42.風の変革
「失礼するよ、ミオ殿」
殿下に事情を聞く前に、ドアが開かれて風の国の王太子、ゲームでは風王だった人が入室してきた。
後ろには風の神子が付いてきている。
部屋に備え付けらえていた椅子に神子様が座り、その後ろに王太子が立つ。
私は距離を取って、立ったまま正面に立ち、中間の距離にスマラ殿下が二歩ほど下がって立っている。
風の神子様は先ほど、ヒステリックに私を牢に送った人とは思えないくらいには落ち着いている様子だ。
「先ほどは悪かったわ」
「……」
無言で、視線を送る。
神子様の謝罪をする姿に先ほどの面影はない。威厳も無いけど。
どう対処するべきか、この場が設けられた意味もわからないため返事をしないままでいると、王太子が苦笑をしてきた。
「聞いていた話より好戦的だったのでね。早めに切り上げる必要もあり、伯母上が一芝居うった。不快だったと思うが、許してもらえないかな」
いやいや。それはない。
あれはただの自分の感情を周囲に撒き散らすヒステリックだった。
絶対に一芝居とかではない。
風側の立場としては、そう言い張るしかないのかもしれないけど。
「それは身内なら通じるでしょうが、私には関係ないことでは? アイオ様に対しても、ずいぶんと無礼な対応ですが」
私の言葉に王太子は不思議そうな顔をした。
私が先ほど殿下に伝えたことを改めて説明した。
「神殿の者が大変失礼をした。申し訳ない」
「神殿? ここは王城であったと記憶していますが、王城ではなく神殿でしたか?」
神官服を着ていたと聞いているので、神殿の者だとして。
王城の貴賓牢だ。
なぜ、王家を差し置いて、神官が貴賓牢に出入りして無礼を働くことを許しているのか。
神殿のせいにして誤魔化すのであれば、話にならない。
笑みを絶やさないように、歪んでぎこちなくならないようにと表情筋を働かせる。
「風の国の人間がしたこと、申し訳ない。私が代表して詫びさせてほしい」
再び、いや、先程よりも姿勢を正し、深く頭を下げる王太子。
王家が神殿の者と別枠にするのではなく、これを利用して神殿をやり込めるくらいはして欲しいのだけど。
謝罪が深くなると流石に困ったなと思い、殿下に視線を送る。
ゆっくりと首を振られた。「俺に聞くな」ということか。
彼には彼の立場がある。ただ、王家として詫びる立場ではないだけだ。
風の神子様も、一応は申し訳なさそうにしている。
「王太子殿下が私に何かしたわけではありません。謝罪は不要。ですが、虎の威を借る狐が王宮で好き放題に振舞うことはお考え下さい」
「ああ、その通りだ」
王太子の言葉に、神子も頷きを返した。
この構図は、王家と神子の意思が同じということでいいのかな。
さっきの会議室での出来事を考えると信用できないのだけど。
「悪かったわ。妾も我が子が馬鹿にされ、つい、かっとなってしまったの」
「……そうですか」
神子も、もう一度謝罪をした。口では謝っているけど、視線は泳いでいる。
本人、反省はしていないのだろう。
一国の代表がかっとなったから、牢屋にいれることに危機感を抱いていない、まずい状態だ。
不敬罪とか、彼女への無礼は犯罪であり、投獄するように命令することも許されている。
王がとりなしても、神子の命令優先だってこと。
感情で動くことを知らないわけでもないのに、随分と甘い対応だ。
ルヴィニとサフィロスが風の神子へ辛辣だった理由がよくわかる。
これは権力を持つべきではない。
象徴として、権力の外に置いておく方がよほど国のためになる。
「ジェイドが導き手の少女から聞かされた内容が真実かどうか。それを確認するためにも、アイオ君をすぐに解放は出来なくてね」
「悠長ですね。神殿が不都合な事実を消すつもりです。対応をお願いしますね」
私の言葉に苦笑が返ってくる。王家の立場では王太子も頭のいたい問題ではあるのだろう。
明らかに、王家よりも神殿の力が強い上に、神子が立場を理解していない。
王、神子、神殿のバランスが狂い、どうしようもない。
「改めて。もう一人の天の導き手、ミオ殿。貴方が水側であることは理解していますが、状況把握のために、教えていただきたい」
王太子の言葉に、ぞわっと背筋に悪寒を感じる。
先ほどから意見は述べているけど、私は王太子に敬語を使われ、頭を下げられるような存在ではない。
「……普通に接してください。少なくとも、私は風側に恩寵を与える存在ではありませんから」
私の言葉に、王太子は少し悲しそうに眉を下げた後、頷いた。
「ミオ殿の知る未来の事実、風の国はどのようになるのでしょうか?」
「ジェイドが神子になることは事実ですよ?」
別に、嘘ではない。
真実、彼は神子となった。
ただ、その過程が褒められた内容ではないだけだ。
「国を見捨てる者に神子を任せることは出来ないと考えている。率直なご意見をお願いしたい」
次期王としての言葉は立派だ。
だけど、誰が神子となるか、その権限をもつのは王ではないだろう。
「あれだけ言われて、まだ、逃亡するほど阿呆でないと思いますけど」
ジェイドを挑発したのは私だけど。
あれだけ言えば、反発して、国を出るとか考えないだろう。
「そういう意図か。失礼したね」
「正直、私自身はスマラクト殿下の方が責任感も有り、風の国を愛している点からも神子となるべきだと考えます。ただ、ジェイドが実力的に不足はしないようです」
「ふむ。それは、水側の考えですか?」
「そうですね。私は水の神子様の暗殺を阻止することを目的で、今、この地にいます。水の神子が死ぬ、又は、この地を去った場合、この国を支えられますか?」
サフィロスとルヴィニがジェイドでも不足しないというなら、そうだろう。そこは信じる。
ただ、あの性根で神子となるのは色々と問題が生じそうなので、鼻っぱしを折った。それは私の考えで、水側関係ないけどね。
私が風の神子様をじっと見つめると、彼女はわずかにたじろいだ。
「……支えられなかった未来を知っているということね。そして、スマラが供に支え続け、あの子は逃げた。そのくせ、スマラを殺し、神子となる……」
「水の神子様が亡くなった後。倒れた貴方を、スマラ殿下とジェイドが二人で支えていたら……風の国が滅びることはなかった。魔獣が溢れ、多くの町や村が犠牲となり、城壁のあるここに逃げ込み、スラムができ、治安が悪化し……その民すら、魔獣に襲われ死んでいくような光景を見ることが無いように願います」
神子様の言葉に重ねるように、私が介入したことであり得るかもしれない未来の断片を語る。
――もし、二人が協力できたなら。
私の言葉に、三者三葉に苦し気な顔をした。
滅びる。そんな未来が存在することを突き付けると同時に、希望も見せた。
それは、スマラクト殿下を犠牲にする道。
ここ数日、短い時間でも察することができ、信頼を築いたけれど――水側ではなく、風側に留まれという私の願い。
苦悩しつつも、共に歩もうと味方として動いてくれていた人へ向ける裏切り。
目を瞑って、それでも伝えるべきだと覚悟を決める。
私が言わなければ――風の未来を変えるために。
「私は風側でそれを実行させるより、水の神子様が生きている方が、万倍も世界を救えるという考えなので」
私の言葉に、王太子は噴出して笑った。
スマラ殿下は鼻で笑って、頷く。覚悟がある、そんな意思を瞳の奥に宿らせている。
「ははっ、全くだ! 腐敗した神殿を抱え、王の声を聞かない連中ばかり。風の国が早晩亡ぶと言われても納得だな。それを立て直すために動くよりも、優秀な方を失わないために動くと言われれば否定できないよ」
「兄上。まだ、間に合う。神殿も解決させる」
「そうなのか?」
私を見ても、私は知らない。
解決させる術があるわけではない。
ただ、ここで慌てて否定してもいいことは無い。
虚勢を張ってでも、意味深に笑っておく。
「ねぇ……この国を亡ぼすわけにはいかないわ。どうすべきかしら……」
水の神子様の厚意により、何とかなってきただけ。
これからは風が自分達でするというのは、当たり前のことだ。こちらをちらちらと見ても、何も告げることはない。
王太子の方に向き直り、言うべきことを言う。
「風の神子様に何かあった時に、誰が継ぐのかをはっきりさせておくべきでしょう。派閥同士で揉め、片方が国を出るのであれば損失となります」
「そうだろうな」
王太子が頷き、神子様も戸惑いつつも頷いた。
現状、王家が推すスマラクト殿下と神殿が推すジェイド。神子様の意思次第ということになる。
「べつに、どちらでもいいですけど。ジェイドにしておけば、スマラ殿下は力を貸し続けてくれるんじゃないですかね」
私の言葉にスマラ殿下が大きく頷いた。
そこで体をびくっと揺らす神子様。殿下を指名した場合、ジェイドが逃げる可能性は残っている。
言わずとも、それは伝わったようだ。
「私は私の役目を果たします。それが望まれない道であっても」
「……ああ。俺はこの国が好きだ、守ると決めた……揉めて、国力を落とすなら、神子でなくていい」
私の言葉に殿下も頷いた。
神子にならずとも、彼は支え続ける。そういうことだ。
互いの道が重なれば、協力する。
ただ、絶対的な味方ではない。
殿下は自信ありげに口の端を上げている。
「いや……ああ、心得た。すまなかったね。ありがとう」
王太子殿下は少し戸惑った後、力強く頷いた。
神子様を連れて、部屋を出ていったので、ふぅっと息を吐く。
神子様は色んな意味でやばい。
支える側が変わるしかなさそうだ。
「交渉に慣れているな」
「慣れてないですよ……もうやりたくないです。だいたい、神子様、私が捕まった大元なのに、謝罪は軽いし、牢屋にいることには変わらないんですけどね」
「世情には疎い方でな」
「……すみません。辛い道を押し付けました」
「はっ……あれでいい。今の神子も覚悟のない者だが、なんとか回せている。ジェイドになろうと同じだ。覚悟はできた」
感情のままに動く人が上に立つのって怖いと思う。
それでも、支え続けると決められるこの人は強い。
「あいつらに伝えておく。すぐに助けにくると思うが」
「各々のやるべきことを優先で。何もないようなら、自分で脱獄すると伝えてください」
「……犯罪なんだが」
「今もその扱いでこの場にいますよ? 私は私の意思で水に寄り添っています。この場に留まるせいで、出遅れるのは困りますから」
じろっと睨むように殿下に視線を送ると、両手を上げて、降参のポーズをされた。
「伝えよう」
「はい、お願いします」
スマラ殿下を見送りつつ、今後を考える。
ゲームでは施しようがないほどに荒れ、滅んでしまう風の国。
先程のやり取りで、この国が変わり滅びを回避してくれる道へと続くだろうか。
神子に希望は持てずとも――次代の王と神子を支える柱は、覚悟をした瞳を持っていた。
だから、変わることを祈ろう。




