32.裁判 一回目 (スマラクト視点)
裁判により、カライスという水の神官見習いを糾弾する。
元凶は導き手、ノア。
本人がノアと名乗る以外、何も証明するものはない。
だが、それで十分なのだろう、多くの者がすでに虜になっている。導き手として疑う者はいない。
裁判では、風の神殿に所属する神官からの提訴となった。
裁判長として判断を行うのは、本来であれば、父である風王。
だが、父王はノアという導き手と対面した後、惑わされている状態だ。
この状態では、敗戦濃厚であることもあり、父を正気に戻す必要があった。
「王なら真名を持っているはずだ。死ぬことは無いだろうから、魔力を込めて名前を呼べばいい。すでに魔力で精神汚染をされているなら、より高濃度の魔力で打ち消すしかない」
「……簡単に言ってくれる。王だぞ?」
俺の問いに対し、サフィロスは嘲る様に笑った。
ルヴィニは呆れたようにこちらを見る。
二人の態度に胸の奥がざらつく。
魔力が高い者が名を呼ぶと、人を支配することができる。
だが、実際に体を支配しようとする魔力が体に流れれば、当然、抵抗する。
魔力と抵抗による軋轢は体への負担となり、心臓発作を起こすなど死んでしまうことの方が多い。
精密な魔力操作が必要であり、俺には人を操るなどできない。だが、殺すことはできる。
二人は王の名を呼び、正気に戻せと覚悟を問う。
「覚悟がないなら降りなよ。きみが降りても、僕らはやるよ」
「そうだな。こちらに引き入れたのは、風側が何も知らないままでは色々と後が大変だろうと思ってのことだ。降りても構わない。まあ、あの導き手の思うままに進んで、世界が無事だといいな?」
わかっている。
導き手が現れるのは、世界が滅ぶ兆し。
今、降りた場合には、二度と、水側はこちらを考慮して動くことはしない。
風の大陸が滅ぼうと、関係ないと割りきり、目的を達する方に舵を切る。
そんなことはさせられない。
「……俺が、進行役をしよう」
「ああ。難しいことはないさ。繰り返すたびに、同じように裁判を開始すればいい。繰り返し続ければ、上層部も理解するさ」
天から与えられる魔力は恩寵。
父である王は、魔力は持っていたが少なく、鍛えても下級止まりだった。そのことにコンプレックスをもっていた。
だから、俺が生まれたときには喜んだ。
神殿や神子とやり合うときに、俺という高魔力の子どもを得たことで、風の神殿を黙らせ、風の神子を交代させる切り札も得た。
俺の幼少期は愛されて育った。何も知らず、蝶よ花よと育った、楽しく美しい思い出だ。
しかし――数年で脆くも崩れ去った。
水の大陸が滅んだ後、保護された水の神子。一つ年上の水の神子の内包する魔力は俺や叔母である風の神子を遥かに凌ぐほどだった。
『○○神官長、水の民のことをくれぐれもよろしく頼みます』
次の瞬間、神官長が膝を折り、必ず成し遂げると高揚した表情で水の神子を崇めていた。
幼かった俺にとって、その衝撃は凄まじかった。
名前を呼んだ――それだけで、支配された。
その後、神官長は水の民の保護を生涯かけて精力的に行った。
他の神官たちが止めようと、ただ、水の民を救うために尽くし、それに反旗を翻した他の神官たちにより追放された。
父王も風の神子も、その場で起きたことに凍り付いていた。
魔力を持つ者の恐ろしさを改めて、実感したのだろう。
それから、父は俺を避けるようになる。
その言動、瞳に映る恐れ――自分も俺に操られるのではと疑心暗鬼になった父。
その日を境に、父は俺の目を見ることは無かった。
神子となれるほどに魔力の高い者は、魔力を持たない者を名前で呼べば相手を支配し意のままに操ることもできるという言い伝え。
それを防ぐために、王族には生まれたときに真名を持たせる。
