30.二度目の牢屋
カライスちゃんとは別々の牢屋になってしまった。
足元をネズミが走った。蜘蛛の巣もそこら中にあって気持ち悪い。
イーハンと同じくかび臭いけど、こちらの方がより劣悪な環境だ。
カライスちゃんは蜘蛛を発見し、あまりの気持ち悪さに、水魔法を使った。
蜘蛛の巣ごと全て洗い流してしまったくらいだ。
その結果、魔法対策もされている貴賓牢へとカライスちゃんは去った。
私の方はカライスちゃんが綺麗に洗い流してくれたことに感謝していたのに、奥の普段は使われないらしい牢へと移動させられた。
実際、水浸しになり、悪臭が辺りに立ち込めてはいたので、仕方ないのだけど。
移動した側には見張りはいない。設置された明かりも遠いので、私が何かしていてもあちらは気付かないだろう。
「人がいないのはありがたいかな」
考えを纏めるにも、邪魔をしてくる人がいないというのは良いことだ。
ノアと名乗っていたゲーム主人公の転生者。彼女は何の証拠もなくカライスちゃんを捕らえさせた。
カライスちゃんはぷりぷりと怒っていて、気丈に振舞ってはいたけど心配になる。
神官見習いという立場でもあるので、私よりは丁重に扱っている様子で、貴賓牢へ案内されたから大丈夫だと信じたい。か
時間つぶしに、昼間に確認した素材で作れるアイテムを大辞典で確認し始める。
予想通り、デバフ効果のあるアイテムに使用する素材を買い占めている。
マニアックモードだと、脳筋だけでは厳しいため、デバフ効果のあるアイテムを使うことは多い。
その知識を7年経っても正確に使えるなら、手強い。
私は大辞典を貰って知識補強したけど、知識ならこちらが上というアドバンテージはない。持っている能力はあちらの方が上。
敵対する予定はないと考えていたのは甘かったかもしれない。
「悪いことしたな……」
ジェイドも幼い。というか、アイオ様と同じ14歳。
ゲームの中では、適応力と現状を把握する能力が優れ、理想と現実の違いを知っている切れ者キャラだったはず。
あんなに理不尽に人を貶めることはなかった。いや、短気な部分は多少あるけど。
私達が宿に行ったときには相手方にすでに陥落していたことも気になる。
「わからないな」
「なにが?」
「ルヴィニ?」
「よっ、遅くなってすまなかったな」
「サフィロス!」
「……」
「スマラクト殿下も、牢までご足労いただきありがとうございます」
「……ああ」
考え込んでいる間に牢の前まで来ていた。
ちょいちょいと手招きされたので、3人がいる鉄格子側に近付く。
「カライスちゃんが移動させられちゃったんだけど」
「うん。こっちでも把握してるよ。明日の午前中に公開裁判することが決まって、今は貴賓牢で見張られているかな」
ルヴィニが言うには、信頼できる人を側に待機させているため、カライスちゃんに無理やり証言を取ったりできない状態にしてあるらしい。
ただ、すでに王宮内では、異常なほどにノアという少女の信奉者が増えているという。
「裁判って、何の証拠もないのに?」
「カライスがアイオに愚痴を言ってたのは事実でしょ。実際に神子を殺せるかは別だけど、神子を殺す計画をしたということで処刑まで持っていく。こっちの意見は無視して、あの導き手様の指示通りの流れだね」
ルヴィニが淡々と説明しているが、冗談じゃない。
カライスちゃんは姉の死に疑問があり、愚痴ったとしても、何もしていない。
むしろ、ここで教団側が接触することで、教団の存在を明るみにしたかった。
こちらの計画が潰れるのもだけど、教団と風の神殿の繋がりすら、このままでは闇に葬られる。
「邪龍を滅ぼすためには、戦力が多ければ多いほどいい。カライスちゃんを失うのは避けたい」
戦略的にも大事だけど、それ以上に、一緒にいて情が移っている。あの子を見捨てて、動くほど現状がどん詰まりでもない。
何とかして助けたいと願う。
ただ、個人的な気持ちだけだと、協力してくれる人達ではないので建前だ。
「まあ、落ち着け。君がカライスと残したい。あれは潰しておきたい。そこの差異について、考えてみよう。目的も見えてくる可能性がある」
サフィロスの提案に頷いて、唇に指を当てて、考える。
3人よりは彼女の考えは読めるだろうけど――正直、考え方が違い過ぎる。わかるわけがない。
