090 わたくし殿下とスラムへ参りましたわ
本日二度目の更新です。お昼に一度更新していますので、まだの方はそちらから先にご覧ください。
王都周辺のスラムについて語る前に、王都について改めて解説しよう。
王都は王城を中心とした円形の街で、王城の周囲に貴族街、そのさらに外が通常の居住地域となっている。
王都を囲う外壁は20mと非常に高く、6箇所に埋め込まれた魔道具によって上空に展開された障壁魔法によって魔物の進入を防いでいる。
防壁魔法も展開できれば最善なのだろうけど、そうすると空気も入り込まない密閉空間になってしまう。魔導師ならその辺は適宜調整できるけれど、魔道具となるとそうもいかないのだ。
さて、この堅牢な王都へ入るには非常に高い通行料がかかる。その額十万ジェム。
これは国外から来た冒険者などの流れ者にとっては身分証明も兼ねていて、要するにお金には困っていないので、街の中でそういういざこざは起こしませんよという証明だ。
とはいえ王国民なら払わなくていいのかというとそんなことはなく、ではお金を払えず、けれど王都周辺に用事がある人はどうすればいいのかというと。
「このように、外壁にそってテントを張るわけだ」
「テント、というにはいささか立派すぎないかしら」
「というか、多すぎませんか?」
僕らがやってきた王都外周の、お金が払えず中に入れない人が寝泊りしている辺り。通称スラムは、なんというか、本当にスラム街というべき姿をしていた。
殿下はテントと言っていたが、明らかに建物が建っている。
もちろんテントもある。あるのだが、それも建物の隙間を縫うように、あるいは建物を利用して結構しっかりと張ってあった。
なんか露天のようなものまであるし、子供達が楽しげに走り回っている。
最初はキャンプ地のようなものを想像していたのだが、これでは本当にひとつの街だ。
衣服などは多少ぼろく見えるし、痩せている人が多いようだけれど。
「最近、何人かの領主が殺されたんだけど、知っていたかい?」
「え、と。お兄様のことですの? それとも元グラスリーフ卿かしら」
「……うん。その反応だと本当に知らないようだ、安心したよ」
何でも、奴隷推進派の貴族が数人殺されたらしい。
それも暗殺などではなく、正面から反旗を翻した平民達によってだ。
ありえない、とまでは言わないものの、無理ゲーに近い難易度を成し遂げた領地が複数ある事に驚きを隠せない。
まず平民は魔法を使えない。使える平民は騎士などに取り立てられ、貴族側につくからだ。そのおいしい立場を捨ててまで、勝算の無い反乱に手を貸すものがいるとも思えない。
貴族側は自前の騎士団を持っているし、魔導師もいるだろう。当然貴族本人も魔導師で、魔導騎士ほどではなくとも防壁魔法を展開できる。だから不意を突くことに成功しても、増援が到着するまで持ちこたえられる可能性が非常に高い。
さらに言えば、仮に成功したとして、そのまま普通に暮らせるかと言えば否だ。
貴族を殺して領地を奪えば、当然他の貴族から狙われるし、そうでなくても無視される。このグリエンドは国内に多くの迷宮を抱える危険地帯だ。国境をを越えてくる行商人すらほぼ居ない状況で、他の領地から相手にされなければ緩やかに死ぬしかない。
一箇所成功したとしても、それを知ったほかの領主は警戒を強めるだろう。だというのに複数の領主が殺された? いったい何故、どうやって?
「そう、疑問は尽きないね。そもそもそんな愚かなこと、誰が唆したのやら」
「その領地は、現在どうなっていますの? もう兵を差し向けたのかしら」
彼らにどんな事情があったのかは知らないが、貴族の領地は国王陛下から下賜され、管理を任されたものだ。つまり、領主が領地というお店の雇われ店長だとしたら、国王陛下がオーナーだ。そこへ強盗がやってきたら、当然警察を呼ぶだろう。
まぁ、この場合の警察は騎士団とか、魔導騎士になるんだけど。
「していない、というかする必要が無い。その領地は全て滅びた」
「……滅びた? どういうことですの?」
「魔物、でしょうか?」
「イリスちゃんが正解。私達にとっては当たり前すぎて、思い至らないかもしれないね。そう、貴族が、正確には魔導師が領主をしているのは何故か? それはこのグリエンドが他国と違い魔物の蔓延るお国柄だからさ」
「あぁ、なるほど」
貴族が好き勝手やれるのは、同時に領地を守っているからだ。
ご存知の通り、魔法が使えない身ではゴブリン相手にさえ命の危険が有り、ゴブリンキングが相手ともなれば騎士団でさえ壊滅しかねない。騎士団長クラスならなんとかなるかもしれないが。
一方魔導師なら? ゴブリンキングとなればさすがに危険はあるだろうけど、ゴブリン程度なら範囲魔法で一掃して終了だ。
では、貴族を殺すことに成功したとはいえ、平民であればどうだろうか?
