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第2話 逃げ場を作らないで、来た

 仕事をして、帰って、また仕事をして。

 季節は静かに巡った。


 そして半年後。

 銀杏が散り始めた休日の午後、スマホが震えた。

「半年経ったのに、何の連絡もないって、人でなしなの?半年って長いのよ!」

 声を聞いた瞬間、胸の奥が温かくなる。

 ああ、この人だ。


「ごぶさたしてます。元気ですか?」

「今度ね、東京に行くけど、遊んでくれる?」

「ん?」

「だから、東京に、」

「東京に? Airとかホテルとか」

「それはこれから」


 読めない。

 この人は、やっぱり読めない。

「いつですか?」

「いつがいいの?」

 ・・・イツガイイノ?

 心拍が一段、速くなる。


「店は?」

「張り紙すればいいでしょ?」

 さらりと言う。

「ていうか、どうしたんです?」

「何が?」

「東京に用事が?」

 少しだけ、間。


「ある。会いに行くから。」

 その言い方が、妙にまっすぐで。

 どくん、と脈が跳ねる。

 叱られるのか。何か決着をつけに来るのか。

 昔から、想像外のことが起きると動悸がする。


「とうこママ、どうしたの?何かあった?」

「あった」

「怖いことならやめといて。」

「怖くはない、と思う。受けとめ次第かな」

 わざと、そんな言い方をする。

「なら、なに?」

「会ったら話す。大事な話だから。」

 大事な話。この言葉ほど、人を落ち着かなくさせるものはない。

「ひ、ヒント」

「言えば会ってくれなそうだから、いい。」

 くすっと笑う気配。


 ・・・だめだ。待つ時間に弱い。

 執行猶予みたいな空白が、いちばんつらい。

「じゃあ、再来週の土曜とか?」

「いいわ。時間が決まったらLINEするね。じゃあ。」

 ぷつん、と切れる。

 画面を見つめたまま、しばらく動けない。

 LINEなんて、来たこともない。

 こっちだって、ろくに見ていない。

 それでも、時々アプリを開いてしまう自分がいた。



 羽田の到着出口。

 自動ドアが開くたび、旅の匂いが流れてくる。

 その向こうから、やけに大きなスーツケースと、ショートボブになった人が、まっすぐこちらへ歩いてくる。


 ・・・髪、いいじゃん。

 以前より少し軽くなった輪郭。首筋が見える。

 その分、目の強さが際立っている。

 でも。

 ・・・そのスーツケース、何日分だ?


