091 わたくしスラムの蜘蛛さんとお会いしましたわ
《加速》によって加速した回転サソリをあっさりと横に交わしたナターシャ。けれど回転サソリはその猛毒の尾を地面へと突き刺すと、攻撃ではなく起動制御へ利用した。水平に動く振り子のようにナターシャへと向き直った回転サソリは再び《加速》を発動、ナターシャ目掛けて急接近する。
対するナターシャは六本の腕でその身体を受け止めると、内二本を使い回転サソリをこじ開けた。
回転サソリはなにも丸い魔獣というわけじゃない。特異な外郭のサソリが、まるでダンゴムシやアルマジロのように丸まっているに過ぎない。
強引にこじ開けられたサソリの柔らかな腹部へと、ナターシャの腕が突き入れられる。
「エ、《刳り貫く》!!」
その二本の腕、正確にはそこから伸びる指が回転サソリもかくやと回転を始め、宣言どおり回転サソリの柔らかな腹部を刳り貫いた。いや、それだけじゃ止まらない。見れば回転しているのは彼女の指、30本全てのようで、受け止められていた外郭さえ徐々に削られ、ついにはバラバラにされてしまった。
この間だいたい5秒ほどだろうか。
僅か5秒といえど戦闘中では長い時間だ。その証拠にこの最後の回転サソリは他に比べて無残な姿になっている。他の回転サソリは群れだったことも有りもっとあっさりと仕留めたんだろう。
「やるじゃありませんの」
「だ、だれ!?」
思わず拍手をする僕に、驚き振り返るナターシャ。
その様子は目の前で残虐ファイトを繰り広げていたのと同一人物とは思えないほど小動物チックで可愛らしいが、腕が6本もある学園生がそう何人もいるとは思えない。
「く、クリスタ=ブリューナク、さま」
「いまはわたくしなんかより、ご挨拶方がいるのではなくて?」
「……?」
わ、わかってないのかこの娘。
必死で横に居る殿下と目の前でぽかんとしているナターシャを交互に見やる。
イリスも同じように必死に合図を飛ばしていた。
「はじめましてナターシャさん、でいいのかな? 私はマリウス=グリエンドという」
「……? ……!? し、失礼いたしました殿下!」
ようやく理解が追いついたナターシャが地面に膝をつき最敬礼を取る。
そう、そうだよ、侯爵令嬢なんかより先にご挨拶しなきゃいけない相手がいるんだよ!
「でも、クリスタさまが先に声をおかけになったからですよね」
「こういうときは部下が先に声を掛けるものですわよ」
実際は知らないが、よくあるじゃないか、偉い人が直接話しちゃいけないーみたいなの。
まぁこの殿下なら大丈夫だと思うけど。
「それで、少々たずねたいことがあるのだが」
「はははは、はい、なんでしょうか殿下かかか」
「……ふむ。それはクリスタ嬢とイリスちゃんに任せるとしようか」
そういって外壁側へと戻っていく殿下に慌てて声を掛ける。
「殿下、どちらへ!?」
「私がしては彼女も緊張してしまうだろう。私はけが人が居ないか見てこよう。スラムの住人といえど、そして領主を裏切った領民たちの仲間であろうと、わが国の民には違いない」
そういうと振り向きもせず手を振って、本当に立ち去ってしまうマリウス殿下。
なんというか、この国の王族って、自由だよなぁ。
「では、事情聴取といきましょうか」
「ひぃっ!?」
「クリスタさま。お顔、お顔が怖いです、笑ってください」
「え? 笑顔ですわよね?」
「それは嘲笑っていうんです」
おかしい、何故だ……。もしかして演技のし過ぎで普通の笑顔ができなくなっているんだろうか。
これはいけない。悪役令嬢はあくまで役であって本来の姿ではない。
「こうかしら」
「まだちょっと、頬をこうですね」
「こう?」
「笑顔が消えました、完全に無表情です、怖いです」
「わかりましたわ、こうですわね!」
「お綺麗ですクリスタさま! 綺麗すぎて何か企んでいそうです!」
「ぷ、ふふ、あはは」
不意に聞こえてきた可愛らしい笑い声は、ナターシャのものだった。
僕とイリスの漫才のようなやりとりに耐え切れなかったらしい。
やっている最中は真剣だったのだけど、改めて状況を見たら回転サソリの遺骸の山のど真ん中でやることではない。
「ふ、ふふ」
「あはは、何やってるんですかね私達。すみませんクリスタさま」
「構いまわせんわ。ナターシャの緊張も解れたようですし、怪我の功名、という事にしておきましょう」
ナターシャ。魔導騎士科第9席。
髪は濃い紫色でおさげ。左目、つまり向かって右側が髪で隠れていて、見える右目は鮮やかなオレンジ色をしている。
全体的に細身、というか細すぎるくらいで、標準サイズの学園制服がだぼついている。ちなみに制服の色は青。
だが最大の特徴はそんなことではない。
「それで、その腕はなにかしら? ああ、責めるつもりはないから、そこは誤解しないでほしいのだけど。たしか授業中の腕は二本だけでしたわよね?」
そう、彼女の腕は二本、普通の人間と同じ数だったはずだ。
そして以前不可抗力で! シルシルさんのせいで! 着替えを覗きかけた時にみたのもナターシャだった。けれどその時の腕は四本だったはず。 どういうことだろう?
「えと、あの、それは……こういう感じで」
そっと持ち上げられた右腕……右側の二本の腕がぴったりと重なり合い、そのつなぎ目が消えると先ほどまでの細すぎる腕と違い、標準的な女性の腕が現れる。
そして残る腰辺りの右腕はもぞもぞと服の中へ入ると、どうやら腰の辺りでベルトのように巻きついて収納されたようだ。
よくよくみれば彼女の間接は所謂球体間接になっていて、顔の表面もきめ細かい、というかクオリティの高すぎるソフビ人形のように見えなくもない。
「えいっ」
「ひゃわっ!?」
ほっぺを突いてみたけど、感触は人間と大差なかった。何だろうこの娘?
「ナターシャさん、ちゃんと事情を説明してくだされば、クリスタさまはお優しいですよ?」
「せ、説明しないと?」
「うーん……。キメラより性質が悪いです」
「ちょっと?」
「わ、わかった、説明する。します」
「分からないで?」
最近イリスの僕の扱いが雑な気がする。
打ち解けられたようでうれしいような、ちょっと悲しいような複雑な気分だ。
「というかイリスも知りませんの?」
「たぶん人間じゃないんだろうな、というのは予想してたんですけど、ナターシャさん模擬試合でも腕は二本でしたし、その時の武器もみんなと同じ模造剣でしたから」
つまりこの姿を知っているのはほぼ居ないのか。
全員知らない、とまでは言えない。少なくとも更衣室では四本だしていたんだから、ミーシャやシルシルは知っているんだろう。
……いや、ミーシャ相手に隠し通すには鑑定偽装とか隠蔽とか、そういう魔法が必要そうだけど。あるのか知らないけど。
「わ、わたしは、鬼毒蜘蛛っていう、魔獣、なんだけど」
「魔獣、ですの? でも魔獣ってもっとこう」
僕の脳裏に浮かぶのはヴォイドレックスとか、多足蛙とか、なんというかこう、強いけどアホっぽ奴らだった。
こんな可愛かったり、まともに話が通じたりする相手ではないし、人形のような質感でもない。あ、この辺で死んでる回転サソリも魔獣か。
「私も知らない種類です。鬼にも蜘蛛にも見えませんけど、どんな種類なんですか?」
「腕の数だけみれば、蜘蛛っぽくはありますけれど」
「えと、あの、最後まで話を聞くまで攻撃しないでくれるなら」
「「しないから早く」」
「は、はい」
ナターシャから聞いた鬼毒蜘蛛の説明をまとめよう。妙に詳しいというか人間視点の説明だったけど、これについてはいつか役に立つからとナーチェリアが鑑定結果を教えてくれたらしい。
やっぱりナーチェリアが知ってるのか。今度から何かあるたびに教えてナーチェリア先生をしなければ。
「……」
「……」
「ま、まって! 武器出さないで、包丁しまって!?」
いや、だって、これ聞いて武器を構えてしまった僕らを責められる奴がいるだろうか?
