9.イノマンは憑依する
イノマンが支配しているリザード星人は突き出した口の先をすぼめてなんとか水をのませる事に成功した。
その様子を貴賓室でリザード星人を取り巻く3人の客人はそれぞれが顔を歪め固唾を飲んで見ている。
少し様子を見るけど正気に戻る気配がない。
それどころか顔色が悪くなっている様に思う。
(水を飲ませたのがいけなかったのだろうか)
少し焦りが出てきた。
前方に立っている付き人らしい背広の人と目を合わせる。
「解毒薬は無いぞ、それに毒の種類もわからないだろう」
(そうだよな薬があるなら最初から渡してくれてるはず、一か八かでやってみよう)
「今からミカさんの体内から毒素を吸い出します」
(撃たれたりしたら元も子もないからきちんと説明しとかないといけないな)
「そんな事ができるのか」
「できます」
(本当はやってみなくては分からないのだけど、あやふやなことは言えないし)
「今からやります。びっくりして撃たないで下さいよ…トリガーから指を外して下さいね」
そう言った後にリザード星人が取った行動を見た3人は硬直する。
彼らは事前に聞いてなければ絶体トリガーを引いていたと思う。
その行為の最中ミカは無意識下で拒絶したのだけど悪あがきにしかならなかった。
とかげが大きな口でミカの顔を覆い尽くすように咥え込んだその顔色は最初の土色から毒々しい青紫色へと変色していき、その分ミカの顔色が明るく快復して泥の様な眠りに落ちていくのが手に取るようにわかる。
貴賓室の客人はミカを抱いたまま崩れ落ちたリザード星人をその場に放って軍服が星乃ミカを抱え上げ隣の操縦室へ行く。
そう、リザード星人はミカの毒を吸い尽くすことで死んでしまっていた。
そして操縦室は何事もなかったかのように活動している。
本来なら軍服あたりが『なぜ早く助けに来ない』と怒鳴る場面なのだろうけどそんなことはない。
操縦室に入ると、こちらに銃を構えていた4人の軍服が直ぐに捧げ銃の敬礼をして出迎える。
「隊長、もう少し遅ければこちらから突入するところでしたよ」
手前の軍服が声を掛けて手を差しのべてきた。
抱いてる星乃ミカを受け取ろうとしてるみたい。
「大丈夫だ、このまま運ぶから簡易ベッドを出してくれ」
ここで軍服が5人揃ってマーチングバンドの様に息を合わせて動き出す。
この宇宙船は東域宇宙和平維持連盟が運航している少しだけハイクラスの宇宙船になっている。
だから海賊が触手を動かそうとするほど豪華なものはない。
それよりなにより、この辺境惑星宙域内で海賊船が現れたのは今回が初めてだろう。
テレム議員が狙われたのだけど彼は3名しか居ない、いて座オメガ星にある中央連邦評議員の1人で数あるV.I.P.の中でもトップクラスに入っていた。
なぜそんな重要人物が一般の宇宙船に乗っているのかということについてはこれまたここに居ること自体がトップシークレットになっているから。
テレム議員が銀河系東域の辺境にある太陽系を訪れた事が知られると『そこに何かがある』と野心家たちの注目を集めるだろう。
そして彼らはやって来て『何か』を見つけようと全てをひっくり返してしまうかもしれない。
そんな混乱を引き起こす恐れを避けるためのお忍びだった。
星乃ミカはルナ・ターミナル宇宙港に宇宙艇の出港準備をするために行った時、『基地』でよく見かけていた高速宇宙船が出港準備しているのに気付いたので乗船できるように無理矢理ねじ込んで叶っている。
そんな高速宇宙船が航行中に襲われる事は絶体ないと誰もが考えていた。
「こんな事になってしまうなんて申し訳ございません」
アヒル顔の船長が丁寧にお詫びしている。
自分の落ち度ではないと厚顔無恥な態度を取ったりしない。
「船長が悪い訳ではありませんからお気遣いなく、逆にご迷惑をお掛けした形になりすみません」
テレム議員乗船のために派遣されたアンバ警備隊長も弁護するように言う。
航行中に襲われて停船するなどとは言語道断だろうと言たりする人ではなかった。
「それよりこれからどうしますか」
背広姿の付き人リュウが聞く。
「救難信号は出してますので全パージを考えています。時間稼ぎにはなるでしょう」
ダウン船長が答える。
「各個に攻撃されるかも知れませんね」
これは隊長の考え。
「搭乗口だけパージして、全速力で逃げるのはどうでしょうか」
ダウン船長は次の手を提示する。
「間違ってもテレム議員は殺されないと言うのが大前提ですね」
(逃げ切れると思っているのか?)
