35.裁判 六回目(カライス視点)
カンカンカンカンカンカン
スマラクト殿下がガベルを鳴らす音が6回響くのが聞こえる。
すぐに呼ばれることがわかっているので、入口で待機している。
これから、私の処刑を求める6度目の裁判が行われる。
1度目に私を無理やり引っ立てた男は、2度目以降は顔色が悪く、私の後ろをただついて来るようになった。
最初は何が何だかわからなかった。
足が震え、歩けなくなる私を無理やり引っ張って、裁判の場へと引きずり出された。
そこは、私に対して、厳しい視線を送ってくる人達ばかりで、真冬に冷たい水を浴びせ続けるような、神子様の魔力が充満している空間だった。
最初は私も足がすくんだ。
神子様が私に「おいで」と言ってからは、私は魔力の膜のようなものに守られるようになった。
裁判が何回か繰り返されるうちに、私に危害を加えようとする人に対し、神子様が威喝して、守られた。そのうち、少しずつ余裕が出てきた。
私以外で、この空間で息苦しくしていないのは、進行役のスマラクト殿下と風の神子様。あとは、傍聴席のアイオの隣に座っている導き手様という女の子。
繰り返している理由も最初はわからなかったけど、導き手様に不利な証言とかがあると、時間が戻っていることに気付いた。
気付き始めたのは私だけでなく、私に厳しい顔をしていた人達が、私を腫れ物のように扱い、厳しい目で導き手様を見るようになってる。
すでに、5回の間で、自分の考えは告げた。
スマラクト殿下から、姉の死や、神殿に対しての調査を行う発言はあった。
やり直して、全部なくなる可能性もあるけれど、全員が導き手様への不信を持っている。
私を処刑したがっていた神官すら、殿下と神子様にやり込められ、何も言わない。
しんっと誰もが黙り込んでいる。
導き手様への不信と、水の神子様への恐怖。この場を支配するのはそれだけだ。
神子様はずっと、私にだけ優しく語り掛け、他には冷たく、切り捨てるように振舞っている。
恐ろしい、そんな風に周りは見ているけど。
この人は優しい人だ。
ずっと――風の国を害さないために、自分を抑えていた。
自分のことより、水の民が少しでも過ごしやすくなるように、耐えていた。
『君、こんなところでなにしているんだ?』
『おねえちゃん、まってるの』
『ああ、あの子の……なあ、私も暇なんだ。一緒に遊ばないか?』
『うん!』
『楽しかったな。だから、頼みがある――また、一緒に遊んでくれるかい?』
幼い私に声をかけて、一緒に遊んでくれた。
木登りをしたりと、お姉ちゃんが怒りそうなことをこっそりと一緒にした。
何度か、一緒に遊んだ後、神子様だと知った。
『お、恐れ多いことです』
そういって、「遊ぼう」と誘ってくれた神子様に断りを入れた。その時、一瞬だけ、何もかもを諦めたような顔をした。
それから、私に声をかけてくれることはなくなった。
数年が経ち、神官見習いとして神子様にお仕えするようになっても、私のことが視界に入っていないように、あの方は私に声をかけたりしなかった。
『お姉ちゃん。水の神子様ってどんな人?』
『……どうしたの、急に?』
『話したことが無いから、どんな方なのかなって』
『ええ……恐ろしい方よ。何を考えてるかわからない。ただ、世界のために魔力を送り続ける存在、私たちのことを見ていないの』
姉から聞いた神子様は、いつも何を考えているかわからない人だった。
遊んでくれた時は楽しそうに笑っていたのに、そんな姿は一度も見たことが無い。
彼の方は、淡々と、ただあるだけで、何も言わない。微笑みを浮かべながら、反論も肯定も、何もせずにそこにある人だった。
特別なのは、ルヴィニ様だけ。彼と二人の時だけは、表情がいきいきとしていた。
そのうち、アイオが預けられた。
事情は知らない。教えてもらえなかったから。
アイオには神子様も、ルヴィニ様も目を掛けていた。
だから、私はアイオと一緒にいるようにした。少しでも、神子様の視界に入りたかったからだ。
そうしたら、少しだけ昔に近くはなったけど、まだ遠かった。
それで、神子様を信じ切れず、風の神殿の言うことを信じて、馬鹿なことを愚痴ったのは私。
そのせいで、こんなことになっているのに、神子様は私を庇ってくれる。
その想いに、応えたい!