平民というと色々含まれるので、ここは反乱軍と呼称しよう。その反乱軍に騎士団長クラスの猛者がそう居るとは思えない。当然魔導騎士クラスなんて皆無だろうし、魔導師だっていないはずだ。
正解は、ゴブリンの群れだけで滅ぼせる。
「考えてみれば、ヴォイドレックスが平然と闊歩してるようなところですものね」
ちなみにヴォイドレックスの危険度はランクD。実はゴブリンキングと一緒だ。冒険者ギルドのランクは基本的に冒険者向け、つまりある程度以上のランクではPTを組んでいる前提なので、PT内に魔導師がひとりくらいは居る想定だ。
その場合だと武器に魔法を付与する事もできるので、ゴブリンキング、というか魔物相手に魔法なしで戦うなんて想定していないんだろう。
個人的にはヴォイドレックスは最早お肉にしか見えないので、納得しがたいものがあるが。
「さて、領民に反乱されるような領主が打たれ、そしてそんな領主だから部下の忠誠心もなく、兵たちは他の領地へ報告という名の脱出をしてしまった。それはそうだ。騎士である彼らとて貴族の端くれなのだから、誰ともしれない平民の下になんてつきたくない。そして領地は魔物に襲われて滅んでしまったわけだけど、領民が全滅したわけもなく」
「それで、ここへ逃げてきたはいいけれど、お金も無く、頼れる相手も無く、中に入れずというわけですのね」
「少し、可哀想ですね」
イリスの気持ちはわかるが、この人数を中に入れてしまえばどうなるかわかったものじゃない。
それに王都内の仕事は限られている。店を出すにしても厳しい規則があるし、できる仕事といえば冒険者くらいか?
「さて、暗い話をもっと暗くしようじゃないか、クリスタ嬢。ここには女子供は元よりそこそこ男もいる。けれど庇護する領主も騎士団もなく、王都からも半ば見捨てられている彼ら。格好の獲物だと思わないかい?」
「そこで闇奴隷と繋がりますのね」
「そういうこと。さ、情報収集と行こうか」
「いえ殿下が先はまずいですから。イリス、先をお願いしますわね」
「はい、クリスタさま」
とっとこ先へ行こうとする殿下を制してイリスに行ってもらう。僕らはその後ろを歩く形だ。
ぱっと身背の低い美少女の後ろを背の高い男性(のような殿下)と背の高めの女性(のような僕)が歩くという、まぁややこしいけど情けない絵づらになる。
しかしいくら貴種とはいえこの国の王子と侯爵令嬢が真っ先に突き進み、その後ろを奴隷が歩くでは地位とか立場とかめちゃくちゃになってしまうし、なによりイリスが一番荒事慣れしているからこれでいい。
さて、情報収集しようと意気込んでみたはいいものの、僕らが向かうと人々はさっと姿を隠してしまう。視線は感じるから見てはいるようだけど。
「失敗したなぁ、せめて着替えてくるべきだった」
「学園の制服だけでも目立ちますのに、王族の白ですものね」
「そういう君は……なんで黒なんだい? そんな色なかったよね。あとそのフリル」
「あら、似合ってませんかしら?」
「とっても似合ってるよ! イリスちゃんとお揃いなのも可愛いね!」
「あ、ありがとうございます、マリウス殿下」
こんな感じでわいわい進んでいるけれど、情報は何も集まらない。聞くべき相手が逃げるんじゃどうしようもない。
そんな中、僕らを見ても逃げない相手を見つけた。他のスラムの住民に比べて身なりがよく、背格好もがっしりとしている中年の男性、まぁおっさんだ。幸いな事に茶色の髪はまだ薄くない。
「おや、貴方は逃げないのですね」
「これはこれは、はじめまして。王族の方と、貴族の方とお見受けします。わたくしクリフと申すものです」
わたくしといっても僕みたいな女性口調ではなく、あくまでも礼儀としての口調って感じだ。テントと商品を並べた机と、この人は商人かな。
「私はマリウスという。後ろの二人は……なに、ただの護衛だと思ってくれればいい」
「お会いできて光栄ですマリウス殿下。して、わたくしなどに何用でございましょうか?」
恐らく僕らの紹介をはぶいたのはブリューナクの名を出さないためだろう。
王子とバレている時点で色々アレだけど、ブリューナクは闇奴隷を扱う者に対しては苛烈な制裁を加える。奴隷を管理しているブリューナク家にとって、闇奴隷は存在そのものが顔に泥を塗りたくってきていると言っても過言ではないからだ。
そうなると、平民に優しい王子なら大丈夫だろうと出される情報でも、侯爵家がいるならまずいと秘密にされる可能性が高い。
王族より恐れられる侯爵家ってどうなんだと思わなくも無いが、そういう家でそういうお国柄なのだからと諦めよう。
「闇奴隷ですか。そうですね、たしかにこのスラムでも人が消えることはよくあります。ですがそれが攫われたのか。いえ、攫われたにしても闇奴隷としてとなると、どうかわかりませんな」
