40.風の神子②
「王ではなく神子が問うているのですから、疾く答えるべきでしょう。何を勿体ぶっているのやら」
私の答えが気に入らなかったらしい。
ふんっとこちらを見下したように宣言したのは、ジェイドだった。
王に呼びだされたから来たのであって、風の神子なら応じなかった。
だから、王に問い、回答によっては次第では帰ろうと考えていた。
それも理解せずに小生意気な態度で命じてくる。
多少腹が立つことは事実だけど、この程度なら流せる。
じっと風の神子に視線を送るが、ジェイドの態度を咎めるつもりはないらしい。
国を代表する立場でありながら、我が子に甘すぎる。
水側と揉め、去られた場合に大陸を支えられない可能性を全く考えてない。
呆れた表情が顔に出ないようにしつつ、正面を見る。
王はただじっと私を観察するように見ている。
何も、発言はしない。昨日、時間が戻るたびにルヴィニとの会話に混ざっていたときとは違う。為政者として私情は挟まないようだ。
服の下に隠していたペンダントを見えるように服の外に出す。
胸元に光る青いペンダントを見ると、殿下がわずかに目を大きくした後、口の端を釣り上げた。
「私は水の神子様より、信頼をいただき、このペンダントを佩くこと許されています。その上で、風王に問います」
ゆっくりと、声を荒げず、冷静に聞こえるように。
視線を王に固定し、微笑みが引きつって見えないように注意する。
「水側は神官を殺し、神官見習いを嵌めて処刑しようとした風側に対し、深く憤りを感じています。崩れた信頼関係を戻すために尽力いただけると考えていたのですが」
ふぅっとわざとらしくため息をついてみせる。
わずかに王太子の肩が震えた。少しはそれっぽく振舞えているかな? スマラ殿下は口元を手で覆って、目を瞑っている。
私の性格を知っているから、笑わないように耐えているように見える。
「身元不明の風の方たちと懇意にしていた少女に操られ、神官見習いカライスを襲った水の従者アイオ。彼を拘束しておきながら、同じ、いえ、風の神子様を襲ったそこの少年をこの場に参加させ、かつ、私に命令する。どのように受け取れば良いのでしょう? アイオを拘束したのは、水側への人質でしたか?」
何考えて、罪人として拘束されているはずのジェイドが私に命令しているのか。
アイオ様をどうするのか、この場で教えてもらおう。
「何を馬鹿なことを! 僕は操られた被害者ですよ!」
「……」
横からジェイドが抗議をしているが、視線は風王に固定する。
この場で私が問うているのは、彼ではない。
「儂も知らぬ。神子を襲った者を拘束したという報告はあった。水の神子側からの抗議と釈放の要請も聞いておる。だが、神殿および神子より、他にも暗示がないかを取り調べる必要がある。魔力が低い者では出来ないと言われたのでな……そうだな?」
「はい、そのように伺っております。私も父上も魔力は高くありませんからね」
「俺には進行役としての役目を終えたため、関わるなと神殿から通達を受けている」
王、王太子、殿下が否定した。
風の神子様は唇を噛んで、何も言わない。
そう。ジェイドが牢にいることに耐えられず、勝手に放免したのは彼女だ。
「被害者という立場であるなら、アイオ様を返していただけますね? 今すぐに」
「うむ。手配しよう」
「お、お待ちなさい! まだ、取り調べが……」
「それが重要な場で私に詰問してるのに? 被害者なのでしょう?」
神子が止めようとするのを遮ぎる。
ついでに、私が嘲るように、ジェイドを「それ」と表現したことに、苛立っている。
意外と沸点が低い。冷静沈着なメガネに成長するはず。
だけど、現時点では自分を過信して、思う通りに事が進むと思っているお馬鹿さんにしか見えない。
「ミオ殿の言う通りである。ジェイドが被害者であり、この場にいることが許されるのであれば、アイオという少年も同じである」
「僕とあいつを一緒にするな!」
「では、何がちがうのですか?」
私がこてんとわざとらしく首を傾げて、尋ねる。
だんっと机を叩いて立ち上がるジェイドを冷めた瞳で見つめる。
「魔力こそが神子の価値だ。皆そう言ってきた! だから僕はっ!! 水の神子なんで、あんな神子と思えない低い魔力や、従者だって魔力を外に出せない役立たずじゃないか! 一緒にするな!」
「ふふっ、それ、本気で言ってます? じゃあ、聞いてみたらいかがです? 神子様に……神子の名において、貴方とアイオ様、どちらが魔力が高いか」
