31.サフィロス
「ミオ、起きてくれ」
「ん……うん?」
ハッと起きると、ベッドの横に腰かけているサフィロスがいた。
いや、寝ている女子の部屋に、れっきとした成人男性であるサフィロスが入ってくるのは色々と問題がある。
ちらっと窓の方を確認すると、東の空がわずかに明るくなってきている。
ただ、まだ、日も出ていない時間だ。
「なんっ……」
「しっ……バレないうちに仕込みをしておく必要があるからな。ルヴィニにも内緒だ」
「……わかった」
起き上がって、サフィロスを責めようとしたが、唇に指先をあてて、静かにという仕草をする。
どうやら、サフィロスだけでこの部屋に侵入してきたらしい。
小声で頷くとサフィロスが少し離れて、青い宝石が付いたペンダントを私の手に置いた。
「これは?」
「水の神子からだ。君の身分証明の代わりだな。水の神子の魔力が込められた魔石だ。水の紋章も彫られているから、関係者だとわかる。神子と同等に扱ってもらえるはずだ」
「んんっ?」
さらっと渡されたペンダントをよく見ると、青い宝石のデザインは、ルヴィニが左耳に付けているピアスと同じだった。
形も大きさも一緒。ルヴィニのピアスを急いで加工したのだろうか?
「これ、ルヴィニのピアスじゃないの?」
「ルヴィニのとは別だな。身に付けやすいようにペンダントにしておいた」
「あ、別物なんだ」
ルヴィニはルヴィニで持っているのか。
これは私用に神子様が用意してくれたようだ。
しかし、神子と同等に扱うって、代理権ありってこと?
同じものを持ってるルヴィニもその扱いだよね?
従者の一人だと思ってたけど、そこまで偉い立場だったのか。
「君は本来の御使いとしての立場は名乗れなくなる可能性があるから、せめて、これくらいは必要だと用意させた」
「あ~、いや、でも、あっちの御使い様のが力あるから、微妙だけど」
「関係ない。ただ、ルヴィニとお揃いで付けて歩いてるのは悔しいから、普段は服の下にでも隠しておいてくれ」
「ああ、うん。まあ、それは構わないよ」
別にお揃いでも良いと思うのだけど。
ここまで大きな魔石だと貴重すぎて、装飾品ではないことは誰でもわかる。
そもそも、そんな関係でもないんだけど、サフィロスは何を気にしているんだろう。
ペンダントを受け取り、首にかけるとひんやりとしている。
それに少し驚いた反応をすると、サフィロスの指先がペンダントに触れる。
振れたまま、何か呟いたようだけど聞き取れなかった。
ただ、そのペンダントを見る表情が、普段と違って憂いを帯びて、どこか悲しそうな表情をしている。
「サフィロス?」
心配そうに彼の顔を覗き込むと、はっとした表情の後、にこにこと笑い、いつもの表情に戻った。
水の神子の代理権限を持つ魔石。これを私に渡すことへの戸惑いなのか、何か言えない痛みがあるのか。
理由はわからないけれど、サフィロスにも葛藤があるようだ。
「君が張る結界ほどではないが、この魔石には護身用の魔力が込められている。少しは君を守ることもできるはずだ」
「うん。ありがとう。水の神子様にもお礼を伝えてくれる?」
サフィロスが少し左眉だけぴくっと反応させた後、「ああ」と端的に頷いた。
なにか変なことを言っただろうか?
「じゃあ、本題だ」
「うん? このペンダントが本題じゃないの?」
「それはそれ」
うん。神子様から預かったものとは別で、サフィロスの仕込みとやらがあるらしい。
「このブレスレットを外したいんだ」
「外せばいいのでは?」
サフィロスが右腕にある金のブレスレットを見せてくる。
ルヴィニが左腕に付けているブレスレットと同じものだ。違うのは、ルヴィニの方は大きな赤い石が付いているのに対し、サフィロスのは青い石が付いている。
これも魔石なのだろう。見つめてると引き込まれそうなほどに澄んだ青色をしている。
ただ、外したいってなんだ?
何故、私に言うのかわからず、首を傾げる。
「協力してくれないか?」
「うん、よくわからないけど、何すればいいの?」
「簡単だ! 私が合図したら、この石にキスしてくれないか?」
「うん?」
サフィロスはにこにこと笑っているが、言ってることがおかしくないか?
