◎何をもって、
勇者は私の大切な人だ。
困っている人を見かければ手を差し伸べ、悪い奴がいれば全力で成敗する。
彼らは私にとって生きる希望だ。
誰一人として見捨てることはなく、たとえ、自分のいのちを失うとしても、勇者である彼らは迷わず立ち向かっていく。
私はそんな"勇者"になりたい。
「……アンバー!前!」
意識外からサロスの声で名前を呼ばれ、気を取り直し、焦点が合う。
突然目の前に現れた一本の太い枝。
アンバーは身を屈め、なんとか首を持ってかれずに済んだ。
「あいつから目を離すなよ!」
サロスからの注意と命令にアンバーは厳戒に返事する。
目を据え、黒尽くめの逃げて行く人を確認し、土を散らして走った。奴は右に左に、木と木の間を縫っていく。
その時、奴とあるものが重なった。
「この道、魔粒子を辿ってます。」
「なんだって?」
「火の魔法の痕跡があるんです。」
ここ数日で火の魔法を使ったのは奴らしかいない。
つまり、逃げるあいつはレスレク団員の一人だろう。
「だが、なんの目的で俺たちの前を通った。」
サロスの脳内で気味の悪い謎が横切った。
蛇行したフードを追い続け、やがては洞窟の中へ入って行ってしまった。
三人とも迷わず追いかける。
しかし、その先にフードの姿はなかった。
「嘘でしょ。あの人影どこに。」
コアが吐き捨てた声は洞窟に溶け込んだ。
辺りは石の壁と松明が置かれて、そこそこ明るい。
真ん中には土を盛り上げて作った祭壇のようなもの、洞窟の壁に掛けられた五枚の巨大なタペストリーが一望できるスペースがある。
その五枚のタペストリーの両端に先ほど述べた松明が二本ずつ掛かっており、模様が薄らと見える。
布自体は簡素な赤色をしていて、縁取りも何もない。
ただ中心に、戦ったフードの額に付いていたレスレク団のマークと同じものが縫い込まれているだけ。
火の玉を触手が握りしめている変わったマーク。
サロスはタペストリーの一枚に近付き軽く触ってみた。
質感は布というより板に近く、めくるにも10メートルほどあるこの大きさでは重くて一人では不可能だろう。
それ以外に抜け穴らしいものは見当たらない。
「あいつはどこに行ったんだ。」
サロスも言わずにはいられない。
「ねぇ。このタペストリーを燃やしてみようよ。」
コアは唐突に物騒なことを提案してみせた。
とは言っても他にできそうなことはないので試してみることに。
「私がやります。」
アンバーは確固として言うと、背中の矢筒から矢を取り出し、弓の弦に合わせた。
松明はタペストリーのそばにあるとは言えど矢で当てた程度では引火させられない。
しかし、アンバーは一点に鏃を向ける。
弦を引いた手を放し、矢は彼女の狙い通りに進む。
松明を支える金属の器に跳ね返り別の松明へ。
斜めに飛んでいく矢は壁と寸前のところを擦り、壁の松明の火を運んでタペストリーに突き刺さった。
すると、タペストリーは燃え上がり、コアは両腕を挙げ、何かを叫んだ。
おそらくはこの達人技への感想だろうとサロスは軽く受け流す。
タペストリーはやがて灰となり裏側を見せた。
「……空洞?」
そこに入るも、行き止まりはすぐで、結局何も見つからなかった。
いわゆるハズレだろう。
「他のも燃やしてみましょう。」
「いや、待て。」
急かすアンバーをサロスが止めた。
「松明に燃えるタペストリー。それが正解だったとして、あいつはどうやって燃やすことなく消えたんだ。」
そう警戒するサロスは祭壇から飛び降りる。
目を引く壁のタペストリーから離れ、反対に祭壇本体に目を向ける。
ぐるりと周ってみると、灯されていない松明二本の間に小さいタペストリーが掛けられていた。
目立たないようにと黒一色でマークすら無い。
更にこの小さいタペストリーであれば、一人でも捲れる。
「二人とも来てくれ!」
サロスの呼び声にコアとアンバーも祭壇を降り、怪しい小さい布のところに。
唾を呑み、タペストリーを下から上に捲り上げる。
「階段だ!」
やっぱりコアが誰よりも早く叫ぶ。
タペストリーの大きさそのままを模ったトンネルの中、暗闇へ続く下る階段が現れた。
それを見るなりアンバーの顔は心配、不安を露わにした。
だが、そんな些細な変化にサロスたちが気付くことはなかった。
「よし、行くぞ。」
サロスを先頭に地下へと進んで行く。
等間隔に松明が左手側、壁に配置されている。
一段一段を降りていく度に顔の半分が照らされ、暗くなり、また照らされる。
時に火の粉が顔を掠めるので片目を閉じた。
階段の幅は二人が余裕を持って通れる、三人は肩を擦ってしまうほどのもので、洞窟内の石をそのまま削った空間のために炎の熱も籠っている。
サロスたちの足音がいよいよ響かなくなってきた。
つまり、開けた場所に出るということ。
サロスは腰の剣に手を伸ばし、コアも姿勢を低く構える。
暖色が鼠色の石床にぼんやりと現れているのが見えた。
そうして、最後の段を降り、
到着した場所はーー。
「これは、また祭壇……か?」
サロスが首を傾げて言った。
と言うのも彼らの目の前にあるのは、祭壇というには質素であったからである。
石壁に数千年前にチョークで殴るように描かれた不気味な絵、その元に蝋燭と魔物の牙や蹄が並べられている。
その一面、一つの石壁の面のみに装飾が為されており、他には何もない。
強いて、歩く足で削られ、粗くも作られた雑な道が奥に続いているのみである。
思うにここはレスレク団員にとっての廊下なのだろう。
団員はここを通り不気味な絵に礼やら手を合わせるなどして奥の部屋に進む。
ここまで追いかけてきた人影もきっとここを通ったに違いない。
なら、この道は本丸に続いている、正しい道だ。
「先に進むぞ。」
サロスが先を急ごうと呼びかけるも、コアがつぶやいた。
「この絵が魔王なの。」
肯定でも否定でもない、コアの背丈の倍以上に広く大きく描かれた絵を見つめて、震えた声が返ってきた。
火の核から火先に従って赤から紫色へと変色している炎の周りをタコやイカのような吸盤が張り付いた触手が二重、三重に巻いている。
その火からは血生臭い匂いが放たれ、加えて触手には、勇者のものだと思われる千切れた首や腕、点々と飾られたような目玉や耳、口が符着している。
「これは魔王じゃない。」
サロスが怯えるコアに言う。
「実物はもっと優しいもんさ。そもそも魔王を信仰してる奴らが描いた絵なんだ。誇張してるに決まってるだろ。」
「そう……なんだ。」
「ああ。」
笑顔で答える。
「さあ、行こう。」
アンバーにも聞こえるようそれなりの声量で促した。
二人の表情が柔らかくなり、サロスも満足気……ではいられない。
300年前に感じたあの恐怖、そのものを思い起こされたのだから。
粗削りの石壁に出てけ、と言われているような圧迫感に苛まれながら、三人は進む。
ノビリス国の平和を脅かしたレスレク団を壊滅させるため、止まる訳にはいかない。
しかし惜しいかな。
胸の内でそう考えるのは三人の中に一人しかいないのだから。
一本の廊下を歩く。
長くもなく短くもない適当な長さ。
けれども、重い空気が漂う居心地の悪い道。
踵を返したい気持ちを抑え、顔を歪め出す頃、新たな部屋に着いた。
「ここはっ……!」
口走るコアの口を塞ぎ、近くの物陰に引き寄せた。
サロスは唇に人差し指を立て、歯の間から息を吐く。
「見張りがいる。」
「五、六人程度ですね。」
数字に反応し、コアがサロスの手を引き剥がす。
「ならさっさとやっつけようよ。」
「いやダメだ。」
サロスからの反対意見に間髪入れず、コアは小声ながらに大きく、理由を求めた。
「どうしてさ。」
「こういうのはトップの奴を倒せば収まるんだよ。」
「でも、若町長さんと約束したのはレスレク団の壊滅でしょ。」
「だから、団長を捕まえれば実質、壊滅するだろ。」
「それでも!こいつらはノビリスの町を焼いたんだよ!何の罰も無いなんて許せないじゃないか!」
