表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/22

第21話 当たり前になる前に

明けて3月。

 マンションが決まり、引っ越し。


 土曜の朝から荷物を搬入し、段ボールを開け始めたところまでは、順調だった。


「部屋ごとに段ボールの番号表を貼ってくれて助かった。引っ越し屋さんにすごくスムーズだったって云われてさ」

「2軒分の引っ越しだから、迷惑をかけないようにしたかったの。よかった。でも、これから、ね」

 とうこさんは、箱の角を撫でる。

 まだ、生活の匂いがしていない部屋。


「あー、何日かかるんだろう」

「私が少しずつ開けていくから大丈夫よ」

「ほんとに、無理しなくていいよ」

 珍しく、ふたりで家にいるのにほとんど会話もなく黙々と作業する。

 段ボールを裂く音、ガムテープのはがれる音、食器が触れ合う乾いた音。


「もろもろの配線とかをやってもらえる?」

「そうだね。そうするか」

 配線。

 まさか、あの実験装置をこの部屋で。なわけない、と否定する。



 朝9時から始めて、休憩をはさみ、気づけば9時間。

 昼は、簡単に食べられるようにと、なぜか箱で優美ちゃんが送ってくれたマルちゃんをすすった。

 引越祝い、らしい。


「疲れたな、そっちはどう?」

「キッチンの半分くらいまで来たけど、ゴールがまったく見えません」

「箱で、壁が見えないんだけど。2回目マルちゃんもさすがになんだし、駅前にあったモツ屋さんでも行ってみる?」

「もう、賛成。ごめんね、作る元気がない」

「分かってる、行こう」



 重い足取りで店に着く。

 と、奥のカウンターに。

「いたっ!」

 振り返って、

「来たっ!」


「みきの、いっしょにどう?」

 引っ越し、終わったの?」

 そう言いながら、嬉しそうに席を替える。


「あんたたち、なんか老けた?」

「今日が引っ越しって知ってただろ。なぜ、顔を出さない」

「前回のとーこの引っ越しとはわけが違うじゃん。行ったら老ける」

「ちっ!読まれてたか」

「落ち着いたら行くよ」

「うん、待ってるね」

 丸め込まれてる?


「まあ、時間かけて片付ければいいんじゃない?それもまた君たちには楽しいでしょ?」

「絶対にもう引っ越さない。人手がほしい」

「あたしは人のことをかまってられないの」

 そういう人間が、大体、かまってちゃんになるのだ。



「引っ越しに乾杯!」

「ありがとう。乾杯。この辺のことを教えてね」

「うん、大丈夫。あそこみたいなスーパーあるけど、明日行ってみる?」

「行きたい」


「ゆーきはおっきな冷蔵庫買った?」

「買った。さっき届いた」

「じゃ、1時くらいに迎えに行く」

「待ってるね」


 両家の間は徒歩5分。

 近すぎる距離。

 なんか怖い出来事があれこれ起きそうな予感がする。

 一瞬、みきのがニヤッと笑った。


「店長さ、この2人、今日近所に越してきたからよろしくね」

「あいよ」

「ここ、何でもおいしいね」

「でしょっ」

「確かに。濃くなくて、下味がしっかりしてる」

「ゆーきに何が分かる?」

「それくらいは分かる。優しい」

「ほお、大人になったんだ」


「2人とも、小犬みたいね」

 小犬。

 かむ力の強い小犬が一匹。



「朝から荷ほどきしてたんでしょ」

「そう、ほんとうに終わる気がしないの。100箱?晩ごはんを作る気にもなれない」

「布団くらいは出しといた方がいいよ」


「あっ」

 聞くの忘れてた。

「枕、忘れてきたかもしんない」

「なわけないじゃん。最後にチェックしたんでしょ」

「さっき、ベッドに広げた時になかった。どっかにあるはずだ」

「なくても寝れる!」


「申し訳ないけど、今日の捜索は、日没のため終了とします」

 なんか2人とも急に老けた気がする。

 みきのだけは元気で。


「町のみんなはすごくあったかいんだ。何でも教えてくれる。あたしもすぐに人気者になったし」

 人気占い師。


「それと、飲み屋に行けば、全員が地元だから誰とでも仲良くなるよ」

「さっきので、すごくよく分かった」

「でしょ。人気者は忙しいのよ」


 とうこさんが、また優しい顔で子犬たちを見る。


「ここに住んじゃうとさ、仕事はけたらすぐ帰ってきたくなる」

「分かるなあ。いい町ね」

「うん、嫌な事があったり、悩むことがあったりしたら帰りたくなる場所」

「私が育ったところとは違うね。ほっとかれない感じがする」


「その通りだ。はい、引っ越し祝いのモツ鍋。新婚さんじゃないのか?気持ちがもつ、なんてな」

「店長、笑えない」

「ありがとうございます」

「いいってこと」

 店長が去る。


「みきのの物云いはここで生まれたんだな」

「そう?」

「絶対に」

「かもね」


「こういう所に住みたかったんだよな。あー、もう楽しい」

「押上、押上って言い続けてありがとう。毎日が楽しくなりそう。せっかくだし、いただきましょう」

「そうそう、あ、うまっ」

「おいしい、だろ」

「おいしい、です」

「何だそれ」

 少しだけ疲れが取れた。



 明日は日曜。

 でも朝から、また段ボール。


「じゃあ、とーこ、明日ね」

「うん、また明日」

 家へ戻る。

 玄関を開けて、2人同時に溜め息。

 片付いていない。

 片付く気がしない。


 そして枕もない。

 ダブルベッドで布団類は一緒に入れただろうに、なぜない?

 まあ、そのうち見つかる。


 段ボールの隙間に立ちながら、

 この部屋がいつか、当たり前の風景になる日を想像する。


 帰ってきたくなる場所。

 悩んだら戻る場所。

 そんなふうに、ここで歳を重ねていくのだろうか。



 とうこさんは、箱の上にちょこんと座っている。

 段ボールと、見つからない枕と、

 あたたかい町の匂いの中にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