沈黙を破るように、私は声を上げた。
「私は、馬鹿だけど! 魔力を制限して、過ごしていたことを知ってる! 神子様がどんなに苦しくても、水の民が生きやすくなるように自分を見捨てられるように振舞っていたことを知ってる!」
水の民出会った人達。今は、そのことすら隠し、風の民に紛れて暮らす人達。
聞こえないだろうけど、知ることは無いだろうけど。
でも、ここで言いたい。神子様は私達のために、感情を隠し、自分を殺し続け、風の国に埋没している。
「風の神子様の力が弱まった分を、本来の属性ではない風の属性魔力を送って支えて、ルヴィニ様を派遣して、事前に対処してたことも知ってる! 水の神子様が、いるから!!」
「カライス、落ち着くように」
「優しい神子様を搾取して、全部、風の神殿と風の神子様の手柄にして! 邪魔になったから私を利用して神子様を殺すの!? お姉ちゃんは、護衛の皆はそれで死んだ! どうせ、導き手様の言葉だって、神殿に都合がいいからでしょ!!」
「カライス」
スマラクト殿下の言葉に、黙る。
じっと、スマラクト殿下を見る。この人は、風の国の中で、唯一、少しだけ、神子様が心を開いてる人。
多分、この場で進行役を任せるくらいには信頼を得てる。
同じように、この場にはいないけど、ミオも。
何も聞かされてないけど、ルヴィニ様がここにいないのも不自然だから。
きっと、ミオと二人で、神子様のために動いてる。
――守られるだけの私と違って。
「言いたいことがあるなら、落ち着いて証言するように」
「はい。私は、神子様を尊敬しています。殺したりしません。私が神子様を殺すというなら、人を操ることができる導き手様が私を操るとか、意思のない状態です。アイオを操って、そこに侍らせてるし、みんなで崇めてたのは明らかでしょう」
アイオがびくっと大きく体を揺らして反応した。
途中から、正気に戻ってるくせに、どうしていいかわからずに、ずっと俯いていたアイオ。
私が神子様に庇われるたびにずっと羨ましそうに視線を送ってきた。
自分から助けを求める行動を起こせずに、泣くことも我慢してこっちを見ている。
「アイオ! ここに立って、証言しなよ! 何が起きてるのか、自分の言葉で」
私が後ろを振り返って、アイオを見る。
私と視線があった。昨日は全くこっちを見ることなく、無感情に笑みを浮かべていたアイオとは違う。ちゃんと、感情が戻っている。
しばしの間、互いに見つめった後、意を決したようにアイオはすくっと立ち上がって、こっちに向かってきた。
台から降りて、神子様の隣の席に向かう。
「よくできたな、偉いぞ」
「でも、また戻るんじゃ……」
「アイオの証言をさせたくはないだろうな。だが、戻れないだろう」
「どうしてですか?」
「アイオが立ち上がったのに動揺している隙に、ジェイドが荷物を奪った。あの荷物がないと時間を戻せないことに目ざとく気付いていたらしい。意外と優秀だ」
小声で教えてくれた内容に驚く。
アイオの逆側に座ってた人も正気から戻っていたらしい。今まで、アイオと違ってそんな素振りは一切見せなかったのに。
「まあ、誰だって、無理やり好きになるようにされていたなんて、嫌がるよな」
軽口を叩くように笑っている様子は、幼いころに遊んで、いたずらした時に見せてくれた口調と同じだった。
嬉しさで、少し潤み始めた目を、瞬きして誤魔化しながら、アイオを見る。
アイオは自分の身になにが起きたか、好きだと思い込まされていたことをつらつらと述べていく。
その証言を止められず、ジェイドという人と何やらやり取りをしている導き手様。その後ろから、魔力封じの腕輪をもった数人が近付いている。
どうやら、時間稼ぎが完了して、拘束具を使い、ここで捕らえるつもりらしい。
「きゃああ!!」
ジェイドが立ち上がり、距離を取った瞬間に、導き手様が取り押さえられる。
「何するのよ!?」
「他者を操り、この国を混乱させた罪で拘束する!!」
そう言って、押さえつけた腕に魔力封じの腕輪を付けようとした瞬間、何故か、導き手様の手には杖があった。
