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第19話 落ちているあいだに

札幌から帰ってからは、順調満帆、楽しい日々が続いた。


 昼過ぎ、とうこさんから電話。

「今日は忙しそう?」

「定時だと思うけど、どうしたの?」

「足立の花火があるけど、来れる?」

「うん?」

「行けるなら先に行っておくね」

「はい」


 突然だ。

 でもこの人は、予定を決めすぎない。

 風みたいに動く。



 北千住で合流。

「どうしたの?それとそのクーラーボックス、持ってきた?前から云ってくれれば」

「決めとくと仕事の邪魔になりそうだったから、一か八かで聞いてみたの」

 ああ、この人は。

 思いつきに見えて、ちゃんとこっちを気遣っている。


「とりあえずクーラーボックスもらう。まだ1時間くらいあるからのんびり行こう。河川敷降りる前に屋台あるから、何か食べ物買おうよ」

「うん!いこいこ」

 子どもみたいな顔をする。

 うれしそうだと、こっちもうれしい。


 レジャーシートを敷く。

「では、とりあえず飲みますか」

「乾杯!今年も夜は暑いけど、まあいいよね」

「たまにはいいよね。焼きそばいただきます。これって、なんでお祭りとかの方が家で作るよりおいしいのかなあ。再現できないな」

「作ったのをプラスチックに入れればいいんじゃないの?」

「薄いなあ。何かあるはずだから。さっき聞いてみればよかった。帰りまでやってたら教えてもらおう。」

「云われたら気になる」

「うん。ここは打ち上げ場所が近いからいいんだ」


 花火が上がる。

 光のたびに、とうこさんの横顔が照らされる。

 無邪気だ。本当に、子どもみたいにきらきらしている。


「なんか飲み物ほしかったら上に行ってくるけど」

「いらない。見てましょう」



 30分ほどして。

「あれ、川のあっちが燃えてるよね」

「あ。何?仕掛け?」

 サイレン。

 アナウンス。不発が燃えたため中止。


「最後まで見たかったな」

「だよね。残念。じゃあ、みんなが帰った後まで待って、帰ろうか」

 占い師の呪い。



 やがて、母親2人が動き出した。

 うちの母と、とうこさんの母。

 タイプは違う。うちの母は、よく笑い、よく飲み、よく喋る。「まあまあ」が口癖の、包囲型。

 とうこさんの母は、静かで、目が鋭い。

 言葉は少ないが、核心だけを射抜く。

 たぶん若い頃は、相当モテた。


 その2人が、すっかり意気投合。

 4人でLINEグループを作り、毎日なにかしら動いている。

 やがて、

「紅葉を見に温泉旅行、どう?」

 と誰かが言い出し、即決。



 ホテルのロビー。

「いい感じのホテルじゃない?」

「そうね。ロビーの下は、川に降りられるみたい。後で行ってみましょうよ」

 この2人、仲がいいというより、戦友みたいだ。


 夕食まで自由行動、夕食後に温泉、の修学旅行。

 部屋で一休み。

「はい、お茶」

「ありがと。でも、あの2人はいつの間にあんなに仲良くなったんだろう」

「時々電話で話してるようよ。さすがにLINEは不便でしょう?電話の方が楽なんじゃないかな」


 電話。

 声で確かめる世代。


「ま、夕食までのんびりしてよう。疲れてない?」

「全然。ごはんと温泉が楽しみ。でもあなたは温泉あまり好きじゃないんでしょう?」

「そんなことないよ。長風呂が苦手なだけ」

「家でも10分しか入らないものね。お風呂自体がダメなんでしょ?」

「ああ、そうかも。長く入ってると苦しくなる」

「がんばれ」

「はい」


「でも静かでいいな。東京だけが騒がしいのかなあ」

「東京で暮らすって、そういうことじゃない?子供の頃は2人とも住宅街にいたから感じなかったけど。どこへ行っても年々人は増えてるわね」


「仕事してさ、昼間の喧騒に疲れて、家に帰ってやっと取り返せてる感じがする」

「そうね。毎日お疲れさまです。がんばれ」

「がんばります。とうこさんは仕事する気はないんでしょ?」

「今のところないけど」

「何かやりたいことができたら動けばいいんじゃない?」

「ありがとう。今はヨコヅナで近所の奥さんたちとたくさん仲良くなって、いろいろと教えてもらえてるの」

「だろうね」

 誰もが、放っておけない人だ。



 宴会個室。

 最初は「おいしい」「きれい」と盛り上がるが、4人とも少食。

 1時間で終了。


 温泉。

 案の定、10分であがる。


 1時間後。

 うちの母の部屋では、笑い声。

「あの子は置いといて、女子会ね」

「ゆうきさんに悪いわ」

「黙ってても、1人で飲んでるから」

「乾杯!」

 2人とも、声が大きい。


「ところで柊子は、自分のことをゆうきさんに伝えてるの?」

 静かなお母さんの言葉。


「うーん、そうね、まあ」

「そう」

 間が長い。


「柊子ちゃんは、ゆうきと仲良くやれてるの?」

「毎日がすごく楽しいんです。何もない普通の朝でも、夜でも、いっしょにいて、すごく楽しくて。会社に行ってほしくないくらいです」

「へえ、そうなの。そんなに思われてあの子も幸せね。でも、何かあったら必ずすぐに私たちに云うのよ」

「すぐに!」



 2時間後、部屋の電話。

「いまどこ?」

「ゆうきママの部屋で女子会中なの。でもママがそろそろ呼ばないといじけるわよって」

「9時かあ、女子会してたら?」

「おそらく来た方がよろしいかと」

「すぐ行きます。お酒買って行く」

「そうなさい」

 行くしかない。



「みんな、すごく飲んでない?」

「ああ、ゆうき、ちょうどいいところに来たわ」

「何が?」

「お酒がなくなりかけてたのよ」

「それはようございました」


「まあまあ、ゆうきさんも飲んで」

「お義母さん、すみません。いただきます」

「新婚生活はどうなの?」

「ん?楽しいよ。毎日」

「同じこと云ってるわね、この子達。柊子ちゃんも云ってたわよ」


「そうなんだ。毎日あっという間だよ」

「そうなの?私は時間を大切にする方だから、それなりに毎日長い時間を楽しんでる」

「何をのろけてるのかしら」

 うちの母、笑いに変える。


「いいじゃない。幸せそうで安心ね」

「それもそうね」

 何を云ってもネタにされる。

 静かに飲むのが正解。


「そういえば、この子たちの結婚指輪はお二人のものから作ったって」

「ええ。そうなの。なんか流れで」

「それ聴いて泣いちゃった。すごくいい話ね。お父さんも喜んでくれてるんじゃないかしら」

「嫁方の話で申し訳なかったけど・・・」

「全然かまわない。本当によかったわ」


 互いの父の不在が、ふっと場に落ちる。

 でもすぐに、母たちが笑いで埋める。



 翌日。

 朝からあちこち回り、夕方、途中駅で解散。


「いい旅行だったね」

「のんびりできてよかった。家族旅行なんて、考えてもみなかったけど、2人とも嬉しそうでよかった」

「それ大事。また行こうよ」

「ぜひぜひ」

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