「私の知る前提条件として、水の神子様の暗殺後、水の神子は不在になる。約5年半経ち、邪龍が復活した時点で、水の神子になる可能性があるのは二人。カライスちゃんとアクヴァという経歴不詳の隠しキャラ」
「あいつか」
どうやら、サフィロスだけはアクヴァという人に覚えがあるという。
他二人は首を振っていて、知らないようだ。
アクヴァはランダム性のある隠しキャラのため、毎回、仲間には出来ない。
水属性の能力は高いが自分を語ることが少なく謎の人物。また、年上のおじ様キャラでもあるため、好きかどうか、人によるところがある。
「水の大陸が滅んで、水の民が極端に少ないこともあって、二人しかいない。ここでカライスちゃんを退場させることはリスクがある」
私は水の神子様の暗殺阻止のために動いている。
相手はそれを知らないはず。
ゲームではカライスちゃんが暗殺犯として描かれているけど、少し考えればそれだって、一人で出来ないことくらいわかる。
カライスちゃんを退場させることが水の神子様の暗殺阻止にはつながらない。
「いや、単純にあれは女は排除したいんだと思うよ」
「ルヴィニ?」
「明らかに男女への扱いが違うんだよ。その割には嫌われていないのが不思議だよね」
「……そもそもが異様だ。好かれる要素はない」
「どういうこと?」
眉間に皺を寄せたスマラクト殿下の話では、ノアという少女は誰にでも好かれる。
それこそ、異様なほど。老若男女関係なく、王族並みの厚遇を受けているという。
風の王や、神殿から派遣された神官の一部も、取り巻きとして抱き込まれてしまった。
「誰にでも好かれる? それなら、ルヴィニ達も好きじゃないとおかしくない?」
「それも何か仕掛けがあるんだと思うけどね。僕は嫌悪しか感じないかな」
「……俺を見て、通常なら聞き取れない声で『あ~、やっぱり。殿下はだめかぁ……でも、方法はあるよねぇ』と言った。何かある……」
側にいたスマラクト殿下は、急に気持ち悪い匂いを感じたという。その瞬間に、周囲は彼女を持ち上げ始めた。
殿下には効果がない可能性を分かっていたことからも、何かある。
「魔力を使って好感度を上げているなら、自分より魔力が高い奴には効かないと考えるのが妥当だろうな。同レベルでも取り込まれるのが、怖いところだ」
この世界は魔力の高さが全てでもある。
下級・中級・上級で壁があり、中級レベルの術者が上級の者に攻撃をしてもほぼ打ち消されてしまう。
難易度の高いゲームの仕様がそのまま。おかげで、ルヴィニ達には効果はない。
「私が結界を解くのは危険?」
「ああ、やめておけ。君は取り込まれる可能性がある」
「魔力をずっと使い続けた反動か、結構、きついんだけど」
サフィロスに却下され、ルヴィニが手を振って、ダメダメという。耐えろということらしい。
ずっと結界を維持し続けるのは魔力を使い続けることでもあり、負担がかかる。
常時発動をしていた結果、体がかなり怠い。
長時間、連続で使い続けるのは今回が初めでというのもあり、すでに10時間以上で限界を迎えつつあった。
きついけど、ここであちらに取り込まれるわけにはいかない。
「……すでに、神殿も王も、あの導き手側だ」
「それはどうでもいいんだけどね」
「ルヴィニ! どうでもよくはないでしょ」
スマラクト殿下が剣に手を置くから、挑発するようなことはやめてほしい。
それに、風の国の上層部が取り込まれているのは問題がある。
「正気に戻す方法も考える必要あるけど、逆行はどうなったの?」
取り込まれるのも困るけど、逆行の問題もある。
明日の裁判で、都合のいい状態を繰り返されるのは避けたい。
「そっちか。おそらく、あのタイミングに戻るだけの魔力はすでにないだろうな。もう問題ないんじゃないか?」
魔力の動きについてはサフィロスは優れている。
自分以外の人の魔力残量もおおよそわかるというのは大きい。
「サフィロス。戻るタイミングが変わった場合、何時間くらい戻れるの?」
「ミオ。待って? 戻るタイミングが変えられるの?」
「たぶん……」
あの神様は結構、自分望んだ形でも能力を与えてくれている。ゲームでのセーブ&ロードの能力と考えると、セーブポイントは変えられると考えた方がいい。
セーブポイントを変えた場合には、当然、ロードしたときに戻るタイミングが変わる。
「そうなると、話が変わるな。魔力の減り方からもう戻れないだろうと考えていたが……操るための魔力の展開を止めれば、1,2時間は戻れそうだな」