サロスの言い分に納得できないコアは声量を上げて抗議する。
「おい!出て来い!そこに隠れている奴!」
ともあれば、巡回中のフードに気付かれてしまった。
「僕がやる。」
待て、と引き止めようと手を伸ばすもコアの腕に届かなかった。
この空間に置かれた謎の四角い岩からフードに姿を見せる。
矢をこちらに構える二人と槍を持ち、ジリジリと迫ってくるのが三人。
彼らの背後にある、部屋の中央、火に巻き付いた触手の彫像が松明の灯りを妨げていた。
コアは右手に力を込めて、稲妻が散る電気の球体を作る。
にじり寄るフードたちはそれを見るなり代わりにと二本の矢がコアの頭を狙って放たれた。
ただしコアは至って冷静に、目を瞑ったまま手の平を差し出し、球体を奴らの方へ向ける。
一本は眉間を狙い、一本は首元。
その時、矢が球体を通り過ぎる直前、球体から伸びた稲妻が矢を引き裂き、灰へと変えた。
フードたち五人はコアの足元に降り落ちる灰から脚を伝い、体、顔へとゆっくりと視線を移していく。
瞼が開き、フードを睨むコアの目。
両手を力強く構え、一瞬にして電気を帯びさせる。
コアは叫びながら小石を散らしてフード達に襲いかかった。
「あのバカっ。」
サロスは物陰に隠れたまま、コアを罵った。
「助けないんですか?」
「あんな奴知るか。」
アンバーが聞くがサロスは聴く耳を持たない。
そんな反応もどこ吹く風のコアは電気を操作しロープ状のものを作成。
鞭のように振り回し、槍を持つフードを寄せ付けない。
次期に次の矢が放たれる。
コアは電気の鞭を前方、槍のフードの足元に打ち隙を作り、二人の狙撃手へ駆け寄った。
頭の中に流れる怒りを孕んだ電流が体に電気を流す、必中必死の技を構えさせる。
コアの右手は稲妻を散らしている。
その一筋一筋には実際に経験した炎の地獄が宿っている。
考えれば考えるほど、焼け爛れた肌も、木炭となった家にこびりつく垂れる血も、鮮明になって、コアの瞳孔が針の先端のように小さくなってゆく。
電気は雷に、雷は豪雷に。
電圧が上がっていく。
純粋な黄色いエネルギーが先端に連れて青白く変色する。
右手から右腕に、纏う範囲が広くなる。
フードの矢が一本放たれた。
矢はコアの顔目掛けて飛んだのに、コアは攻撃しているわけでもないのに、稲妻が矢に伸びた。
矢に一筋の稲妻が触れた時、矢は瞬く間にひび割れ砕け散った。
「許さない。」
コアの一言は鮮烈にフードに、レスレク団に向けて、殺意を放った。
その時、サロスがコアを押し倒した。
コアの集中が途切れたため電気は威力を失い空気中に霧散した。
コアは地面を叩いて起き上がり、サロスを突き飛ばす。
「なんなんだよ!!」
負けじと近寄り、声を荒げる。
「バカっ!あんな火力で人に流したら死ぬだろ!」
「殺すためにやってるんだから当たり前でしょ!」
爪を突き刺すくらいに肩を掴み、コアの目を真っ直ぐ見る。
「お前は勇者だ!!……人殺しじゃない。」
「……」
コアの口は塞がった。
そんな気まずさは関係なしにフードたちは二人に襲い掛かる。
槍を持つフード三人衆はコアを背後にするサロスを狙って矛先を突き立てた。
柄に手を伸ばし、鞘に収められたままの剣を抜く。
誰も傷つけさせまいと丈夫な合板で補強された鞘の切先は横一閃の風を飛ばすと、一方向から来るフードはまとめて風に押され、石床に転がり込んだ。
「そこで頭を冷やせ。」
肩から顔を覗かせるもコアの目を見ず、サロスは言った。
落とした腰の前で剣を掴み、立ち上がるフードたちを睨む。
「アンバー!援護を頼む。」
急に言われたもんだから彼女の返事は詰まってしまった。
槍を、弓を拾い、攻撃態勢は整った。
「くれぐれも、殺すなよ。」
固く誓われた文言と共に、サロスは地面を蹴る。
先手を取ったのは……フードたち。
まず一人、純粋に槍をこちらに向かって正面に突いた。
サロスの左肩を掠め、槍が背中をなぞる。
体の慣性を足で止め、剣の柄を掴み直し、相手の腹を目掛けて鈍重な鞘を振る。
