29.ショウドウ3の2
ルヴィニと待ち合わせしている宿へと向かうと、入口付近に人だかりが出来ている。
帯剣している武官たちとそれを遠巻きに見ている街の人達。
人だかりを避けて、宿へと向かおうとすると横から声がかかった。
「あの子です。神子様を暗殺するの。ね、アイオ?」
「うん、そうだね。カライスは神子様を殺す。お姉さんが死んだのは神子様のせいと恨んでいたから」
「え? アイオ?」
宿の前には、アイオ様と件の少女。
それに眉間に皺を寄せて、腕を組んでいる不機嫌そうなスマラクト殿下。
さらに、未来の風の神子、ジェイド。
優秀で理知的、合理性で動くタイプのメガネ枠の攻略対象。
今はまだメガネはかけていないようだけど、じっと目を細めて観察をする仕草はゲームのイメージそのままだ。
聞こえてきた声に驚いたカライスちゃんが近付こうとするが、護衛が間に入り、阻む。
突然の成り行きに付いていけないが、カライスちゃんはアイオ様に向かって「そんなことしない」と抗議する。
ただ、それに対して、アイオ様はカライスちゃんを見ることも無く、少女に視線を固定して笑顔だ。
助けを求められているのに、カライスちゃんに視線を送ることもなく、にこにこと少女から視線を反らさないアイオ様。よく見ると、目のハイライトがない。
スマラクト殿下の近くにいる武官達が不気味そうに視線を送っている。
明らかに少女だけを見るアイオ様は異常だ。周囲もそれに気づいている。
「間違いないか?」
「はい! 導き手である私が言うんです、間違いありません」
「……捕らえろ」
スマラクト殿下の問いに頷く少女。
一瞬、私と視線を合わせた殿下が、くいっと顎を動かした。その先にはカライスちゃん。
殿下の命じた言葉に護衛らしき人達がカライスちゃんに近づいてくる。おそらく、庇えということなのだろう。
ドキドキが周りに聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、胸の鼓動が早まっている。
この状況に足がすくみそうになるけど、やるしかない。
「待って! 突然、何!?」
勇気を振り絞り、カライスちゃんの前に出て、後ろに庇う。
内心のドキドキを見透かされないように堂々とした動作になるように気を使いながら武官達をけん制するように睨む。
私の勢いに押されたのか、少し度惑いを見せる武官たち。
その様子を窺うふりをして、不自然じゃないようにスマラクト殿下を見る。
私の視線に気づいた後、ゆっくりと瞳を閉じた。
おそらく、頷くかわりに送った合図だろう。カライスちゃんとともに行動をさせたいらしい。
「水の神子の暗殺容疑で捕らえるんですよ? 聞こえませんでした? 邪魔をするなら、それも一緒に捕らえなさい」
殿下が何も言わないせいか、苛立ったようにジェイドが指示を追加する。
「何を勝手なことをっ!」
上擦った返しになってしまった私の言葉に反応して、ジェイドを睨みつけると嘲笑するように顎を上げて、笑った。
私が叫んだことで、大義名分を得たとばかりに武官たちに命じる。
「捕らえなさい。容疑は導き手様に危害を加えようとした罪人です。構いませんよね?」
「……ああ」
スマラクト殿下の了承により、私達の扱いは決まった。
抗議しようとするカライスちゃんに、「怪我をしないように大人しく」と伝える。ここで暴れても、意味はない。
武官達も大人しくしたためか、緩く手を後ろで縛るくらいに留めてくれた。
ただ、「地面に這い蹲らせて泣かせればいい」という発言をする少女は性格が悪い。人を何とも思っていないのがわかる。
その指示に従おうとする武官もいたが、殿下がそれとなく庇ってくれた。
カライスちゃんはアイオ様の様子に悔しさと悲しさで泣き出してしまっている。
慰めたくても、私も拘束されているし、むやみに言葉を発せない。
「……」
じっとアイオ様を見る。
カライスちゃんもアイオ様に助けを求めるように視線を送っているのに、アイオ様は何も感じていないように件の少女と和やかに話をしている。
暗示は成功してしまったようだ。
最初に少女が意見を求めた以降、彼の目にはカライスちゃんは映っていない。
「ジェイド。王宮へ招待を……そっちは地下牢だ」
スマラクト殿下と視線が合う。
すまん、と口だけ動いた。この場を切り抜けるために必要なのだろう。
一度、カラカラになってしまった喉を癒すように唾を飲み込んで、先程の殿下と同じようにゆっくりと瞳を閉じてみせる。
大丈夫。気にしなくていい。そんな思いを込めた。
これも作戦のうちであるなら構わない。私だって、協力者としてできる事をする。その意思を伝えるように。
目を開けて殿下を見れば、わずかに口角を上げた。
「構いませんが、貴方はどうするおつもりです?」
「……水の神子に事情を話し、嫌でも王宮へお越しいただこう」
「ああ、そうですね。神官見習いが暗殺を企て、看破した導き手様に無礼を働いたわけですしね」
どうやら、水の神子様は宿に留まっているらしい。姿を見せない、ルヴィニとサフィロスもそこにいるだろう。
この位置で見えていないと思うけど、サフィロスは怒りそうだなと思う。
明らかに、少女の横に侍るアイオ様とジェイドの様子はおかしい。
表情は普通に見えるのに、目にハイライトがない。異常事態だ。
悔しい。こんなことにはしたくなかった。
口の中に血の味がした。唇を噛み過ぎて、切れてしまったらしい。
「では、先に案内しています。どうぞ、導き手様。お手を」
「わぁ、ありがとう、ジェイド様っ」
「どうぞ、ジェイドとお呼びください、導き手様」
「や~ん、じゃあ、ジェイドもノアって呼んでよ」
「はい、ノア様」
きゃいきゃいと楽しそうにジェイドとアイオ様にエスコートされながら、その場を去っていった。
それをじっと観察していたら、縄を引かれて、バランスを崩しそうになる。
「わっ!?」
「さっさとついて来いっ!」
縄を引いて、私とカライスちゃんを歩かせようとする武官に、「丁重にな。水の神子の関係者だ」と声がかかった。
宿の内部に向かう殿下にぺこりと頭を下げると、横にいた武官が大きくため息とつき、ゆっくりと歩き出した。
先ほどまで泣いていたカライスちゃんが目を赤くし、唇を噛んで悔しそうに歩いている姿に胸が痛い。
私と違い、カライスちゃんは何も知らされていない。
アイオ様が狙われている状況も、ルヴィニ達の思惑も、スマラクト殿下が味方であることも。
「からっ……いたっ」
カライスちゃんに声をかけようとした瞬間に、縄を引かれて、しりもちをついた。
じろっと睨んでくる武官は余計な手間を取らせるなという表情だ。
声をかけることも許さないらしい。
引っ張られたた時に食い込んだ縄のせいで、腕がずきずきと痛む。
「さっさと立ち上がれ」
くやしさはある。それでも、一人でないことに少しだけ安心する。
ちらっとカライスちゃんに目線を送るとこくりと頷いた。少し、カライスちゃんの目にも生気が宿ったように感じる。
そのまま、私とカライスちゃんは罪人扱いで牢屋まで連れていかれた。