神殿でも、洗礼名を与え、それを使うようになり、本当の名を隠す。
それが魔力に劣る王族や神殿が操られないための切り札だった。――神子に対抗する。
それをあざ笑うように。
真に魔力が高い者には、その程度の小細工は無駄だということを、水の神子は示して見せた。
神官長になれるほど魔力が高い者を、本来の名という核ではなく、洗礼名だけでも、操ることができる。
水の神子は恐ろしい存在だった。
初めて顔合わせをしたとき以外、水の神子は神殿の求めに応じて魔力を封じ、下級程度に見せるようになった。だから、最近は水の神子を侮る者が増えていた。
前神官長との件も有り、風の神殿と水の神子の諍いはひどくなっていた。
そして、今。
導き手が何らかの力を用い、本来の魔力以上の強制力をもって、洗脳、魅了を行っている。
導き手に侍り、もてはやし、操られてしまった風の国の上層部。
特に、水の神子の身内を殺そうとする神官に対し、水側がこのまま何もしないなど出来るはずがない。
普段は穏やかに流れる川であっても、時に激しく打ち付ける濁流となって人々の生活を奪う脅威になる。
水の神子の本質は穏やかに流れるだけの川ではない。
父王の名を呼び、支配してでも、導き手によりこの国が転げ落ちるのを阻止しなくては……。
兄である王太子に導き手と父王の状態を伝え、共に父の元へ向かった。
名前を呼ぶ。
それだけだ。
真名は俺でも知らない。世間に知られている名前だ。だが、効果はあった。
父は心臓の当りを抑えながらも、こちらを見つめた。
正気に戻った父王の顔色は悪い。
導き手の危険な力に取り込まれてしまう可能性を伝え、俺に進行役を任せてほしいと伝え、了承を得た。
「……ありがとうございます。申し訳ありません」
「よい。操られた儂を戻すのに必要なことだったのだろう。任せるぞ」
父と目が合った。
俺が思わず、目を見開くと「すまぬ」と父から謝罪された。
「スマラクト、我が自慢の息子よ。この国の危機、託すぞ」
もう一度、俺に視線を合わせたまま、父は俺の肩を掴み、言葉を紡いだ。
「はっ……必ず」
もしもの時を考え、父王は体調不良により欠席し、兄と俺が参加する。
父の言葉に、ぐっと拳に力を込める。やり遂げてみせる。
「スマラクト殿下、王に何が? なぜ、王太子殿下ではなく殿下が進行役を?」
「……ああ、神官長か」
「スマラクト、どういうことです? 城の様子がおかしいようですが」
「神子様も……お二方は無事のようで」
裁判が行われる予定の部屋へと向かう途中に、焦った様子の神官長と神子が現れた。
挨拶代わりに頭を下げる。どちらも、俺に対し不満をあらわにしているが退く訳にはいかない。
「こちらへ」
廊下にて話せないため、小さな個室へと入り、人がいないことを確認する。
「……王には大事をとっていただく。代理を俺としたのは、王と王太子の意志だ」
「大事、ですか?」
「導き手により魔力が低い者は、魅了され傀儡となる。王は正気に戻したが、同じことが起きないように、欠席していただく」
「なんと……」
神官長も神子も導き手には会っていない。
だから、無事だった。いや、この二人ならば魔力の高さであちらに落ちない可能性もある。
「本当のことなのですか? スマラ」
「……ジェイドも、取り込まれていますよ、伯母上」
「なんてことっ!」
神子であり、母の妹である叔母。
その隠し子であるジェイド。
神官長も叔母も、時期神子としてはジェイドを推している。だからこそ、俺が公の場にて、役目を果た すことを嫌う。
進行役が俺であることを聞き、阻止のために俺を待ち伏せ、説き伏せようとしている。
二人には、風の大陸の危機よりも、未来の自分の立場のが心配なのか。
そう問いただしたいのを、ぐっと堪える。
「俺でなくては、危険とおわかりいただけるか?」