「危険な賭けを冒すことになりますね」
リュウは不安そうに言葉を続けた。
「前方至近距離に高密度反応!」
操縦室で外部環境監視を行っていたオペレーターが叫ぶ。
「戦艦出現、敵味方識別信号はカシオペア艦隊、味方のものです」
「高出力レザービーム発射されました、目標は本船と海賊船との接続面…着弾!」
「危ないことをするなあ、A1ブロックパージ後全速離脱」
船長が搭乗口区画の切離しを命じた。
当然気密確保してから実行される。
「A1ブロックパージ完了」
「全速離脱移行中、ですが最大時の40%か限界です」
「それじゃあ逃げられない」
船長がくちばしをへの字に曲げて言う。
「カシオベア艦が高密度エネルギー弾を発射、目標は海賊船…命中、爆発します」
「推進噴射口を広角にして飛んでくる破片をはね返せ」
「カシオペア艦から通信」
「忙しい限りだなあ、でもまあ命の恩人には違いないか」
そう言ってダウン船長がアンバ隊長とテレム議員を手招きして呼ぶ。
ここの最高責任者には違いないけど、目の前に居る権力者を外して話をすることはできないと考えたのだろう。
もしかしたら、心細かったのかもしれない。
カシオペア艦シェダル艦長からの通信は直接会見申し込みだった。
話し合いの末、シェダル艦長と2名の随行者をこちらの宇宙船に招くことになる。
通信中にダウン船長と中央連邦の3人で移動方法を模索した結果、宇宙船の緊急脱出ボットを1基放出してその開口部にカシオペア戦艦をドッキングさせる事になった。
宇宙船へやって来たのはシェダル艦長とヘンナ副長、そして最後の1人はからす座のギエナー参謀で女性。
「女性で参謀職に就かれるとは大変な努力をされたのですね、それにとてもお美しい」
ダウン船長が白いアヒルのほほを染めて言う。
まあ、どこの集団でだろうと女性が居た時には先に褒めちぎっておくと流れがスムーズに進行する場合があるのだけど、今回に限って言うと船長が一目惚れをしたとしか思えない。
「部下を褒めてくれたことに感謝する。それより先に貴殿達が無事だったことについて感謝の意を述べさせてもらう」
「感謝ですか?」
「そう、あの海賊船は我々が追っていたのです。だから巻き込んでしまった。申し訳ないとお詫びいたします」
「あの海賊船はあなた達と同郷、北方星域とかげ座リザード星人のものでした。それは関係するのですか」
「彼らは過激な考えを持っているというよりかは本当に頭が悪くて苦労させられている・・・
シェダル艦長による長い話が始まった。
ダウン船長の下で副長をやっているハウンドが要約してまとめたものによると、カシオペア連合艦隊は北方辺境宇宙で人喰ガルメニ星人により組織されている海賊船団を探しては撃破していた。
今回もケフェウス座アルファ星宇宙域で討伐をしていたのだけど、その中の1隻が考えられないことにスリット航法を発動させて逃走してしまう。
スリット航法はカシオペア艦だけが使えるものでその全てが極秘にされていた。
その時、一番近くに居たシェダル艦長が素早く海賊船の行き先を解析して追跡することに成功、太陽系第5惑星木星宇宙域で追い付き先の行動に至ったとなっている。
なぜリザード星人の船が評議員が乗った船を都合良く襲っていたのかは不明となっていた。
真実は語られなかったのだから。
シェダル艦長が隠していた事実は、カシオペア座を代表とする北方星域星人が、他星域と比べ中央連邦による援助が少なく差別されているのではないか、という問題についての対策会議を行っていた最中、とかげ座のリザード星人が一言『そんなのは貧しい生活をしている人々の姿を中央に居る一番偉い人に見てもらうのが一番手っ取り早い話しじゃないか』と言って出ていってしまう。
そして彼らは日を置かずして自分達が所有する戦艦3隻で出港した。
もし彼らが有言実行しようとしてるのなら取り返しがつかない過ちを冒すことになる。
ただでさえ傍若無人なリザード星人が品行方正な態度を取って中央の実力者を招待できるとは誰も思っていない。
だから是が非でも引き止めるべく、それを追う形でカシオペア連合艦隊の中からスピードが早い戦艦3隻を直ちに出撃させた。
リザード星人の戦艦がスリット航法に移行してしまったら行き先を特定できなくなってしまう。
そうなる前に止めなければいけないのでかなり焦っていた。
その焦りが最後尾に居たリザード星人の戦艦を爆破させてしまい、先頭の戦艦がスリット航法に移行して逃げられてしまってる。
真ん中を進んでいた戦艦はその推進装置の破壊に成功し拿捕することができた。
拿捕した戦艦の乗組員から行き先を聞き出し、カシオペア艦1隻だけがスリット航法で追い掛けてるというのが真実。
それはさておきシェダル艦長は、迷惑を掛けたのは事実だからということで乗客全員をスリット航法が使える自分の戦艦で基地まで送った。
星乃ミカは暗い闇の縁をいつまでも漂っている夢を見ていたのだけど、突然として目を覚ます。
起き上がり周囲を見渡して、ここは病院なんだろうかと不思議に思う。
そして何故だかは分からないままにイノマンが憑依してたリザード星人の姿がないことに心細さを感じた。
もしかしたら、今まで見聞きしていた出来事すべてが架空の想像物で悪い夢を見ていたのではなかったのだろうかとの疑念が湧いてくる。
「イノマン…ねえ居ないのですか」
ミカは軽い喪失感に見舞われた。




