◎かつて。
舗装されていない石の道の上を小石転がして滑らせる。
砂利の音と共に靴の音が等間隔にトンネルに響き渡っていく。
基本的に真っ暗なトンネルだが、さりげなく松明が壁に掛けられていて、松明は引き摺られるサロスを照らした。
サロスの両腕を掴み引っ張るアンバーの息は上がる。数分掛けて目的地まで運ぶ。
そしてとうとう最奥に辿り着いた。
紛れもなく地下、壁も床も地上の根っこが飛び出している。それでいて部屋は天井が無く、見上げれば静かに月が微笑んでいた。
月明かりが照らす床に描かれた白い魔法陣は場所場所に赤い液体が染みとなって汚れていた。加えて魔法陣の中央には十字架が立っている。横に伸びる木製の柱、その端から金属の鎖と手枷がぷらぷらと揺れていた。
アンバーの足が終点に踏み込んだ。
「やっとですか。」
ぐるりと回し呆れたような目の形で、アンバーを見る。幼い少女に似た軽い口調で続けた。
「でもありがとうございます。私の言うことに従って頂いて。」
アンバーはクレディンを睨みながらサロスの腕を置いた。
「さあ、約束は果たしました。報酬を。」
片方の腕を差し出し、催促する。
「まあまあ。落ち着きなさい。しっかり報酬は用意してありますから。」
言葉の最後に、ね、と貼り付けた笑顔とを付け足してアンバーをあやした。
クレディンは床に付きそうなほどに長いロープを捲り、内ポケットの中から袋を取り出す。
「ほら。約束のですよ。」
手を皿にして彼女から袋を受け取った。
クレディンは落とすようにして渡した後、すぐさまここを立ち去るよう言った。
「全く、お金お金とそんなでは魔王様に認められませんよ。」
アンバーの肩を掠めながらクレディンが愚痴を言う姿にアンバーの目だけがチラリと動いた。
クレディンは地面に寝ているサロスを見るために膝を曲げてしゃがみ込んだ。
「彼が……」
瞼を閉じ微動だにしない顔を撫でる。
半目を開き、覗くのは黒く染まった眼球。
アンバーは袋の紐を解き、中を覗いた。
どうやら約束は守られたようだ。
中ではぎっしり詰まった金貨、銀貨が擦り合って音を鳴らしている。
額にして十万パス以上。
お婆さんを養う程度なら一年は持つ。
「これなら……」
アンバーから安堵の声が漏れた。
クレディンはその声に謂れのない違和感、ただ気持ちの悪い感覚を覚えた。
「これなら……」
ハッとした。
クレディンがアンバーの方へ振り向いた時、
すでに遅かった。
「これなら、あなたの気を引ける!」
アンバーは叫んだ。
袋の紐を切って、パス金貨銀貨、加えてサロスから貰っていた残りのパスも全てばら撒いた。
月光がひらひらと落ちていくコインに反射してクレディンの目を、数十枚のコインが床で跳ね返る音は彼女の耳を塞いだ。
「よくやった!」
地面に膝を突き立てて、予めコインに纏わせていた魔粒子を噴出させる。
クレディンは顔の前を腕で覆い隠し、金の反乱に眉を顰める。
だがそれで終わりではない。
一本の剣が、鞘に収められたままの剣がクレディンの腕目掛けて振るわれた。
追い討ちを掛けて剣にも纏っていた風の魔法も放った。
打撃と風圧に彼女は体を飛ばされ、壁に背中を打つ。まとわりついたコインが弾け、銀貨の鏡面に顔を歪ませるクレディンが写った。
痛み、鬱陶しさ、煮え切らない思いを目に写し、相手を見据えた。
一瞬にして、纏われた、クレディンの右手に、炎の塊。
「小賢しい!」
左から右に振り払われた炎は散らばるパス金銀貨を吹き飛ばした。
飛んでいく銀貨一枚を鞘が受け止める。
「アンバー。コアを頼む。」
両手で強く握られた剣を構え、サロスはアンバーに託した。
「はい!」
来た道を走って戻る。
その途中、アンバーはある作戦を今一度確認する。
記憶を遡り、ある風景を思い出していく。
「本っ当にすみませんでした!」
アンバーの口から何の予兆も無く、ぽろっとこぼれた。
理由は過去に埋もれている。
◇
サロスが目を覚ましたのは冷凍庫の中ではなく、先ほどまで通ってきたトンネルの中だった。正確には違っているのだが、気を失っていたサロスに分かるはずもない。背中を壁にもたれ掛けたままの姿勢、前には両目を固く瞑って両手を顔の前で合わせているアンバーがいた。
