第14話 受け取ったもの
「まずラムとマトンを1人前ずつ食べてみましょう」
焼ける匂い。
煙。
生ビール。
「全然違うな。何が違う?」
「子供と大人」
「そうなのか?牛は、成長した方がうまいぞ。あー、とーこ、俺はラムでいいな」
「どうして?」
「くさみがない」
「中年のみなさんはそこが大好き。でも私はラムしか食べられなかった」
「分かるよ。2人はどうだ?」
ラムがいい、と訴える子羊たちの目。
ジンジンギスカンと、生ビールは1杯で抑え、店を出た。
夜は、夏でも少し冷えた。
東京なら半袖一枚で汗ばむ時間なのに、
ここでは、風が袖口から入ってくる。
道端で騒ぐ酔客もいない。
ネオンはあるのに、騒がしくない。
やっぱり、スマートな街だと思う。
「とーこさ、まだ7時だろ。初日の締めは、とーこがいた店じゃないか?」
いきなり核心。
「スケジュール見えなかったから、来ること言ってないのよ」
「近いんだろ。だめか?」
「・・・まあ、そうね」
店から2ブロック。
碁盤の目だから、初めてでも迷わない。
エレベーターで8階へ。
降りて左。
通路の先を右奥、そして左。
とうこさんが立ち止まる。
「ちょっと行ってくるから、ここで待ってて」
「はーい。」
数分後。
・・・戻ってきた、というより、走ってきて、胸に飛び込んできた。
「なに、どうしたの?」
見たことのない、大粒の涙。
そういえば、この人が泣くのを初めて見る。
「とうこさん、どうした?」
「・・・名前」
肩を抱きながら、角を曲がる。
あった。
あのままの「ひいらぎ」。
時間だけが流れて、看板は、そこにあった。
「入ってみよう」
「あ、うん」
扉を開けた瞬間、空気がよみがえる。
バテイケイのカウンター。
あの距離感。
女性が一瞬、言葉を失う。
次の瞬間。
「柊子さん、柊子さん、何で連絡してくれないのっ!」
中から飛び出し、泣きながら抱きつく。
「ごめんね、優美ちゃん」
「あのね、1年、もしかしたら戻ってくれるかもって、守ってきたの」
「本当にごめんね。でも、優美ちゃんの店だから」
「分かったの。お客さんも、周りの人も、みんな、今でも柊子さんを愛してるの」
「ありがとう。本当に、うれしい」
「まあまあ、みんな座れ」
誰が云う。
お客さんはいない時間。
ボックスではなく、並んでカウンターへ。
座った瞬間、生が4つ。
頼んでない。
「注文しなくても出てくるの?」
「常連さんに聞きました。柊子さんは、その時の感じで勝手に出すって」
ああ、確かに。
「で、今の中生は?」
「ジンギスカンの匂いで時間的に1杯だったかなって。でも、ここではサッポロの樽生を飲み直してほしくて」
「みきの、お前、お客さんが任せたら怒られたことあったよな」
「なにか?」
とうこさんが、誇らしげに云う。
「優美ちゃんは、すごいの」
占い師系?
「柊子さんのお客様、変わらず来てくださってます」
ミネギシさんが急に敬語。
「優美さん、うちの店に来ませんか?」
急に店主顔。
「考えておきます。でも隣の美人の方がいれば、かないません」
「あたしはみきの。雇われ店長」
「優美です。お会いできてうれしいです」
「それは、とーこの知り合いだから?」
「違います。波が合いそうだと思いました」
同じ能力だな。
とうこさんが奥へ。
壁の写真の前で立ち止まる。
「優美ちゃん、これどうして?」
「式の写真、送ってくださったので」
2人並んでいる。
「邪魔でしょう」
「7割は柊子さんのお客様です。入ってきた時、ご主人だ、って思いました」
左半分、切れと揉めたらしい。
やめれ。
「大丈夫だろ」
「ゆーき、大丈夫だよ」
聞こえてるのか、この人たち。
「優美さん、おいくつですか?」
ミネギシさん、失礼だ。
「28です。ミネギシさんは40くらいですか?」
撃ち抜かれた目。
「そんな感じです。ご出身は札幌ですか?」
「メロンといえば?」
「夕張です!」
「残念。富良野です」
何の戦いだ。
「ゆーみ、つき合ってる人いるの?」
こっちはもうタメ口。
「いません。いまは店を自分のものにしなきゃ」
すごいな。
「頭の回転早いし優しい。お客さんが来るのは、ゆーみがいいからだよ」
みきのが云う。
とうこさんが、少しだけ目を伏せる。
「店のプレート見たとき、泣いちゃった。ありがとうね」
「それほどでもっ」
本当に、優しい子だ。