フードの中の暗闇から人間の口が現れた。
体を折り、唾を吐き、床を舐める。
ただすかさず、また一人のフードが槍で突いてきた。
サロスの左側から腹を抉ろうと近づく槍先。
しかし、それよりも早くサロスは体を回転、体勢を立て直し、剣を振り上げた。
槍を打ち上げられ、軌道は大きく逸れる。
そして振り上げられた剣をフードのうなじに向かって振り下ろし、フードは鈍い音ともに地面に倒れた。
続けて、三人目は槍を突かず、上から下に振る。
サロスの剣は水平に構え、相手の衝撃を受け止め、斜めに構え直し、意表を突いた。
剣の鞘を滑り、槍は地面を叩く。
槍の先を足で押さえ、サロスは駆け上がった。
まるで伸縮性のあるベッドの上を飛び跳ねるが如くフードを飛び越える。
着地したと同時、サロスは左から右、剣を両手で振るい、相手の背骨を打った。
終わったと思った次の瞬間、一本の矢がサロスに迫る。
「勇者様!」
アンバーがそう叫ぶよりも前に、サロスの白い鞘が矢を防いだ。
鞘の木目を裂いて、突き刺さったそれからはまだサロスの頭を貫かんとする意志すら感じる。
サロスは鞘から矢を抜き、弓を構えるフードの距離を詰めた。
「はぁっっ!!」
風の魔法で高く跳び上がり、剣を石床に突き立てる。
石に鞘付きの剣を刺すことはできない。
であるが、纏わせた風を床に流すことはできる。
二人のフードの間に跪くサロスを中心に下から暴風が起こった。
サロスのマフラーが天井へと伸び、両方のフードは体を浮かし、構えた弓も矢も手放す。
反対にアンバーの弓の上には二本の矢が乗る。
けれどもその矢が放たれることはなかった。
身を浮かべるフードを洞窟の壁に叩きつけたのは細くも強靭な一筋の電気。
弦を緩め、矢を戻すアンバーと床から剣を離すサロスの視線はコアの方へと動く。
「ちゃんと……威力は調整したよ。」
一瞬目線がサロスから離れて戻った。
「ああ。分かってる。」
噛み締めるように言い、そのまま続ける。
「急ぐぞ。バレるのも時間の問題だからな。」
コアとアンバーも頷き、奥への道を走って行った。
それから次から次へとブロックに分けられた一室を通り抜けていく。
武器庫か、集会場か、はたまた道を交差させるためだけの部屋か、そんな用途不明の部屋の中、フードたちを捌きつつ進んで行った。
しかし、ここは相手の庭。
先回りされ袋小路。来た道を除き、左右に加え前からフードたちが隊を成してやって来た。
コアがサロスを急かし、アンバーも右往左往と何も言えない。
であるが何も言わずにサロスは剣を抜くと、背後に構え、体を捻り、腰を落とした。
ざっと数えただけで二十人近くのフードが三人の周りに集まって来ている。
加えてトンネルの暗闇の中にも赤い眼が点々と連なり、相手の数など把握し切れない。
コアはサロスの名前を連呼し、アンバーは弓の弦を引く。
フードがサロス、コア、アンバーを囲んだ。
フードは何重にも重なっているため、アンバーの矢では倒し切れず、コアの電気も水が無ければ感電させることもできない。
正に絶体絶命。
その時だった。
サロスが叫ぶ。
「伏せろ!」
旋風を巻いた剣は一周。
円状の風を生み出し、フードをドミノのように押し倒した。
「今のうちだっ!」
うつ伏せになったフードの背中の上を踏み、正面、最奥を目指す。
「サロス!アンバー!扉があるよ!」
コアが目の前を指差しながらそう言った。
暗い廊下の先、松明さえも弱々しく頼りないが、枝分かれした細道もない。
ただ鉄製の鈍い扉があるのみ。
試しにコアが押すもまるでびくともしない。
ひんやりとした手からの感覚とは裏腹に扉の端々は凍っている。
そこでサロスはコアを扉から退かし、右肩を向けて突進した。
ところがゴンッと鉄の扉が嘲るような音を出すだけに留まる。
サロスが肩を摩り、腕を組むのを見たコアは先走って電気を腕に溜め始めた。
サロスはそれを見るなり、組んだ腕を解いてコアの前に突き出した。