「……アンバー?」
サロスは痺れた口をどうにか動かして声を発した。
「勇者様、どうか私の無礼をお許しください!これはやらなくてはならないことだったのです!」
「どういうことだ?」
力が入らず垂れた舌でどうにか発音しようとするも子音が母音に飲まれている。
辛うじて残っている文末の上がり調子でアンバーは察してサロスの方を向く。
「勇者様とコア君を一度捕まえてからでないと監視を誤魔化せなかったんです。のでコロヌなどに使う麻酔薬を二人に投与して眠らせたんです。」
「なるほどね。だから僕、いきなり眠くなったんだ。」
まるで口にすっぽりハマる玉を入れられたようなメリハリのない声でコアが頷き納得していた。
「でも、なんで言わなかった。」
取り戻しつつある口周りの感覚に少し安堵し、アンバーに質問を投げる。
「それは、敵を騙すならまず味方からって思ったので……」
声を出さないまま納得するサロスはまだ動かせない頭、顔、頬を地面につけて続ける。
「それでどうするんだ。奴らを騙して……」
アンバーが頷いているのを見てサロスも気付いた。
「そうなんです!」
「「意表を突ける!」」
方法は知っての通り、見事成功した。
あとはサロスがクレディンを打ち倒し、コアとアンバーが任務を達成すればいい。
「コア君。行くよ。」
「やっぱり納得できないよ。」
洞窟内、逸れた一本の片道に入っていくと、フードが着ている服のローブが入った箱が積み上がっている。なぜ大量のローブだけがここに置いてあるのか不思議でならないが。
その箱たちの影に隠れ、コアはアンバーとサロスが作戦を実行するのを待っていた。
アンバーが戻った矢先、コアは姿を現すなり文句を垂れた。アンバーは友人として、姉のようにコアを諭した。
「そんなこと言わないで。この方法が一番成功する確率が高いんだから。」
「でも、僕だってレスレク団のリーダーを倒したかった。」
「大丈夫だよ。絶対に勇者様がやってくれるもん。」
「……そういうことじゃないんだよなあ。」
口を尖らせ、いかにも不服な顔して首を傾げる。
「ほら、私たちは町長さんたちの依頼を達成しないと!」
「分かったよ。」
コアは尻を叩かれようやく動き出した。アンバーはついて行く。
◇
アンバーを見送った後、サロスは鞘先を相手に、クレディンに向けて剣を構えた。
彼女の姿は最初とはまるで異なっている。サロス自身、彼女の顔や声に気を取られていたというのに分かった。服装の纏うイメージは怪しい商売人から一変、狂信者たちの柱である教祖へ。
丈が長く縁を銀で囲われたローブに身を包み、振り払った右手からまだ消えまいと火先が伸びている。
ゆらりと先端が震えた。
「してやられましたね。彼女に運ばせ油断させてから不意を打つ。実に巧妙です。」
クレディンの片目が半分開き、サロスを見据える。
「ですが、あなたは剣を抜かなかった。あなたは作り上げた私の隙を狙わなかった。……なんのつもりですか。」
「お前に聞きたいことがある。」
細い糸目となり、静かに了承した。サロスは構える剣を下ろす。ひと呼吸置いて発した。
「お前は誰だ。」
拍子抜けだった。何度答えたことか。クレディンは何を言い出してもいいように準備した空気を吐き出した。
「私は、クレディン。レスレク団の教祖であり魔王様をお慕い申し上げる者ですよ。」
「でも、」
サロスが一歩踏み出した。
「でも、お前のその顔も体型も似てるんだ。」
「知りませんよ。そんなこと。」
「お前のその声の調子も、茶色い髪の毛先も、」
「私はあなたの言う人を存じ上げないんです。さっさと忘れたらどうですか。」
「だったら……どうしてあの時俺を殺さなかった。」
「用事があったからです。」
「……アンバーが勇者を目指してるってこと、知ってたんだろ。だからアンバーを狙って犯罪を犯させた。」
「何を根拠なく。」
「アンバーが俺を捕まえたのはわざとだった。アンバーが言った言葉を俺は覚えてる。」
……「"助けること"が狙いだったし。」……
「お前は最初から俺を狙っていた。おおかたポプルスでの騒ぎを聞きつけたんだろ。そこで俺が勇者だってことを知った。」