「なるほど……しかし、ですな」
「……いいでしょう。では、この裁判が終わった後、俺はこの大陸を去ってもいい。ジェイドが神子で構わない。だが、風の国全体に危機を脱する、この機会を邪魔しないでいただきたい」
俺の言葉に、二人がハッとした表情になる。
裁判の結果次第では、風の国は荒れる。常日頃から貶める行動をしていた水の神子がどういう存在なのか、少なくともトップの二人は理解している。
「何をおっしゃるのです、殿下。何か、誤解があるようですが」
「……導き手が現れ、世界の危機に足を引っ張り合う時間はない。水の神子を怒らせた。もう、この地に留まる価値を見出していない。俺はあいつらと行く」
「お待ちなさい、スマラ。あなたは、候補なのですよ?」
「ジェイドが覚醒したら俺を超えるようにと、ずっと企んでいることを知らないとでも? 俺も、今更、神殿と上手くやれるとは思っていない。潮時だ」
俺の言葉に、二人は俯いた。話しかけてきたときに比べ、顔色は悪い。
王の子である俺よりも、神子の隠し子であるジェイドを望む。
それは、権力争いを間近で見てきたから理解している。
5つ差という年齢の問題で、俺の方が上なだけだ。俺でも、ジェイドでも、神子として不足はしない。
俺にもジェイドにも、水の神子ほどの天賦の魔力はない。――ただの神子ならどちらでもいい。
覚悟を決めなければ、世界の危機が訪れる。
「もう、時間になる。お二方も参加されるなら、急がれよ」
正面入口ではなく、裏口から部屋に入る。
この部屋は本来は豪奢な客間であり、金で装飾された飾りや、壁面のタペストリーや額縁に飾られている絵なども貴重な品だ。
だが、今、誰も部屋の内装を気にすることが出来る者は誰もいない。
極寒の地にいるかと錯覚するほどの低下した室温と、ぴりぴりと肌を突き刺すような濃厚な魔力。
息をすることすら、体に負担がかかるほどの高魔力がこの場を支配している。
俺が高くなっている裁判長の席に座り、その横には、風の神子と神官長が座った。
すでに兄王太子や宰相、国の重要人物も座っており、裁判官側は揃っている。
全員、顔色が悪い。
魔力が少ない者の中には、肩で息をしている者すらいる。
この状況では導き手への好感よりも水の神子への恐怖に染まる。
原因となるのは、俺から見て左側の被告側にいる、水の神子。仮面を身に付けていて表情はうかがえない。
普段は抑えている魔力を抑える気は一切ない。
身内への暴挙に対する怒りとして魔力を放出していることにしている。
仮面の下でどんな顔をしているかはわからないが、あれは策略家だ。仮面の下が笑みでも驚きはない。
件の導き手はまだいない。
開始まで、まだ時間は残っているが、張りつめた冷たい空気に早く始めてほしいという視線を四方から感じる。
「遅くなっちゃった~。まだ、始まってないよね? あれ、なんか寒くない?」
「これをどうぞ、導き手様」
「あ、僕のも使ってよ」
開始の数分前になると、正面の入口から、導き手が入ってきて、傍聴席の最前列に座った。
その隣にはジェイド。自分が来ていた上着を渡している。
さらに、その横には水の神子の従者の一人、アイオ。
どちらも、導き手の気を引こうとしている。
昨日と様子は変わっていない。取り込まれたままのようだ。他にも見目がいい武官や神官が集団で導き手を囲むように席に着いた。
開始時刻になる。
カン
「時間だ。これより、水の神子の暗殺を試みた、神官見習いカライスの裁判を行う」
ガベルを一度鳴らし、宣言をする。
「被疑者を」
「はい」
俺の声に、両腕を拘束された状態で、無理矢理引っ張られた状態で証言台まで向かわされる少女、カライス。
「そこの武官。丁重に扱うように……その子は未来の水の神官だ」
「なに……ぅ、あぐっ」