「杖?」
「魔力封じを優先とは伝えたんだがな。スマラクトの不手際だな」
ミオがもっているのと同じ形状の杖。
さっき、ジェイドが取り上げたと教えてもらったが、導き手様が手に持っている。
「何度も繰り返してるのに、何で上手くいかないのよ。私が“正しい形”にしてあげようとしてるのに。
私だけが知ってるの、この世界は滅ぶって。だから、救ってあげてるのに――拒むなら、そのまま滅びればいいわ。ふふっ、水の神子もスマラクトも犠牲になりたくないなら……よく考えることね」
ミオが神子様が死ぬ可能性を示唆していた。同じことを、この人も知っている。
でも、ミオと違う。
ねっとりとした口調で、男に媚びながらも狂気が垣間見える。
この人が導き出す未来が救いとは到底思えない。
「女なら救わなくてもいいかって思ってたけど、いい男は別よ。……ふふっ、光の国で待ってるわ」
その笑みは慈悲を与える女神の様で、破滅へ導く悪魔に見えた。
言いたいことだけ言って、導き手様は光の中に消える。
時間は戻っていない。
あの人だって、自分を見る目が変わってきたのには気づいていた。
逃げたのだろうか。
これで終わったのかな? そう思って、顔を上げようとしたら、剣を振りかぶっているアイオが目の前にいた。
「カライス!!」
ぐいっと引っ張られて、抱きしめられたと認識した瞬間、ぽたっと顔に赤い雫が落ちてきた。
はっとすると、私を抱き留め、素手で剣を止めている神子様が怪我を負っていた。
「おいたが過ぎるな、“アイオ、眠れ”」
左手で私を抱き留めながら、右手でアイオの剣を無理やり手に氷を纏った上で、素手で止めたらしい。
アイオも魔力を込めた一撃であったため、受け止めることはできなかったのか、手のひらから血がだらだらと流れている。
魔力を使い、昏倒させられたアイオが崩れ落ちて倒れそうになるのを受け止め、ゆっくりと床に寝かせる。
「神子様!」
「かすり傷だ」
ざっくりと切れてしまっている手のひらに布を巻いて、止血する。
「すぐに手当てを」
「いや、すぐは無理そうだな」
私が慌てているのに対し、檀上の方に視線を送る神子様。
その視線の先には、ジェイドが風の神子様を襲い、それをスマラクト殿下が応戦しているところだった。
「全く。好感度を上げるのとは別に、暗示をかけておくとは、用意周到だな。逃がしたのはまずかったか」
「……あれは、本当に世界を救う存在なんでしょうか」
「さてな。まあ、これで茶番は終わりだ」
「はい……神子様、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、ぐしゃぐしゃっと少し乱暴に頭を撫でられた。
「最後は君の手柄だな。アイオが動かないと、何度でも繰り返しそうだったからな」
「アイオは心配性で、臆病なんですよ。大方、神子様の元に戻れるか不安で、ずっと動けなかったんですよ。だから、起きたら優しくしてあげてくださいね」
「……だが、な」
「優しく、ですよ? 言葉足りないから不安なんです。私も、アイオも! 仲間なんですから、少しだけでいいから態度に出してくださいよ」
ぽんぽんとまた、頭を叩かれた。
たぶん、了解ということなのだろう。いつの間にか、私たちの周りにも風の国の人達が寄ってきていた。
ここは周りの目もあるから、これ以上は難しいのだろう。一人、部屋に戻るようにと言われてしまった。
手当を受けるらしいアイオと神子様とは別で、部屋に戻ることを促される。
心配ではあるけど、これ以上は無理。
裁判は有耶無耶になって終わったけど、念のためと私を見張るという武官もいる。
仕方ないので、宿に戻っているとルヴィニ様とミオが戻ってきた。
心配したというミオに「大丈夫」と言って抱き着いたら、嬉しそうだった。
これくらい素直に表現してくれればいいのに、神子様もルヴィニ様もアイオも、わかりにくくて困る!
でも、少しは意志疎通ができたよね? 少しは、役に立てたならうれしいよね。




