第22話 レシピの行方
ある日。
「あなた、お昼はこれでいいかな」
キッチンから声がする。
その瞬間、空気が変わる。
このにおい。
「わ、何だこれ。めちゃくちゃおいしいんだけど。でも店の味とも違う。こっちがいい」
湯気の向こうで、とうこさんが少しだけ首を傾ける。
「あそこはたくさんの香辛料を使ってたけど、やっぱり分からないものがあって。だからいくつかは自分で合わせてみたの」
「十分だよ」
本当に、十分すぎる。
「みきの、食べに来ないかなあ。メッセージだけ入れておこう」
軽い気持ちで送ったはずだった。
30分後。
「おじゃましまあす」
来たっ。
「ちょうど、何食べようか考えてたんだ。で、ワイン買ってきた」
酒屋に寄って、ここまで10分。
無駄のない動きだ。食物にありつく時の野生の動きだ。
「返信くらいしないもんかね」
「なこと云う?じゃあ隣に住んでやるから。で、とーこ、ブツは?」
「いま温めてる。あなた、ブツ、じゃなくてワイン飲む?」
「せっかくだから、いただこうかな。じゃあお代わりもね」
昼間のワインは、少しだけ背徳的で、少しだけ特別だ。
「いただきまーす。……なにこれ、おいしい。どういうこと?あそこで食べたのとは、3種類くらい香辛料が違うけど。オリジナルにしちゃってる」
「みきのよ、半年は経ってるけど分かるんかい」
「あたし、プロですが」
「みきの、すごい。3種類がどうしても分からなくて、近そうなのを使ってみたの」
「ミネさんより上手だと思うよ、あっ!」
「あ」
一瞬、静止。
「忘れてた。けど、いまさら川崎の人を呼んでも、ね。秘密、でいいわよね」
ケッシテイッテハナラヌ。
3人の共犯者が頷く。
「とーこ、このレシピほしいなあ」
「みきのってさ、料理するんだっけ?」
「ほとんどしないよ。でもこれだけは、何だろう、なぜか知っておきたくなった」
「全然いいわよ。作って送っておくね」
「ありがと」
昼の光が、テーブルを明るく照らす。
まだ生活の匂いが新しい部屋に、香辛料の香りが溶けていく。
「でも、本当にみきのが隣に来たら楽しいだろうな」
とうこさんが、ぽつりと云う。
「でしょでしょ。ご飯だって一緒に作れるじゃん。合理的」
「人にはプライバシーが必要だ」
「夜中は来ないし」
「もう1部屋あれば、住んでもいいのにね」
「だよね、残念だなあ」
笑い声が重なる。
本当にこの間取りでよかった。