水の神子の言葉に反感を持ち、カライスの手錠に繋がっている紐を引っ張った瞬間、男が心臓を抑え、その場に座り込む。
「丁重にと言ったはずだ……カライス、おいで」
カライスにだけ、優しく語り掛ける。
泣き出しそうだったカライスは頷いて、とことこと水の神子の元へ。
男はうずくまったまま、苦し気に胸を抑えている。
異様な光景に、しんっと静まり返る中、証言台ではなく、水の神子の隣の席にカライスが座る。
それを止めたいのか、告発した神官はしきりに俺に視線を送っている。
はっきりと抗議するには、苦しんでいるカライスを粗末に扱った男の存在が、躊躇いを生むのだろう。
「神子様……ごめんなさい、私っ……」
「カライス、嘘はつかないでくれ」
「はいっ」
こくこくと頷いているカライスに周囲がざわざわと騒ぎだす。
「私を殺したいか?」
「……いいえ」
「殺せると思うか?」
「……むりです」
カライスが泣くのを我慢しながら、神子を殺す気がないと必死に言葉を続ける。
告発者が反論をすることもあるが、実力差も含め、出来る訳がないと一蹴された。
「さて、本人がこう言ってるが、なぜ、暗殺犯として告発された?」
「それは……神子を殺すという発言があったからで」
「おもしろいな。上司に腹を立てて愚痴ることくらいあるだろう。たまたま、それを耳にしたからと言って、こんな場を用意したのか?」
「しかし、神子様は世界の影響力があるため、正しいことなのです」
「身内の問題だと言っているんだが、わからんらしいな」
低い声とともに、さらに、息をするのが苦しくなるほどの魔力が濃密に圧縮されていく。
動揺していないのは俺。美しい顔を歪め、手の甲に爪を立てて一点を見つめている風の神子。神官長すら、苦し気にうめいている。
「この程度の愚痴を本気にして、処刑をすることが正しい? なぜ、そんなことを考えた? 答えろ」
「あっ、み、みつかいさまが……ここで、殺しておかないと……おっしゃったので」
「ほう。つまり、無関係な人間の讒言だけで処刑をする国ということだな、風の国は」
神子の命令に蒼白になり、眼球を上下左右に動かしながら、神官は証言をした、
その言葉に、終わったと感じた。
風の神殿が、導き手の言葉だけで、水の神子に対し、宣戦布告をしたことがこの場で証言された。
何の証拠もなく、風の国では何の権限もない。
ただ、導き手と名乗るだけで、王も神子も認めていない少女の言葉で、風の国の客分であり、この世界でも他にいない高魔力の神子の身内を断罪し、殺そうとした。
否定をしようと風の神子と風の神殿を代表する神官長が言葉を発する前に、小さく少女の声が響いた。
「ああっ、もう! やり直し」
前に時が遡ったのと同じ感覚だ。
体感温度が消え、音が消え、ぐにゃりと視界が歪み、黒く塗りつぶされていく。
この後、この記憶を持つ者が俺と水の神子以外にもいるなら、計画は成功するだろう。
視線を送ると、俺の視線に気付き、仮面のまま、わずかに頷きが返ってきた。
目を開けると、裁判の始まる1分前だった。
部屋にいる人間が皆、周囲を見渡したりとしている。
周囲に気付かれないように、再び、水の神子の方へ視線を送ると再び頷いた。
俺たち以外にも、記憶は引き継がれているようだ。
再び、開始時刻になる。
カンカン
「時間だ。これより、水の神子の暗殺を試みた、神官見習いカライスの裁判を行う」
ガベルを二度鳴らし、宣言をする。
「被疑者を」
「は? あ、はい」
俺が何事も無かったように1度目と同じように振舞う。
一つだけ、二回目だと示すようにガベルを二度鳴らして。
戸惑ったように、カライス達が入ってくる。
先程、胸を抑えて蹲るしかなかった男は見るからに震えながら、丁重にカライスを証言台へと案内した。
二回目の始まりだ。