「ごぶさた!」

 両手を広げる勢いで笑う。

「お久しぶりです。髪、いいですね」

「ありがとう。ちなみに、ゆうきくんちはどこだっけ?」

「世田谷です。」

 そういえば、ホテル聞いてない。

「どこに泊まるんですか。そしてこの、人でも入りそうなスーツケースは?」

「取りあえず、ねずみーに行きたい。」


 えっと。

「はいはい、陸ですか海ですか?」

「海。飲めるしね。」

 みほみたいなこと言うな、この人。


 舞浜行きのバスに揺られながら、とうこママは窓の外を眺めている。

 子どもみたいな横顔。

 ロッカーにスーツケースを預け、身軽になった途端、歩く速度が一段上がった。

「どっか入りたいところ、ありますか、例えば、」

 食い気味に、

「アラジンがいい。」

 迷いがない。


 ショーの後、少し離れたベンチに座る。

 海風が、甘いポップコーンの匂いをさらっていく。

「ジーニーってね、」

 とうこママが、ぽつりと言う。

「何千年も生きる魔人から、命に限りのある人間になりたかったのかな。」

「願いを言われて、それが正しくても間違いでも、笑って叶えることに疲れたのかもしれませんね。」


 自分でも驚くほど、素直に言葉が出る。

「初めて自分を対等な友として見てくれる人に出会ったのよね。」

「アラジンとジャスミンの、ひたむきな愛に憧れたのかな。ただ好きだ、っていう無償の。」


 とうこママは、ゆっくりうなずく。

「終わりがあるからこその、情熱の価値に気づいたのね。」


 潮の匂いが、少し強くなる。


「そこですかね。」

 彼女が、こちらを見る。

「気づいてしまった。だから・・・」

 一瞬、高校生みたいに息を吸う。

「私は、ゆうきくんが好き」


 まっすぐだった。

 冗談も、含みもない。

「おかしな人だと思ってた。怪しさ満点で『ひいらぎ』に入りびたって」

 笑う。

「でも、ちゃんと自分のジレンマを話してくれた。裏表がない人なんだって思った。まっすぐすぎて危ういけど、それも含めて、いいなって思った。だから、好き」


 胸の奥が、静かに熱くなる。

 札幌での3か月。迷子みたいに通った夜。

 話を聞いてもらって、何度も自分を見つめ直せた。

 ・・・救われていた。


「とうこさん、」

「なに?」

「やっぱり、僕も好きだ」

「やっぱり? って、捨てた小犬の飼い直しじゃないのよ」

「ごめん。ちゃんと好きです。」


 少し、近づく。

「ありがとう。うれしいな」

 ギュって抱きつかれる。

 年上の美人に、こんなふうに無防備に抱きつかれると、理性が追いつかない。

「ごめん。年上の美人さんに抱きつかれたら・・・」

 こっちだって、ギュって返す。


 一瞬、彼女の体がふっと緩む。

「やっぱり、大好きでいてくれた。安心した」

 その声は、さっきよりずっと小さい。

「会ってまだ半年くらい、ですよね。」

「そうね。でもね、」

 少し照れたように笑う。

「一緒にいたいと思った。今回はね、ちゃんと考えて、あなたの年なりに合わせて話し方変えたり、髪切ったりしてきたの。でも、やっぱり少し疲れるな。」


 合わせてたのか。

 自分の何倍も温度が高い人なのに。

 それでも歩幅を揃えようとしてくれていた。

 胸が、少しく苦しくなった。


「そういえば、ホテルは?」

「取ってないの。」

「・・・取ってない?」

「取ってない。」

「えーと、それは。」

「泊めてもらえない?」

 うち? あのスーツケース?

 脳内で警報が鳴る。


「一応聞きますけど、帰りの便は予約してるでしょう?」

「するどい! 言いたくて来ちゃったので、考えてなかった。かな?」

 疑問形で言ってる。

「……あのね」

「なんですか?」

 少しだけ、真面目な顔になる。


「私はね」

 風が、髪を揺らす。

「逃げ場を作らないで来たの。」

 その言葉は、思っていたより重かった。

「好きって言って、もし振られたら、札幌帰って店開ければいいや、なんて思いたくなかった。」

 目が、まっすぐすぎる。

「あなたの生活に入れてもらえなかったら、それはそれでちゃんと傷つこうと思った。」

 少女みたいな、でも覚悟を決めた大人の目。


「だから、帰りも決めてない。ホテルも取ってない。」

 心臓が、どくんと鳴る。

 怖くないわけがないだろう。でも、それ以上に。

 こんなふうに選ばれることが、こんなにも温かいなんて。

「……泊まってください。」

 自分の声が、少し震えている。

「いいの?」

「はい。ただし」

「ただし?」

「スーツケースの中身は、半分、残して帰ってもらいます。」


 一瞬きょとんとしてから、とうこさんが笑う。

「なにそれ、プロポーズ?」

「違います。」

「じゃあ、半同棲宣言?」

「もっと違います。」

 でも、笑い合う距離が、さっきより近い。


「ゆうきくん」

「はい」

「好き」

 さっきより、やわらかい。

「僕も」

 今度は迷わない。


 観覧車の灯りが、ゆっくり回る。

 終わりがあるからこそ、今が光る。

 ジーニーが人間になりたかった理由が、少し分かった気がした。

 永遠じゃなくていい。

 この体温で、隣にいられればいいんだよね。


 ロッカーから巨大なスーツケースを引き出すとうこさんを見ながら、僕は思う。

 ・・・この年で言える話じゃないかもだけど、人生、思ってたより、悪くない。

 スーツケースを引きずりながら、

「いったん新宿に戻りましょうか。」と言うと、

「行きつけはどこなの?」

「飲み屋さん?」

「そう」

「日本橋かな」

「行きたいな」

 迷いがない。

 まるで昔から知っている場所に、これから顔を出すみたいな言い方だ。



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