手をかけたが、宅悦が制した。


「何がございました」


「伊右衛門が逃げた」


「納戸には同心がいたはずです」


「一人を酒で買収していた。

夜明け前に裏口から出たらしい。もう一人は頭を割られて倒れていた」


「行き先は?」


「分からん。だが、民谷家へは戻っていない」


弥吉は本堂にいるお袖と与茂七を見た。


「そちらの二人にも話を聞く必要がある」


「逃げも隠れもいたしません」


お袖は答えた。


「婚礼で何をしたか、すべてお話しします。

ただ、その前に姉の遺体を捜させてください」


弥吉は険しい顔をしたが、やがてうなずいた。


「伊右衛門を先に捕らえる。

あの男が証拠を消しに向かったなら、遺体の場所も分かるかもしれん」


宅悦は懐から紙を取り出した。


それは左門が残した帳面の一部を、お袖から借りて写させたものだった。


「伊右衛門様を、こちらから呼び出します」


「どうやって」


「まだ、左門様の帳面が残っていると思わせるのです」


宅悦は与茂七に、短い文を書かせた。


――帳面の残りと、お岩の亡骸の在りかを知っている。


――今夜、隠亡堀の船小屋へ来い。


――一人で来なければ、すべて町方へ渡す。


「誰に届けさせる」


弥吉が尋ねた。


「届ける必要はございません」


宅悦は答えた。


「伊右衛門様は、すでにそこへ向かっているはずです」


「なぜ分かる」


「お岩様の遺体を隠したことを知る者が現れた。

伊藤家の後ろ盾も失った。

捕らえられる前に、証拠を移そうと考えるでしょう」


宅悦は杖を拾った。


「逃げるだけなら、夜明け前に江戸を出ております。

それなのに、まだ姿が見つからない。あの方は逃げたのではありません」


「では、何をしている」


「死者を、もう一度殺しに行ったのです」


寺の外では、日が落ち始めていた。


西の空が血のような色に染まり、その下を隠亡堀へ向かう道が伸びている。


お袖は眠るお千代を寺の住職へ預け、姉の着物に袖を通した。


長い髪を下ろし、胡桃油をなじませる。


「何をなさるおつもりです」


宅悦が尋ねた。


「姉上の遺体を取り戻します」


お袖は、崩れた女の面を手に取った。


「今夜だけ、もう一度お岩になります」


お岩の亡霊は作り物だった。


だが、その姿を借りた妹の怒りと悲しみは、本物だった。

お読みいただきありがとうございます。

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