このクリフという男性、なんでも国外から来た流れの商人らしい。
冒険者にかなり護衛料を払ったらしいが、グリエンドは多くの魔石、魔獣の素材であふれているので、それを国へ持ち帰れば簡単に元手は帰ってくるらしい。それでも護衛が居て尚危険な道程なので、本当に来る商人は稀なんだけど。この人自身も相当鍛えてそうだな。
「闇奴隷以外で攫われるとは、どういうことでしょうか?」
にしても殿下、本当に平民を対等に扱ってるんだな。王族が流れの商人相手に敬語って。
「いえね、ここは城壁もなく、ろくな魔導師もいない。ってなると当然」
「うわああああああっ!?」
「!?」
タイミングを見計らったように聞こえた悲鳴を皮切りに、次々と上がる叫び。
そしてこんなに居たのかと驚くほどの人が同じ方向から外壁へ向かって掛けてくる。
「まぁ、来るわけですよ、魔獣が」
「言っている場合か! 行くぞ、二人とも!」
「え、本気ですの!?」
「あ、お待ちくださいマリウス殿下!」
逃げる人の流れから逆走していく殿下を追って僕とイリスも駆け出す。
なんで王族がって思うけど、そもそも父親が聖獅子の始祖らしいし? 弟なんか魔導騎士科に紛れ込んでるらしいし? ここまでくると実は妹説もあるけど、そんな王族に今更驚いても仕方ない。
たどり着いた先には、巨大な魔獣が居た。
体高だけなら1mに満たないだろう。しかし全長は6mを超える巨大なサソリだ。尾は曲がってるから正確な長さがわからないな。
青黒く硬質な外骨格は真っ当な虫のものではなく、鉱石に近いと感じる。異様にトゲトゲしていて、中々厨ニ心をくすぐられるデザインをしていた。全身これ鋭利な刃って感じだ。
僕も近くに行ってマジマジと見てみたいものだ。
そう、それがサソリの群れでさえなければ。
「あれは」
「あれは回転サソリです! 巨大な鋏と猛毒の尾も脅威ですが、最たる武器はその全身を丸め球状になってからの《加速》の魔法による突撃です!」
「詳しいですわねイリス」
「って前にヨハンくんが言ってました!」
さんきゅーヨハンくん! ここに居ないのに活躍してくれるそんな立場に憧れる!
「どうやら、少し遅かったみたいだ」
「はい、誰か戦っていますね」
ほう、そうなのか。僕の目ではまったくわからない。
というのもあの回転サソリ、先の説明どおり7匹くらいが同時に回転アタックを繰り広げているせいで、目の前は自動車が縦横無尽に爆走しているような状況だ。
しかも《加速》の魔法を使うことで直角カーブやら急旋回やらしまくりで、中には尻尾を使って上空へ撥ねてから真下へ《加速》で急降下アタックなんて真似をしているやつまでいる。
断言しよう、僕があそこへ飛び込んだら死ぬ。間違いなく死ぬ。技術でどうこうとかいうレベルじゃない。頼みの《肉を切り刻むもの》もあの外郭では弾かれるだろう。
そんな中で戦っている人がいるという。
「一体誰が」
サソリの内一匹が弾き飛ばされ、僕らから2mほどの近距離へと落ちてくる。
さすがにこれは見えていたけど、避けるまでもないので観察していた。
このサソリ、頭がない。正確にあったはずの場所がえぐりとられ、手足がじたばたと痙攣している。
虫はこの程度じゃ死んだりしない。いずれ食事を取れないことで餓死するだろうけど、魔獣となると回復魔法を使う可能性もある。脳が無いから大丈夫? そんな常識にとらわれてはいけない。魔物なんて魔力体だから内蔵が一切ないんだぞ。
というわけでさっくりと止めを刺しておく。
《肉を切り刻むもの》を軽く投げてミンチの出来上がりだ。
外骨格ならはじかれただろうけど、頭があった場所は肉がむき出しなので刻み放題だった。
「な、なかなかエグい事をするね、クリスタ嬢」
「え?」
「ご安心くださいマリウス殿下、直になれます」
「ちょっと?」
なんだか不本意な評価を下されている間にも、サソリたちはどんどんバラバラにされていく。
あ、いや、僕がしてるんじゃなくて、戦っている誰かがだ。
どうやら僕がトドメを刺したのを見ていたらしく、頭だけではダメだと理解したのか執拗にバラしている。
サソリも最後の一匹となり、僕でも戦っている人が誰かわかるようになった。
いや、あれは人、なのだろうか?
その誰かはよく見る、けれどよくは知らない人物だった。
魔導騎士科第九席、ナターシャ。
彼女は異形の六腕を用いて最後のサソリを解体した。
ついに出ました11人目の魔導騎士科!
いや、これが漫画だったらとっくに全員登場してるんですが、小説だとスポットあたらないと名前どころか見た目さえ描写されませんからねぇ。
ちなみに名前さえ出ていないクラスメイトはあと4人!