「でも、それならこっちも利用しやすくなるんじゃない?」
「確かにな」
「……どういうことだ?」
ルヴィニとサフィロスだけ納得しているけど、私とスマラクト殿下は全く理解できていない。
今、好感度を上げている魔力の垂れ流し状態をやっている限りは逆行できないということらしい。
逆に言えば、魔力の垂れ流しを止めたら、逆行する可能性がある。
「戻るタイミング。明日なら、決まってるでしょ?」
「え? 裁判の前?」
「そういうこと。逆に大逆転は狙えるよ」
ルヴィニと サフィロスが楽しそうに笑う。勝ち筋が見えたというけど、私と殿下は首を傾げている。
どうやって、取り込まれた人達を正気に戻し、撃退するんだろう。
「ミオ。他に君だけが知ってる彼女の能力はあるかい?」
「うん? 持ってる能力の一つが空間転移かな。私も彼女も神様から与えられ、3つの能力を神様が付与してる。逆に言えば、その能力については、杖に触れていないと発動できない」
私の言葉に、3人がそれぞれ驚きの表情をした。
「私、2回目の時には、彼女の3つ目の能力を暗示系だと思った。でも、よくよく思い出したら、彼女の両手は何ももっていなかった」
そう。
1回目の時には、彼女は手持ちの鞄に手を入れているように見えた後、逆行が起きた。
見落としだったんだよね。
ただ、彼女の素質でその手の能力を覚えたにしても、切っ掛けがないとそっちの能力を上げられないとも思う。
「ふむ。しかし、あの系統をいくつも覚えている時点で、神の影響はありそうだな」
「そういうもの?」
「切っ掛けがないと魅了系を扱うのは難しい」
「まあ、怯えさせたり、操ったりのが容易なんだよね。恋情とかより恐怖の感情の方が優先されるんだよ」
サフィロスがうんうんと頷いている。
「まあ、大丈夫。作戦は僕らで考えるから、任せてよ」
ルヴィニの自信ありげな笑みに、こくりと頷きを返す。
だいぶ目論見と外れた動きがあった。
危機的状況。だけど、ルヴィニは作戦があるという。
「ミオ。僕のこと、信じられる?」
「え? 急に何?」
「僕が守ると約束したら、信じて、危険を承知で手を貸してくれる?」
ルヴィニの真剣な表情。
ちらっと、サフィロスとスマラクト殿下も見る。
サフィロスはにこりと笑い頷いた。ルヴィニと考えは一緒らしい。
スマラクト殿下は、眉間に皺を寄せ、悩むように何かを口に出そうとした後、飲み込み、ゆっくりと首を振った。
信じる……。
今後の行動をするにあたり、彼らは私をどこまで信じるのか、逆に、私がどこまで彼らを信じて動くのか。
私とルヴィニは何となくで、行動を共にする協力者。ただ、互いに目的は近いようで違う。
サフィロスとは友達だ。彼がそれを求めていて、私が応じた。実際には行動を共にすることもほとんどないし、何なら、公の立場では仲良くできない可能性すら聞いている。
スマラクト殿下は、前提が違う。彼は風の国を守るべき立場であり、今、脅かされているからこそ、協力しているだけでもある。
お互いの信頼関係か。私一人では、この状況は打開できなくても、しっかりと信じれる仲間がいれば、好転できる。そう、信じたい。
「ルヴィニ。私はこの世界が邪龍に滅ぼされないために動く。今回、その布石として水の神子様を暗殺させない」
「うん、知ってるよ」
「水の神子様の安全の次でいい。暗殺阻止が出来た後も、世界を改変するために、力を貸してくれる?」
ルヴィニと視線を合わし、答えを待つ。
ルヴィニがちょいちょいと手招きをするので、さらに鉄格子に近づくと、軽くデコピンをされた。
「いたっ」
「水の神子を守るよりも自分を守ってほしいって言わないの?」
「言わないよ。そんな、意味のないこと」
私と水の神子様、どちらが大事かなんて、聞くまでもない。
世界を救うために動いているのだから、私を優先する理由なんてない。
「何度も言うけど、神子っていうのは特別。僕が守るまでもないからね? 世界を救うことの方が大事でもある。だから、きみを守るって言ってるの。その上で、危険でも僕と行動するかを聞いているんだよ」
「私は長時間はこの世界にいない。いられない。重要な時にいなくても、大丈夫?」
「いいよ。いなくても、僕はきみのために動いてあげる」