クレディンの目が開いた。
「そこでもう一度聞く。……魔王を崇拝するお前たちがなぜ俺を見逃した!」
「相手する時間が勿体無かったからです。私は火事を起こさなければならなかった。あなたがアンバーさんを疑わないよう仕向けるために。」
幼い少女のような気だるげな声はそこになかった。強く何かを主張する、張り詰めた声が全面に押し出されている。
「だったら、なんで、」
サロスの声は腹の中で蠢く惨いものを必死に押し込めていた。
「だったら、なんで、さっき俺を見た顔はとても優しかったんだ!!」
クレディンの目はより一層見開いた。
睨むのでも、笑うのでもなく、只々優しいと言うサロスの言葉に抑揚のない目線を向けた。
一秒経って黒い眼球から一滴。
黒い涙が彼女の頬を伝って白い魔法陣に落ちた。
彼女の眼球は綺麗だった。
月光が反射して分かった。今まで黒かった目が純粋で、透き通っている、白い目に変わっていた。
「クルックス……!」
溢れてしまったサロスの言葉にクレディンの炎は大きく左右に揺れ、涙を流した白い目から新たに炎が噴き出した。
真紅の火が彼女の顔を押し除け、表れた純白の目玉を焦がしている。
まるでカビが壁を侵食していくように白から黒へ変わる。
クレディンは目を抑え、身を屈めている。
言うまでもない激痛が体中の神経を通り、小刻みに体を震わせてもなお、声は未だ何かを主張している。
「わた、しは、」
屈めていた体が一気に仰け反った。
彼女の顔にもはやクルックスの面影はなく、ひん剥かれた黒い眼球、茶色い毛先の白髪とひたすらに否定する表情でサロスを見た。
右手から上がる炎が収束し、五指に小さい火の玉が出現した。
「私は、クレディン。レスレク団の教祖であり魔王様をお慕い申し上げる者。」
サロスは剣を構えた。
その気迫に足を引く。
瞬間、クレディンは手を振り上げた。
五つの火の玉は一直線にサロスの方へ飛んでいく。
等速に玉は飛んできていない。
それぞれ別の速度を持っている。
サロスは剣を寝かせるように横にし、体を右に捻った。
一個目の火の玉を横振りで払う。
柄を持ち直し、左上から右下へ斜めに切り、身を浮かし後ろへバク転、片手で持った剣を着地してすぐさまに上へ切り上げた。
続けて来る四個目を左下から右上へ鞘が打った。遅れてくる最後の玉を体の回転に乗せ地面へと打ち付ける。
息を整え、汗をぽたりと鞘に落とした。
剣を両手で握り、クレディンの攻撃に備える。
足から炎を噴射し、一気に距離を詰めてくる。左手をカッと開き掴みかかってきた。
剣を体に沿わせ、防御の姿勢を取るも、クレディンは剣を握りしめた。
彼女が握った途端、鞘から黒い煙が出始めた。
サロスは彼女の手を振り解こうと剣に風の魔法を纏わせ、扇状の軌跡を残した。
洞窟内に溜まっていた砂利や埃が舞う。
距離を取り、煙に巻かれている彼女の隙を狙い、サロスはクレディンに向かった。
足を風で押し出し、下段に構えた剣にも風を纏わせる。間合いに入り、最後の押し出し、風の魔法で剣先から風を吹かせて振るった。
しかし、黒い眼球はその一切を捉えていた。
両手を合わせ内側に溜めた炎と空気を一息に解放した。
炎は爆発、洞窟内の温度を急速に上昇させて両者の身を焦がし、爆風によって壁に打ち付けられる。その揺れは凄まじく、爆音を響かせ、洞窟の一部を崩してしまった。
当たり前に戦いの影響は多くの人に届いた。
◇
地面を蹴り、壁を蹴り、足跡を付ける。
足跡と共に、松明の灯り以外にも淡く光る黄色い光が地面、壁を照らす。
その後を五、六人のフードが追う。
「アンバー!お願い!」
コアは動きを止めてフードたちへ振り返った。
「うん!」
膝を立てて、右手で挟み込んだ矢二本、弦を引く。弓を横に構えて手を離した。
矢は真っ直ぐに空気を切り裂いてフードたちの肩を突き刺す。続けてアンバーが背中にある矢筒から二本の矢を取って放つ。
コアに釣られてやってきたフードは次々と肩や足を撃たれ倒れていった。
コアの連れてきたフードを仕留め終わり、アンバーが立ち上がった。
コアも体に流している電気を解除した。
「今のは何!?」