【鬼毒蜘蛛】
危険度:B
希少度:A
分類:魔獣
魔力色:無色透明(状態により変化)
主武装:牙・爪
得意魔法:《捕食吸収》《変身》
解説:
『オーガの食性と変身能力を有する巨大な毒蜘蛛の魔獣。
喰らった相手に変身することができるが、その姿が本来の姿に近いほど効果時間が延びる。
知能は普通の蜘蛛並みだが、強力な固体は人並みの知能を有することもある。
主食が人型の生物(人間、亜人、魔獣問わず)のため、その知能を吸収した結果とも言われているが定かではない』
「わ、わたし、役立たずだから森で暮らせなくて、逃げてきたの」
「それで主食の多い街へ」
「そうじゃないの!」
「じゃあ、人を食べたことは無いんですか?」
「……な、ないの」
あ、目を逸らした。これあかんやつですわ。
「襲ってきた冒険者とか盗賊だからセーフ! セーフなの!」
「冒険者がセーフかはさておき、自分から襲ったことはありませんのね?」
「そういう魔獣もいるんですね」
「え? あ、いや、その。わたしが自分から襲ってないのは偶然というか、役立たずで襲えなかっただけというか」
「さっきから言ってますけど、これだけ強くて役立たずって、どういうことですの?」
素で危険度ランクBもあり、危険度ランクDの回転サソリの群れを一掃するような魔獣が役立たずって、考えにくいんだけど。そもそも魔導騎士科に入り込んでいる時点でこの国のエリートなので、あまり役立たずとか言ってほしくはない。
「わ、わたしは、糸をだせないの」
「糸を出せない? そういえば網を張らずに直接襲う蜘蛛もいると聞きますけれど」
「ち、違うの。糸は網以外にも、命綱とか、卵を守ったりとか、仲間をお話したりとか、いっぱいできるの」
蜘蛛の糸には想像以上の使い道があったらしい。
蜘蛛が歩いているところの糸はべたべたしてないとか、種類があることは知ってたけど、使い道もひとつじゃなかったのか。
「コミュニケーションが取れないというのは、たしかに問題ありますね。でも言葉が話せるなら問題ないのではなくて?」
「これは、わ、わたしだけ」
「はい?」
「仲間と暮らせないから、人に擬態したまま人の中で暮らすために覚えたの。が、がんばったの」
この娘、実は天才なのでは?
いや、まて、人に擬態という事は、人を食っているはずだ。そして今の外見は冒険者や盗賊をしているようには見えない女の子。まぁ魔導師だったらありえなくもないし、イリスのようにチートみたいな女の子だった可能性もあるけど。
そしたら腕がおおかったり球体間接なのは何故かって話にもなってくる。
「……わ、わたしが学園に入っている以上、国もわたしの見た目や種族については問題視していないの」
む、それを言われると弱い。
特に現在のクラス担任はロバート、つまる公爵にして聖獅子騎士団団長だ。そんな人が見逃している相手を僕がどうこうしていいわけもない。
かといって知ってしまったものを見過ごすというのも。
「でも、話してもいい。そ、その代わり、協力してほしいことがあるの」
「協力するかどうかな、内容によりますわね。けれど、教官が見逃している以上、話を聞いてすぐ貴方に危害を加えることはないと誓いますわ」
「私もです。少し驚きましたけど、同じクラスの仲間ですから!」
ナターシャはそんな僕らに少し、ほんの少しだけ寂しそうに微笑むと、髪を書き上げ、今まで隠していた左目を露出させた。
あれ? この状況、最近どこかで。
「じゃ、見てきてほしいの」
そうして現れたのは単一にして無数の目、蜘蛛の複眼。
完全な不意打ちを食らった僕とイリスの視点は、その瞬間深い森の奥へと移動していた。
僕の趣味をこれでもかと詰め込んだナターシャちゃんです。
詰め込まれていないのはツインテ要素くらいでしょうか? 本当は登場キャラ全員ツインテでもいいくらいですが、それは偉大な先駆者さまがいるので我慢の子。