「ダメだ!鉄の板を吹き飛ばせるほどの電気をお前はまだ使えない!」
「でも!他に方法はないでしょ!」
言い争ってる場合ではない。
二人共に分かっているはずが私情に流された。
急がなければフードに次期に追いつかれてしまうだろう。
そうなれば、行き止まりのこの状況、逃げる隙すら見つけることも生むこともできない。
「私が溶かします。」
と、地下に入ってからほとんど一言も発さなかなかったアンバーが二人の間に割って入った。
突然だったのもあり、サロスとコアは激しい口ぶりを止め、アンバーに言う。
「アンバーって魔法が使えるの?」
「ごめんなさい!今まで黙ってて。」
腰を折って謝る姿に下るがコアは質問を重ねた。
「どうして言わなかったの?」
「それは……」
口を噤み続く言葉はアンバーの喉を戻る。
眉間に皺を寄せ、その後は?と言うように口を尖らせるコアの前にサロスが入った。
「まあまあ。打開策ができたんだ。あとで話して貰おうじゃないか。」
不服であるがこれ以上はコアも聞かなかった。
調子を取り戻したサロスにより、アンバーは小声で呪文を唱え始める。
「紅き魔導よ。我の言伝を届けたまえ。我が手指にその火を灯せ。」
言い終わったと同時、アンバーの手に人魂のような火がうねって現れた。
「二人は後方をお願いします。」
扉の蝶番に付いた氷を溶かし、手を近付ける。
トンネルの中、砂利音が段々と増えて響いてきていた。
「フードが起き始めたな。アンバー早く!」
サロスの手が剣の柄に伸びる。
「はい!」
力んだ右手に更に力を込め、火力を上げた。
すると、パキッ。
一つ目の蝶番を凍らせていた氷が割れた。
もう一つを溶かせば後は力技で開けられるはず。
「サロス。赤い眼が……」
コアの不安を孕んだ言葉にアンバーの火は勢いを増す。
音は大きく、奴らの輪郭も鮮明になってきた。
革製のベルトに鞘の形を残したまま剣が抜かれる。
「アンバー!!」
「はい!!」
歯を軋ませ腕を支え炎を出し続け、ようやく氷が割れた。
「割れました!!」
よし、と言って剣をしまい助走をつけてまた扉に突撃。
扉を囲む氷にヒビが入った。
「コア!押せっ!!」
右腕を盾のようにして扉に当て、サロスとの掛け声で地面を踏み締める。
「押せっー!!」
氷の亀裂がゆっくりと伸びていく。
アンバーは腕を抱え背後に振り返ると狭いトンネルを肩を擦らせながら通ってこちらに向かってくるフードたち。
「コアっー!!押せっ!!!」
「分かってるっ!!」
「手伝いますっ!!」
アンバーが扉に体当たり。
衝撃で亀裂は一気に進む。
フードたちは狭い道を無理に通ろうとし、つっかえた。
それでも赤く光る眼だけの顔を上下左右に振り、つっかえを取ろうとしている。
扉はまだ開かない。
余程この扉は使われていないということだろう。きっと碌なものは中には無いだろう。
しかし、今進める道はここしか無い。
三人は息を合わせ、いきみ声を上げる。
「「開けーっ!!」」
扉の向こう、大きな氷塊が砕けた。
少しの隙間が出来たが人は通れない。
「まだだ!!押し続けろっ!!」
サロスの声にフードが応えた。
フードの壁となった真ん中で身を捩り、仲間の顔を掴んで上半身だけ脱出。
もう片方の腕をサロスへと。
「サロス!あいつら来てる!」
その様子をコアが叫んだ。
「だからっ!押せっ!!」
右肩左手を扉につけ、砂利に足を動かされるもの踏み止まって押し続ける。
仲間の顔を掴んで自身を押し出す。
顔が力に耐え切れず首を捻るもフードは気にも止めず、無口で壁を抜けようとしている。
「押せっ!でなきゃあいつらに生き埋めにされるっ!」
アンバーもコアも顔を赤く染め上げ、咆哮する。
「行けっー!!」
「開けっー!!」
けれどもその心配は……。
フードが壁から飛び出した。
栓が抜かれた酒のように挟まったフードたちはドッとトンネルに溢れ、三人に襲いかかった。
フードの悍ましく開いた手がサロスの首に差し掛かる。