アンバーがようやく聞けるといった調子でコアに聞いた。
「今のって……。体に流してた電気のこと?」
彼女の頭が上下に釘を打つかのように動いた。
「この電気は脳の反応速度を上げて、筋肉を刺激して力も上げられる僕オリジナルの技だよ。すごいでしょ。」
コアは腰に手を当てて胸を張る。
「嘘でしょ……そんなことできる人今までに見たことない!」
鼻にかけてアンバーに誇らしくするとコアは言いずらそうに頭を掻いた。
「でも魔力消費が激しいからあんま長くは使えないんだけどね。」
「でも魔法を使う時詠唱してなかったよね。それは身につけたの?それとも元から?」
「元からだけど……詠唱って?」
「詠唱っていうのは魔法を使う時に必要な呪文を唱えることだよ。……なるほどね。コア君は魔導師だったわけか。やっぱり勇者様も、コア君もすごいや。」
アンバーは投げやりに吐き捨てた。
と途端に地面が揺れた。
二人の足は地面に接しているがまるで平均台の上に片足立ちしているように全くバランスが取れなくなった。コアは両手両膝を付けて四つん這いに、アンバーは腰を低くしてどうにか立っている。
「何この揺れ!」
コアが騒ぐ。それにアンバーは冷静ながら原因を探り当てようと思考を巡らせる。
「分からない。地震、か……」
思考とともに視界も巡らせる。
揺れで壁から欠けて落ちる小石と、天井から固まった土が落下し砕けた。
なぜだかとても嫌な予感がする。
ヒビが伸びていく。天井から壁へ、壁から床へ、床を伝って二人の足元まで。
亀裂が枝分かれしていき、とうとう地面を一周した。
「コア君!気をつけて!」
アンバーが叫んだ。
「床が抜ける!」
コアは思わず聞き返したが、その声は崩れる洞窟の音で掻き消された。
足が更なる地下へと引っ張られ、全身の血が引くようなヒヤリとした感覚が二人を襲った。
しかし幸いにも、床が抜けたのはアンバーたちのいた部屋のみで、落ちて来た部屋の床は頑丈に二人を受け止めた。
アンバーは尻もちをついて、コアは体前面を打ちつけ、同時に困り眉で言った。
「「痛ーいっ!」」
アンバーは土を払いながら腰を上げ、煙舞うところで咳き込んだ。
「ここはどこ。」
岩と同程度の硬度を持った一塊の土がこの部屋にかつてあったものを押し潰していた。底面、土の下に挟まれた絨毯に目を奪われた。
一部しか見えないがそれは既視感のある色合いをしている。
遅れて土を落とし切ったコアがアンバーの隣にやってきた。
「これ、まさか、あの壁画と同じ……」
軟体動物の触手が紫へと変色していく火の玉を囲み、掴んでいるあの絵。
コアは壁画の悍ましさを思い出さずにはいられなかった。
誰のものか自然と予測できてしまう腕や足、頭。それらがまるで飾りつけのように触手にへばり付いていた。あの絵に近づいた時に感じた血生臭さは魔王の視線を浴びていると錯覚させられた。
目を背け、他にはないか探そうとアンバーから離れた。あの恐ろしい絵以外なら何でもいいと願って。
そして見つけたのは加えて冷や汗を流させる。
古紙だ。
何百年と前に書かれたであろう黄土色の洋紙だった。
コアは近付かずにはいられなかった。
「アンバー!アンバー!見つけたかも!」
アンバーは驚いて、コアに何を、と聞いたが、言った直後に顔を明るくした。
「本当に!?」
二人は紙が置かれた祭壇へ走った。
着くなり上から覗き込んで紙を見た。
「これだよ、これだよ!!」
「これが……」
「「魔導書の写し!!」」
◇
場所は移り、床から突き出ていた根っこや壁に張り巡らせていた苔が燃え、至る所にヒビが入っている。端から中央へヒビが細かく、それでいて大きくなっていく。
中央にはクレディンが立っていた。
「どう、なってるんだ……」
喉を炎に焼かれ、サロスは掠れた声でそう言った。
爆発の寸前、体を隠すように剣を構え、防御の姿勢を取り、爆風に対して相殺するため風の魔法を放った。しかしながら威力は先述の通り、爆風だけでなくその温度も脅威的であった。
そのせいでサロスの体は焼き爛れていた。
剣から外れた腕は肌を剥がし内部の筋肉を露出させ、脚も同じく一部を赤く染め上げ、一部を黒く焦がしていた。