ルヴィニの言葉に複雑そうに顔をそらしたのは、殿下とサフィロス。
この二人は、そんなことは出来ないのだろう。特に殿下。
「……わかった。ルヴィニを信じる。何でも言って欲しい」
私にできる事は何でもする。ルヴィニを信じて、危険なことであっても挑む。
その意思を込めて、笑って、ルヴィニの顔を見る。
「うん。じゃあ、これからもよろしく」
ルヴィニが鉄格子越しに握手を求めてきたので、握手する。特に言葉は無くても、ルヴィニの体温を通じて、力が溢れてくる気がする。
本気で、自分を守ってくれるのだろうという信頼。私もそれに答えたいと思う。
「私も、守りたいのにな……すまない」
私とルヴィニの様子を見たサフィロスがぼそりと呟いた。
「サフィロス? 大丈夫だよ? 戦闘はあまり得意じゃないけど、そこはルヴィニが補ってくれるなら安全確保できたし。サフィロスは友達でしょ? 大丈夫、また落ち着いたら一緒に買い物とか行こう?」
「ああ……そうだな」
サフィロスは少し泣きそうな顔をして、無理して笑った。
本当に、買い物が出来る暇があるか、自信はない。
目的を達成すれば、いなくなる。水の神子様の従者であるサフィロスとルヴィニがゆっくりできるときに私はいないかもしれない。
それでも、約束をすると嬉しそうにサフィロスは笑った。
「君たちのやったこと、責任は私がとる。後のことは気にせず、遠慮なくやってくれ」
「サフィロス?」
「ミオがやりたいことを支援するし、君達の盾になるのは私だ。ただ、ルヴィニは派手にやらかすこともあるから、ミオが手綱を握ってくれ」
「いや、それは無理じゃないかな」
私がルヴィニの暴走を止められるとは思わない。はっきりと無理と告げると、サフィロスはそれすらも楽しそうに笑い、「任せた」と口にする。
私への信頼が感じ取れる。ルヴィニのように、はっきりとした形では言えなくても、後方で支えてくれると信じられる。
ちらっとスマラクト殿下に視線を送る。気まずそうに視線を反らした。先ほどから、剣を持ち替えたりと落ち着きがない。
「……俺はお前たちのためには動けない。風の国が優先だ。……だが、それでも、お前たちを信じるしかない……頼む」
「はい。立場が違うことはわかっています」
水側をどのような動きをするにしても、立場上は共に動くことも庇うことも難しいだろう。
風の国の立場から、協力はしているけど、絶対の味方になることはない。
ただ、このままでは風の国自体も危機的な状況となる上に、彼自身の本心は、共に行動したい。それを立場が許さずとも。
だからこそ、言葉にできなかったり、落ち着かないのかもしれない。
お互いの立場や思いは違っても、同志だろう。
私を信じて、作戦を立てる。それだけ、信頼してくれているのならその想いに応えたい。
「……それで、私は何をすればいいの?」
「説明は、その時になったらするよ」
「え? なんで?」
「きみ、計画を話したら心配で寝れなくなりそうだから。ゆっくり寝て、魔力を回復させなよ」
ルヴィニはにんまりと笑う。今、説明してくれる気はないようだ。
サフィロスを見ると、うんうんと楽しそうにいたずらっこの笑みを浮かべて頷いている。
「サフィロス? 説明してくれないの?」
「任せてくれ! 考えがある。明日、裁判の時には、ミオ! 君が切り札だからな」
「え? 私?」
私に何をさせるつもりなの?
いきなりすぎて、不安になる。そもそも、守るとか、危険前提で動いているからこそ、動悸が止まらなくなる。
「ミオの協力が得られるなら、大丈夫だ! 作戦はしっかり立てておくから、君はゆっくり休んで魔力を回復してくれ」
「え? 結界を解くとまずいんじゃないの?」
「そうだよ。だから、全面的に仲間になるなら、魔力が遮断できる安全な部屋に移動する。明日は働いてもらうから、そのつもりでゆっくり休むんだよ」
あれよ、あれよという間に、立派な部屋に通された。
入口に他からの魔力を遮断するような効果があるらしく、ここなら平気と結界を解くと一気に疲労が出て、気を抜くと舟をこぎそうになる。
風の王宮で勝手にお風呂は用意できないらしく、用意されたお湯で体を拭いて清めて、着替えるまでは出来たが、そこが限界だった。
ルヴィニもサフィロスも隣の部屋にいるから明日のことを聞くために声をかけたかったけど、ぱたっと電池が切れるように寝落ちしてしまった。