差し掛かった寸前、氷が音を立てて崩れた。
亀裂が枝分かれし氷塊を細々と分解、重かった鉄の扉が暖簾のように軽くなった。
サロスの首と数多のフードの手は離れ、コアが扉を閉じ、頼もしい音が向こう側で鳴っている。
三人の息は上がり、膝に手をつき、身を逸らした。
しばらくして、サロスが言った。
「ここは、」
「どこ?」
コアが結んだ。
現れた部屋は冷凍室。
部屋全体に白い靄がかかり、広さはよく分からない。ただ肌を貫いて感じる。
「さ、寒い。」
コアが両腕を摩りながらそう言った。
確かにとサロスも息を白くして辺りを凝らして見る。
少しずつ、何が冷やされているのかが見えてきた。
「これは……コロヌか?」
天井から吊るされたコロヌ。
体毛も内臓も、何も手につけられていない。
死んだままに吊るされている。
まるで何かに使うかのようにーー。
サロスは小さな声でアンバーに聞いた。
「何か知ってるか?」
「いえ。私は、集めてこいとしか言われてなくて、何に使うとかは……」
深まった謎に共に頭を抱えていると吊るされた魔物を塗って声が聞こえた。
「二人ともこっちに!」
コアが二人を呼び寄せる。
「手帳を見つけたよ。日付と何かの番号みたいなのが振られてる。」
コアが開いたであろう見開き一ページをサロスは覗くように見た。
端的に言えばお小遣い帳と同じ構図。
四角く区切られたマスが縦横、整然と並んでいる。
しかしそこには[10パス:お菓子]などとは書かれていない。
六桁の番号、例を取ると183271から順々に183272、183273と縦に連なり、それら番号の隣に日付が振られている。
日付は綺麗に毎日付けられているわけではなくまちまちで昨日今日と連続するものもあれば十日空いて書かれたものと決まった法則は無さそう。
「この番号。さっき見た気が……」
サロスはそう呟き、扉近くで吊るされているコロヌを調べる。
案外時間もかからず番号の書かれたタグが見つかった。
耳にピアスの如く垂れていた。
「なら、これはここで冷凍保存している物の管理書ってことかな。」
だが違和感が拭えない。
「でも、この日付は何。」
「日付が書かれたものと書かれてないものを比べてみましょう。」
開いてあるページから二つの番号を選んだ。
183281と183276。
281には日付があり、276には無い。
三人で手分けして探す。
コロヌは列を為して吊るされている。
その列は全部で八列あり、縦に何個ほど吊るせるかは分からないが、ヤマカンで十個は吊るせるだろう。
183273。
183274。
183275。
183277。
「……無いな。」
サロスが言った。
「こっちに276番ありました!」
アンバーが乾燥した冷凍室中に響かせた。
「どうやら、これに書かれているのは何かに使ったコロヌと使った日を記してあるんだな。」
「……コロヌだけじゃない。」
ふとコアが漏らす。
「何言ってるんだ。」
サロスがコアに近づき、そう聞いた。
コアは黙って指を指した。
その指の先にはーー。
"人間"が吊るされていた。
首を釣り針のようなフックに突き刺され、手も足もぷらぷらと垂らしている。
コアの目から光は消えていた。
サロスはその人間に寄って、吊るしから降ろす。
「おい!大丈夫か!」
だが応えない。
降ろす時点で肌に触れ、体温も脈も虚無。
この人は完全に息途絶えていることが分かった。
案の定、驚くこともない。
「こ、この人の耳にもあの番号があるってことはあの手記の中のどれかにも人間が……」
コアは言った。
そんな想像を口にした。
「何に、使ったんだ……」
「それはじきに分かりますよ。」
首に何かを刺された。
途端に眠くなる。
体が鉛になったかのように重く、持ち上がらない。重力にされるがまま氷の欠片が転がる床に倒れた。
「コア……逃げろ……」
口を動かせたのか、しっかり声に出せたのか、薄れゆく意識の中、不安と焦燥に駆られ……瞼を閉じた。