だが徐々に治っていた。サロスの剣だけが持つ不死身の能力によるものでこの強力さを物語っている。
けれどもクレディンは立っていた。
だからこそ、サロスはそう言った。
「その体……」
クレディンの姿は見るも無惨。
何せあの爆発を放った張本人でありながら一番の被害者であるからだった。
洞窟内に入り込んだ夜風を浴びてたなびいていたローブは焼き切れ、残った部分と消えた部分の境にはまだ火が諦めずに服を燃やしている。両手は爆発を放った時のまま、指を開いた状態で炭となっていた。その腕をだらりと垂らし、動かすと皮膚だったものが欠けて落ちていく。腕だけでなく、全身がそうだった。脚も胴体も顔も、白髪だけを残して黒く染まっていて、およそ人の姿とは思えないものだった。
そこからサロスは一つの可能性を見出した。
「火の魔法と合ってないのか……」
普通、魔導師でない限り、複数の魔法や高威力の魔法は扱えない。難易度の問題もあるがさらに重要なのは体質の問題だった。
魔導師は先天的に魔粒子に対しての抗体を持っている。つまりは魔法耐性が高く、強い魔法を撃っても反動は少なくなる。
しかし、もしその耐性を持っていない人間が強力な魔法を扱えば体は重く激しい反動を受けることになる。
正しく、クレディンの体はその状態。
自分で放った攻撃に自分がダメージを多く受けてしまっていた。
またサロスは連想してしまった。
「クルックスと同じ体質、なのか……」
黒く変色した指が一本震えた。
クレディンの頭がゆっくりと上がり、サロスを見据える。口周りの炭を落として声を発した。
「サロス……」
彼女がそう言った。
理由は分からない上に突然にそう言った。
あの時と同じ、優しく慈悲を含んだ声色でーー。
◇
焚き火から出る煙は夜空の星々へ溶け込んでいく。その煙の出どころで二人は長い丸太に肩を並べて座っていた。肌を掠める風は冷たかったし、仲間たちの帰りを待って半日が経っていて心細かったから身を寄せ合っていたのだ。スズムシの羽音だけが響いていた空気の中に一言が浮かんだ。
「サロス。」
「ん?」
「二人とも遅いね。迷っちゃったのかな、なんて。」
「まさか。」
サロスは淡泊に答えた。
そこで会話は止まってしまい、夜の音はまた勢力を増して二人と焚き火を包んだ。
火がパチパチと爆ぜている。
「もし、ね。」
サロスの顔がクルックスの方に向いた。
クルックスは驚いたのか糸目を開けたのに目を背けて萎縮する。コホンと咳払いをした後で続ける。
「ほら、きっと敵も強くなるし、怪我もすることが多くなるから……」
「……だから?」
「……ええとね。何が言いたいかっていうと……私が絶対に治すってこと。これからみんなが……あなたが、どんな怪我をしても、どれだけ傷ついても私が治す。」
クルックスの目線はサロスへ移り、互いに見合った。
「それで……もし、魔王を倒すことができてみんな無事に帰れたら……」
相手の目の中に写る自分を見てーー。
「……私の話、もう一度聞いてくれる?」
彼女の声が空へと上がっていく煙に巻かれて遠くへ行ってしまった。
この問いに自分がなんて答えたのか、サロスはどうしても思い出せなかった。
だが今見せている体の体質も顔も声の調子もサロスに見せる表情も300年前の彼女だ。
「クルックス……」
剣を下ろし、手を伸ばす。
無闇に近付こうと足を前に出した時。
「……やめろ!私はクルックスじゃない!」
サロス以上に酷い声でクレディンは言った。
黒い欠片を落としながら両の腕を広げる。
すると、中央から円形に炎は拡がり一つのドームを作り上げた。
月明かりを塞ぎ、炎が洞穴を埋め、二人を閉じ込めた。
「クルックスじゃない!!」
彼女が脚を地面に勢いよく突き立てると刻まれたヒビの間から炎が噴き出し、何かを形成し出した。一本の火柱を軸に周りを渦巻く火が四方に伸びていく。まるで手足のように地面に向かって二本、壁に向かって二本伸びていく。
サロスは剣を縦に握り直す。
火は人型に変わった。
フードの中に見た赤い目と瓜二つの目をサロスに向け、体の炎を揺らした。
クレディンは腕を上げ、自身で創った信徒たちに命令を下す。
「やつを殺せ。」




