ひいらぎのひとひら1 epi.26 それでも、戻る
それから3か月。
「そろそろ、帰ろうかと。」
「結希さん、この店のことを忘れないでほしい。」
「忘れないし、優美ちゃんとも切れない。彼がいるから。」
「はい。」
「柊子はね、いつも自分が考えたことを実行してた。それは、僕らには分らない死ぬ事を考えてたからできたのかも、って思う。」
「思う通りに、すなおに動くことも必要かも、ですね。東京に行くことになると思います。ありがとうございます。いつ帰りますか?」
「うん、あさって。」
「仕事はどうされるの、結希さん。」
「また、ーから考えようかな。」
「もしもです。私が東京に行ったら、柊をやりませんか?ここはやっぱり柊子さんの店で、仕事してても、落ち着くの、分るでしょう。」
「ありがとう、柊子と知り合ったのはここだし、考えとくね。」
僕はもう誰とも結婚しないだろう。柊子から、一生分の愛をもらったし、彼女以上の人なんていない。
でもこの後、自分を前に前に動かしていかなきゃ怒られる。
帰ろう。この店は大切にしまって、あの喧噪の街に。
店へ。
「お帰り。」
「ただいま。」
「あたしは分かってたんだ。」と、指を差す。
ミネギシさんに指輪。
ああ、そうか。良かった。
「ミネギシさんさ、優美ちゃんは?」
「あと数か月でこっちに来る。それまでは週一の通い婚だ。」
すごい頻度の通い婚だ。
「店はどうするつもりだろう。」
「ゆーきよ、そこだ。ゆーみは、お前にやってほしいと、あの写真を残したいって思ってるようだ。俺はよ、ゆーきを前に動かすためには、悪いけどジャマになるかもと云ってるが。」
「店で聞いたよ。ちょっと、真剣に考えてると伝えといて。」
「あたしはあれこれ云える立場じゃないけどさ、やめといていいかも。とーこにくるまれて生きることを、本人は多分1個も望んでない。たぶん毎日店を開けた途端に、控えめに、でもグラスが割れると思う。毎日ね。」
占い師は霊媒師に昇格したのだ。
「うん、考えとく。」
「俺は、とーこがいない街にはキヨーミなし。なので一生、札幌には住まん。」
「本当だね?優美ちゃんの実家、いま札幌。」
「ゆーみ、珍しくゆーきが来た。スピーカーにするぞ。客ゼロだろ。」
「当たり前でしょ。君たち居酒屋と違って、うちは客入り7時。で、客単が1万円以上。あ、でも、そこに行っておいしかったから、フロンティアは仕入れてる。」
「え、優美ちゃん、ここに来た?」
「はい、夫の職場ですから。」
「え、え、云ってよ。」
「そこっ。あたしが休みの時に来たらしい。」
「水くさいな、云ってよ。」
札幌か。考えた。でもみきのの云うことが多分正しい。
望まれていない気がする。
やめておこうと決めた。
「優美ちゃん、せっかくだけど、やめとく。写真はここに送ってくれるかなあ。」
「分かりました。持っていきます。」
横で、よしよし、てな顔。
「で、仕事始めたの?」
「うん。結局復職した。」
「あり?」
「あった。不思議と。上の人遠は自分の事情を知ってたし。会社がいやで誰れた訳じゃないだろうと。」
「良かったじゃん、また美人のモデルと笑顔の毎日かあ。」
「やめれ。」
「うそうそ、でもその仕事、合ってると思うよ。」
「そうかな?」
そうだな、きっと。
「日曜の夕方とか、時々見かけてるよ。」
「云ってよ。」
「なんか、自分のペースで生きてるんだ、と思ったら、声かけられなくってさ。」
「そんな気づかいできるんだ。」
「やめれ」
「だけど、まさかみきのがミネギシさんに越されるとはね。」
「君達には分らないのさ、俺の魔力は。」
「だろうね。何才離れてるの、」
「ノーコメント」
「気にしてるって意味なのよ。」
と、云いながら、フロンティアのロックを、隣の底に置く。
「ロックに昇格した、ありがと。」
「ゆーきよ、俺はさ、とーこがもしお前とじゃなかったら声かけてたぞ。」
「電話、切ったよね?ん、死ぬと分ってても?」
「関係あるかい。好きで、一緒にいられたらそれでいいだろ。一所懸命好きでいれば、その後はその思い出だけでも生きていけるってもんだ。」
「それでいいだろ、か。」
「思い出だけで生きられちゃたまんない、って事もあるんじゃない?」
うーん、ミネギシさんの過去には絶対に触れない。
「そういうものかな?」
「そういうもんだ。でも、みきのの近所からも引っ越せないまんまだろ、どーせ。」
「違うって、ミネさん変なこと言わないでよ。ゆーきが前を向けなくなるでしょっ!」
献杯。
先の事は分らない。でも、少なくともこの2人は、笑って、懸命に生きてる。だからだ。
柊子はいまの僕をどう見てるのかな。
会いたいな。何でもいいから、云ってほしい。
「ゆーき、それでいいんだよ。思い出してもらえるだけで、とーこは笑顔だと思うよ。えらいね、妹が選んだ、元ダンナだ。」
柊子に恥かしくないように生きてく。
と、降のグラスが揺れる音がした。
「お前、愛されてるなあ。」
みきのが目を落とした。
みんな、分かってる。
柊子は、過去の人、ではない。