「だめか?」
サフィロスが可愛らしく、首を横に傾けて、こちらを見てくる。
うん。子犬が悲しそうにこちらに縋っているように見えて、断りにくい。
「えっと、危険は?」
「ない!」
はっきりきっぱりと言い切られた。むしろ、その表情は「心外だ」とでも言いたけだった。
「友達を危険に晒すわけないだろう? ただ、自分一人では外せない仕組みなんだ」
ルヴィニに秘密と言っていたから、私に協力を求める理由もわかるのだけど。
少し悪戯を企む子供のような表情をしているのが気になる。
「頼む。あまり時間もないんだ」
たしかに、ゆっくりと説明を受けている時間はないか。
わざわざルヴィニに隠していることが気になる。あとで怒られたりしないだろうか。
いや、仲間であるサフィロスを信じよう。多分、フォローしてくれるはず。
「わかった」
「ありがとう! じゃあ、行くぞ…………“ελευθέρωση(解放)”」
「え? なんて?」
サフィロスが聞いたことも無い言葉を発した。おそらく、呪文だろう。
「キスを」
「あ、うん」
サフィロスに急かされて、右腕のブレスレットの大きな石に唇を落とす。
ブレスレットが光を発した後、キーンという音と共に、石がブレスレットから落ちた。
さらに金の留め具が外れ、サフィロスの腕からとれた。
「え? これ、大丈夫?」
「ああ、問題ない。いや、軽くなったな」
嬉しそうに軽くなった右手を振っている。
外れたブレスレットを拾おうとして、その重さに驚く。
メッキではなく、全部純金で出来ているのか、すごく重い。
これを片手に身に付けているだけで、バランスが悪くなり、肩がこりそう。
「じゃあ、この魔石を君に」
「うん?」
ブレスレットから外れた青い魔石をぽいっと私に投げ渡してくる。
慌てて、石をキャッチする。触れているだけで濃密な魔力が込められているのがわかる。
先ほどのペンダントもだけど、こんなに大きい魔石をぽんぽんと渡すのはやめてほしい。
「いや、これ、受け取れないよ。渡されても貴重すぎるし、大事なものでしょう? 返すよ」
「いや、私の魔力を吸って作られた魔石だから、作ろうと思えばいつでも作れる。いらなければ金策に使って構わない」
貰っても扱いに困るので返そうとするが、受け取る気はないらしい。手を出してと言っても、首を振って拒否される。
貰いものを換金するわけにもいかない。
さらに言えば、個人的に魔石を貰っていいのかという疑問もある。
「前にも言ったけど、貰ってばっかりはよくない」
「じゃあ、杖を出してくれ。そっちに付ける」
「は?」
サフィロスが「杖を」と急かしてくるので、取り出す。
「構えてくれ」
「うん、これでいい?」
展開についていけないまま、結界や浄化をするときに持つのと同じように、両手で杖を構える。
「ああ…………“Αγιασμός του Νερού στον αγαπημένο μου φίλο(親しき友に水の加護を)”」
杖の先端部分には大きな透明な魔石が付いている。
その横の部分にサフィロスがキスを落とし、何か呪文を唱えると、先ほどの魔石キスをした場所に光ながら魔石が吸い込まれていく。
「え?」
杖についている大きな透明な魔石の横に、青く輝く水の魔石が鎮座した。
いや、大きさとしては、小さくなったのだけど、なんだか杖もすごく魔力を帯びている。
「君の杖に入れておいた。水の加護があるから、少しは扱いやすくなるはずだ。水魔法、蛇口から水を出すようにしか使えないんだろう? イメージが伝えやすくなるはずだから、便利だぞ」
貰えないと言いたいこところだけど、杖に組み込まれてしまったため、取り外すことも難しい。
きらきらした瞳でこちらを見てくるサフィロスに根負けした。
「……ちょっと使ってみるね」
杖を持ったまま水球を出して、回転させると今までとちがいギュイーンとすごい速さでまわる。
「すごい! ありがとう!」
「ああ、役に立ててくれ」
サフィロスが目を細めて、儚げに美しく笑った。その笑顔に少し頬が熱くなるが、彼の視線には熱はない。
恋愛という意味ではないことはすぐに察せた。
私の魔法が使い物にならないのを心配して、魔石を渡したかったのか。
ゲームでは、神子となった攻略対象達が主人公に自分の魔力を込めた魔石を贈って、プロポーズする。だから、魔石=プロポーズのようなイメージが受け取るのに戸惑わせた。
ただ、サフィロスはそういう意味で渡しているわけではなかったようだ。友人が戦力外であることを心配して、戦力補強ということなら、その分は役に立てるように頑張ろう。
「これで、君が結界を維持するのも少しは楽になるはずだ。足りない魔力分は、その石が補ってくれる。ルヴィニの合図で、出来る限り広く、結界を展開し続けるのが君の仕事だ」
「え? 結界でいいの?」
「君が鍵だからな」
サフィロスがにっこり笑って、ウィンクしてくる。
笑って、「じゃあ、後で」と言って、隣の部屋に帰っていくサフィロスを見送る。
その後、着替えてゆっくりしていたら、ルヴィニがやってきて、作戦を説明された。
作戦は単純。
裁判は王城内の大広間で行うように、準備が行われている。
本来は別の場所で行われるが、そこはスマラクト殿下が作戦のために、急ぎで大広間に設営をさせたらしい。
裁判が始まる頃に、裁判が行われる大広間の下の部屋をルヴィニと占拠して、その場で出来る限り広く、結界を張る。
「行くよ、覚悟はいい?」
「……やるしかないでしょ」
王宮内の一室を武装占拠。信じていないわけではないけれど。
これ、失敗したら間違いなくお尋ね者になると思う。
無意識に胸元に手を置くと、服の下に隠したペンダントが肌に触れ、ひんやりとした感触が伝わる。
大丈夫。落ち着いて、出来ることをすればいい。
横にいるルヴィニをちらっとみると、にっと獰猛な笑みが返ってきた。
やるしかない。行こう。