「そ、れは……」
「では――水の神子様の従者であるルヴィニと風の神子様自身、どちらの魔力が高いのかにします?」
風の神子が答えないので、さらに答え辛い質問をすると神子様は俯いてしまった。
その様子に、ジェイドが目が零れんばかりに驚いている。
魔力至上主義。ジェイドはゲームではやたらと魔力に拘る。もたない者には慈悲がない。それはこの頃からあるらしい。
「知っていたのか」
「スマラ殿下、馬鹿にしてます? ルヴィニの魔力が封じられている時点で、理由なんて他にないでしょう」
「全くだ……神子様、ミオの質問に答えないのであれば、俺が代わりに答えるが?」
ふんっと偉そうに振舞うが、内心はびくびくしている。
多分、そうだろうなとは思ったが、確証はない。はったりだったけど、当たりのようだ。
「……スマラ」
縋るように神子様が殿下を見ているが、その様子は最初の頃と違い神子の威厳はない。
「俺、風王の第三子にして、風の神子候補であるスマラクトが、自身の名において答えよう。水の神子の従者アイオは、ジェイドより魔力量、魔力操作において優れている。むろん、お前と同じでまだ覚醒にいたっていないがな」
魔力覚醒をすると飛躍的に魔力量が増えると言われている。個人差はあるけどね。
アイオ様の方が上であることをスマラクト殿下が認め、ジェイドは手のひらに爪を食い込ませて、こちらを睨んでいる。
「そんなはずない……うそだ……」
「風の神殿が、神子の名を使い、水側に理不尽を強いていること。まさか知らないとは思いませんでした。勉強不足のこれを神子にするおつもりですか?」
「ジェイドは……妾の誇りなの……おやめなさい」
「何もかもが未熟なそれのおもりを、水側にさせると?」
「ミオ殿。こちらが先に水側に踏み込んだことは詫びよう。だが、風の国のこと。口出しは無用だ」
「失礼しました、風王陛下」
風王には素直に詫びて頭を下げる。
魔力に優れるジェイドよりも、尊い存在であると示すために。
そのことがわかったのか、風王と王太子は苦笑をしている。
「何故だ!? スマラクトではなく、僕が神子になると! そう言っていたじゃないか!」
ぎりぎりと奥歯を鳴らしながら、自分が正しいのだとジェイドが声を荒げた。
「なるほど。それを確認するために、私が呼ばれたのですか?」
じっと風王に視線を送ると、ゆっくりと頷きが返ってきた。
導き手ノアより齎された未来の情報。
これから、風の神子をどうするか。
同じく未来の知識を知るだろう私に聞きたかったのか。
「導き手ノアがあなたに何を言ったのかは知りません。それが全てではないでしょうけど」
スマラクト殿下をちらりと見ると、ゆっくりと瞳を閉じた。
それを了承ととる。
そこまで言うなら、私の知るゲーム世界の出来事を語ろう。
「そうですね。ジェイド――
風の民も自分の母も見捨て、留学という名の逃亡をしたクズ。
スマラクトが神子となることを阻止するために漸く帰国するのろま。
敵を前に怖気づき足でまといになった臆病者。
スマラクトに庇われて彼を見殺しにした卑怯者。
何事も無かったかのように神子になった厚顔無恥。
あなたが――未来の風の神子です」
うっそりと笑う。
私は攻略対象には愛がない。
アイオ様のことを知らずに、追い詰めた側の人間だからだ。
さらに、ジェイド。風の国にいた頃のアイオ様を知っているくせに、非道な人物として見せしめにしたからね。
「う、うそだ……やめろ……」
「これで用が済んだということで、アイオ様を連れて帰りたいのですが、よろしいですか?」
「許すわけないでしょうっ! ジェイドを否定するなら、妾を否定したも同じよ! この痴れ者を捕らえなさい!」
「やめよ。神子、落ち着くのだ」
「王よ……このような者の話、聞く価値もない。ジェイドが神子となるのです」
声を震わせ、王に抗議する様は、ただのヒステリックな女だ。
「ジェイドが神子となると言ったはずですが?」
「黙りなさい! これ以上の侮辱は許さないわ!」
ヒステリックに叫ぶ風の神子様の命令により、捕らわれた。
これが許されるのだから、危うい。
三度目の牢か。
今回は、地下牢ではなく貴賓牢なので、待遇はだいぶマシだ。
なんだか、この世界で牢屋に入ることに慣れつつある気がする。
さて、これからどうしようか。
もう少し、風側の動きを見極めたいかな。
もしかしたら、アイオ様が捕らえらえている場所も近いかもしれないしね。




