第17話 そのままの形で
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい!」
なに、この温度。
昨日より一段、暑い。
とりあえずカウンターに座る。
優美ちゃんは、エプロン姿でくるくる動いている。
「これ、さっき買ってきたから、あとでチンして、優美さんも」
「ほぐしてパエリアに当ててもいいかもです」
距離が縮む音がする。
「優美ちゃん、すごくおいしい。幸せな気持ちになるし、元気が出る」
「ありがとうございます」
「ゆーみ、これ何時から仕込んだのさ?」
「ん、お昼頃からです」
「ごめんね、疲れてるのに」
「めったに会えないからこれくらいは」
めったに、って。
その言葉に、時間の重さが乗る。
「ゆーみはいい奥さんになるよ、絶対。悪い男に引っかからなければ、だけ」
「優美さんとその他3人、画像送るからな」
「どうしたの、食い気味に」
「見てみなさい」
スマホを開く。
みきのが、
「わっ!」
ひとりでにやにやしている。
小樽の山頂、突端のベンチ。
背中合わせじゃなく、並んで座る2人。
その先に、町と真っ青な海。
こっちを向いていない写真。
だからこそ、永遠みたいに見える。
「お祝いであげた写真立てがあったろう。その右側に入れてくれるとうれしい。たまには、こっちを向いてない写真でもいいだろ。それと優美さん、よろしければ少し拡大してあの写真の下にでも貼ってもらえませんか?」
・・・一気に云った。
「いいと思います!ゆうきさんの顔がなければ切りたがる人も出ませんし」
そこじゃない。
でも、笑いが起きる。
「ミネギシさん、最高。後ろから撮ってたのね。一生の記念になる。いい写真。あなた、飾っていい?」
「もちろん、でも見るたびにミネギシさんを思い出すような」
「ほう、よく気づいたな」
やめれ。
「あたしの出番は、ないんだ?」
「みきのの出番は、遠い未来にあるかもな」
遠い未来。
その言葉に、とうこさんが一瞬だけ目を伏せた気がした。
「ミネギシさんて、不思議な人ですね。気がついたら3人とも納得してるように見えますっ」
「そんなことはありませんよ。それより優美さん、そろそろ敬語はよろしいのでは」
お願いだから、ずっと敬語で。
「では。ミネさん、すごいよっ」
境界線が、またひとつ消えた。
「あたしは他人にかまってる暇はない」
「みきのさん、もしかして本当は?」
「ん?本当は?なに?」
「あ、いえ、いいです」
火種は、そこかしこに落ちている。
とうこさんは、2人を交互にやさしく見ている。
「優美の料理は、とーこ並みにうまいもんな」
呼び捨て。
長い針が、音を立てて進む。
23時。
優美ちゃんを残し、流れで「ここから」へ。
ドアを開けた瞬間、
「柊子っ!!」
ママが泣きながら抱きつく。
昨日も見た。
でも今日は、少しだけ長い。
「ママ、ごめんね、ごぶさたしてました」
「そうよ、全然顔も見せないで。どうしてるかと」
「本当にごめんなさい」
占い師の街。
言葉よりも、気配を読む街。
「でも、結婚したのね。おめでとうございます。あなたはいい子を選んだ。柊子、この人を離しちゃだめよ」
その言葉が、やけに重い。
離しちゃだめよ。
未来は、いつも人の手からこぼれるのに。
「あ、ママさん、あそこにあの写真?」
「客寄せね。柊子の写真。みんな思い出してる。貼った頃は、左半分切れって良く云われたけどね」
ここでもね。
左半分。
世界はいつも、半分を欲しがる。
しばらくして、
「こんばんわあ」
優美ちゃん?
「ゆーみ、閉めるの早くない?」
「いても立ってもいられなくて、閉めて」
いても立ってもいられない。
それはもう、始まっている。
「紙貼って」
「ん?」
「柊子ママに会いたければ、ここからに集合って。シャレ」
シャレ、の顔をしているけれど。
15分後、5人。
25分後、さらに4人。
ビルの他店の人まで。
「ママさん、閉店のサイン出した方がいいかもです。お客さん切れない」
「優美、外に貼り紙してきて」
「はあい。えっ?」
・・・柊子と飲みたい方限定!立ち飲み30分2,000円!
もうやめれ。
すし詰めの熱気の中、とうこさんは笑っている。こんなふうに愛される人。
みんなの「またおいでー」に送られて退場。
ミネギシさんまで、やられている。




