089 わたくし王子様の秘密を知ってしまいましたわ
沈黙が重い。
突然王子様が女子トイレから出てきたと思ったら、自分は女だと言いはじめた。
なるほど、わけがわからない。
「殿下、実は女性に生まれたかったんですの?」
どうしよう。特に偏見はなかったつもりだけど、実際にそういう人とお話するのは始めてだ。
即刻突き出すつもりだったけど、そうなると話が違う。
自分が女性だと思っているのに男子トイレへ行くというのは非常に辛いだろう。僕だって女子トイレへ入れって言われたら非常に躊躇う。その結果わざわざこんなはずれにある男子トイレへ来ているわけだし。
「そうじゃなくて、本当に私は女なんだ!」
「ええー」
そんなまさか。女装男子と男装女子が偶然同じトイレの前でばったり。しかもそれが侯爵家と王家って、いやいやないない。
「わかった。たしかにこのままでは女子トイレに入り込んでいた変態の言い訳にしかならないだろう。よし!」
そういって殿下は服を脱ぎ始め……よしじゃないが!
「お止めなさいはしたない!!」
「いやだがしかし」
「しかしもかかしもありませんわ! 偉大なる王家の方がこんな場所で素肌を晒すなど、あってはいけません!」
「けれど!」
「お黙りなさい! さっきから見ていればなんですか、この程度で取り乱してみっともないと思わないのですか!」
この時取り乱していたのは殿下だけじゃない、僕もだ。
なぜなら殿下が本当に女性なら、僕も女性だと思ったからこそ服を脱いで見せようとしたわけで。
しかし僕は男なわけで! もし本当に殿下が女性で、何かの弾みで僕の正体が露見したら打ち首獄門待ったなし!!
さらに言えば殿下が男でも、僕は女という事になっているわけで。侯爵令嬢が殿下の裸体を見てしまうのは非常にまずいわけで!
え、お爺さまの指令的にはむしろGOすべき? 知るかああああ!!
「え、あの、なんですかこの状況」
錯乱していた僕はイリスがやってくるその瞬間まで、殿下を正座させて延々とお説教していたのであった。いま考えると恐ろしい。
どうやらイリスは僕の帰りが遅い事に不安を覚え、駆けつけてくれたらしい。
居場所は《隷属の首輪》経由で探知したとの事。この首輪、対ジェイド戦前に色々いじったので最早本来の《隷属の首輪》ではない。もっとも、できたのは機能の付け足しだけで、肝心の解除は無理なんだけど。
「というわけでイリス、殿下の裸を確認してきなさい」
「クリスタさま!?」
「クリスタ嬢!?」
男が見るのがまずくて、侯爵令嬢がみるのもまずいなら下僕に頼めばいいじゃない。
そう考えての発言だった。
「え、あの、待ってくださいクリスタさま、私売られるんですか!?」
「あまり秘密を拡散されても困るんだけどな!?」
「あら?」
状況が錯綜している。何故だ?
……何故だも何も無い、事情の説明を何もしていなかった。いきなり男の裸見て来いとか、sそりゃイリスも勘違いするわ。
そして事情を説明するという事は王子の、いや、さっきから脳内でも殿下って言ってたし殿下でいいや。殿下の秘密をイリスにも教えてしまうことになる。が、もうこうなっては教えてしまっても大して変わらないのではないか?
「ご安心ください殿下。このイリスはわたくしの下僕ですの。わたくしが命じたことには逆らえません。ですからわたくしが秘密を死守しろといえば漏れることはありませんわ」
「なるほど。もし漏れたとしたら、それはクリスタ嬢が漏らしたと同義というわけか」
「ただ、この娘はわたくしのお気に入りですから、例え王族の方であっても裸の男と二人っきりにするつもりはありませんの。ですからもし殿下のお話が場を取り繕うための嘘であれば」
「嘘であれば?」
嘘であればどうするか?
決まっている。僕が悪役令嬢をやっているのはやりたいように生きるためだ。そして自分を守るためでもある。間違いなくいまできる最善手はイリスを頼ることだけど、もしそれでイリスが嫌な目に会うのなら。
「うっかり手が滑ってしまうかもしれませんわ」
「……安心して、というのも変な話だけど、私は嘘をついていないよ。クリスタ=ブリューナク侯爵令嬢」
お前嘘ついててうちのイリスに粗末なもん見せたらぶち殺すぞ。
本当に女だから大丈夫だよ。それにしても侯爵家ともあろう者が王家に大してすごい度胸だね。
意訳するならこんな内容だ。
「あの、結局どういうお話なんですか?」
「実は──」
軽く説明を済ませると、イリスは驚きながらも聞き入れてくれた。
そして殿下と二人でトイレに入っていく。
え? どっちのトイレに入ったか? 女子トイレだよ。
「女性、でした……」
「はい、実はそうなんです」
「まじですの」
僕は座り込んだ。
所謂お嬢様座りで、両手を地面について、完全に項垂れた。
「イリス、この秘密は死守なさい」
「はい、クリスタさま」
と表向きは言いつつ、首輪の強制力は使っていない。イリスなら迂闊に言いふらしたりしないだろうという信頼以上に、首輪の強制力は強すぎるのだ。死守しろなんて命じたら、本当に命を投げ捨ててでも守ろうとしてしまう。
ぶっちゃけこんな秘密よりイリスのほうが大切なのでそんな命令は下せない。もしイリス経由で秘密がばれて、それを殿下に知られたらどうするか?
そんなもの、最悪国外逃亡でもなんでもすればいい。悪役令嬢にはお似合いだ。その時はイリスの両親も拉致らねば。僕の家族は勝手になんとかするだろう。
「それにしても、何故男装などされていますの? グリエンド王家は男系、というわけではありませんわよね?」
「それ以前に、建国以来国王が変わられたことがないはずです。18年前にお子を設けた際は周辺諸国を巻き込む大騒ぎになったと聞いています」
そうだよね。王様人間じゃないらしいし。
寿命が無いなら子供を作る必要が無い。それも相手が人間で、生まれた子供はそのハーフ。神と人の間の子は貴種っていうんだっけ? それで国民や隣国が驚かないほうがおかしい。
「父上が何故子を望まれたのかは私にもわからないが、私が男装している理由は単純だよ」
いったい、どんな秘密があるのだろう。
これ以上踏み込んで聞くのは危険かもしれないが、乗りかかった船だ、聞けることは聞いてしまおう。それに、自分だけで抱えている秘密と言うのは人に話してしまいたくなるものだ。僕だって正体をイリスに告げるか迷っているところだったし、殿下だってそういう気分なのかもしれない。
「私は、女の子が大好きなんだよ!」
「「はい?」」
「いや、勘違いしないでほしいんだが、男が嫌いなわけじゃないんだよ? だがそれ以上に女の子が大好きなんだ! もちろん同姓同士のほうがよりベタベタはできるんだけど、そうじゃなくて、私は女の子からこう、異性へ向ける憧れの視線とかを一身に浴びたくて。……わかる?」
「「いや、同意を求められましても」」
聞くんじゃなかったよ!!
なんだそれ。真剣な悩みかと思いきや、これ男も女もどっちもイケるけど、女の子の方がより好きで、女の子からモテたいんで男装してましたってオチか? そういう事か??
いや待て、という事はまさかこれ……!?
「クリスタさま!?」
「知っていやがりましたわねお爺さま!!」
起き上がりかけていた僕は、再びここでくずおれた。
忘れもしない、お爺さまからの最初の命令。僕がこの学園へ、女装なんかしてやってくる羽目になったあの言葉。
『陛下は殿下に平民の妻をめとらせようとお考えらしい。そこから徐々に貴族と平民の壁を取り払おうとお考えなのだろうが、王族に平民の血を入れるなどありえん。クリスタよ、手段は問わぬ、お前が阻止するのだ』
要するに殿下を女装で篭絡しろって話だったんだけど、そもそも王族、神の血に人間の血が混ざっているという前提を知ってしまえば貴族だろうと平民だろうと関係ないじゃんって気がする。
しかしお爺さまが殿下が男装している女性だと知っているなら意味が変わってくる。
あの王様何を考えたのが女の子好きの王女様に平民の女の子妻にしていいよとか言い出したから、お前女装して篭絡してこい。そうすればお世継ぎも生まれるし殿下も女みたいな夫ができて万々歳だろ。
と、つまりそういう意味だったわけで。
「お爺さま? ああ、ロイル宰相ならたしかに知っているはずだけれど、彼は忠誠心が厚いから家族であっても秘密にしていたのは仕方ないと思うよ?」
「そういう事じゃありませんのよ……」
なんだこの状況。どうするのが正解なんだ。
僕はついさっきまで、いい加減イリスに正体を打ち明けて、何なら魔導騎士科のみんなにも打ち明けてしまおうと、そう決意してたはずなのに。
アリスちゃんの熱に当てられて、僕も真剣に生きようと思い直したところだというのに。
仮に、ここで性別を打ち明けたとしたら……どうなる?
パターンその1
「実はわたくし、いや僕も男なんだ」
「そんな、クリスタさま私達を騙してたんですね!」
「男の分際で女の園に入り込むなど、許せん!」
ずばっ! クリスタは死んだ。
パターンその2
「実は僕男なんだよー女装男子と男装女子で奇遇だね!」
「クリスタさま、男の方だったんですか!? そ、それなのに私あんなべたべたして」
「男の分際で美少女に隷属の首輪つけて同室でいちゃいちゃだと、うらやま、赦せん!」
ずばっ! クリスタは死んだ!
パターンその3
「実はわたくしも男ですのよ、なーんて」
「え、そうだったんですかクリスタさま!?」
「じゃあ服を脱いでみてくれ」
「あ、いや冗談で」
無理やり脱がされその後真っ二つに。無事死亡。
……だめだ、どのパターンでも性別をバラしたら。正確には殿下にバレたら死ぬ。
殿下のことを良く知らないままならそんな心配しなかったけど、さっきの女の子への熱い思いを語る姿を目にしたら、もう駄目だ。
あの真剣な眼差しは推しについて熱く語るオタクと同質のものだった。
「で、殿下? 女の子が好きとのことですが、わたくしやイリスはどう思われます?」
「え、そうだねぇ。イリスちゃんはとても可愛い、というか好みだよ? あ、そんな目しなくても人のものには手を出さないって。私は王族らしく奴隷制度に反対だしね。それでクリスタ嬢だけど。……何故かな、見た目はとても好みのはずなんだけど、なんかこう、たぎらない」
はいアウトーーー!
何がアウトってたぎらないって発言だよね、僕の性別を察してるよね。この美の女神由来の外見が通じないとか本物だよ、もうだめだこの王子!
え、王女だって? いや脳みそは王子だろこいつ、しかもダメな感じの!
よし、逃げよう!
少しでも早くこの王子から離れないとまずい。僕の本能がそう告げている。
「で、ではわたくしたちは用事がありますのでこれで」
「そ、そうですね。それではマリウス殿下。失礼いたします」
「用事って、どこへ行くんだい?」
「え、えぇ。レポートについて少々」
「へぇ、何を調べることにしたんだい? 私は国民の生活水準を上げるための方策なんだが」
いや何言ってるの? 勝負だよ? 勝負のための武器をばらしてどうするんだい殿下!
しかし王族が打ち明けたというのにこちらが何も言わないなんて、出来るはずも無く。
「闇奴隷についで、ですわ。あれはブリューナク侯爵家にとって頭痛の種ですから」
「なるほど。それは国にとっても最悪の存在だ。それなら丁度いい、私の目的地へ一緒に行かないか?」
「「目的地?」」
「ああ。私が国民の生活水準を引き上げるべきだと思ったキッカケであり、現在最も闇奴隷として攫われる国民が多い場所」
殿下はそれまでと違い、真剣な目で告げた。
「王都壁外にある、スラムだよ」
ロイル「いったい何を考えておられるのですか陛下」
国王「え、種族違うのに比べたら大したことないだろ?」
クリスタが女装やめるなんてありえませんよ、作品終わっちゃうじゃないですか、やだー。
あ、新作短編投稿しました。下部にURL置いておくので是非。




