8.イノマンはリザード星人
星乃ミカとイノマンを乗せた高速宇宙船は出航から40日後、アステロイドベルト宙域の手前で宇宙海賊による攻撃を受けて停止している。
なぜ宇宙海賊と断言できたかと言うと、侵入して来た1人目の敵をタイミンク良くイノマンが精神支配してそのまま身体を乗っ取ることが出来たからだった。
イノマンが精神支配によって侵入者の身体を奪い取った当初、一番最初に対面するハメになった星乃ミカはパニックになりそうなほど戸惑う。
こちらに向き直った宇宙服ヘッドグローブの中から醜く歪んだ顔をしたリザード星人が鋭い眼光で睨んでいる様に見えたから。
(もう駄目かもしれない)
そう思いながらも死神のカマが心臓を貫くまでは生きることを諦めてはいけないとの考えが脳裏に閃いた。
「あなたはリザード星人ですか、あなたが仲間を撃ったのはこちらに亡命する意思表示だと判断して良いのですね」
ミカが恐怖を払いのけ毅然とした態度で問い掛ける。
相手が返事するのに考え中みたい。
だからミカにも少し余裕ができた。
(思わず手にしてた人形を投げ付けてしまったけどあの中にはイノマンが居たのよね大丈夫だったかしら)
今更のように思う。
さっきから床上でピクリとも動こうとしない人形が抗議するかのように視界に入っている。
動かないのは最初からだったけどそれでも表情はあった。
寝ている時は安らかな表情をしてるように思えたし、怒る笑う悲しむ戸惑う照れる怯える…まだまだ色々な表情をしていたのをミカは思い出す。
今は全くその表情を見せていないどこにでもあるありふれた普通のからくり人形。
「ごめんなさいイノマン、あなたが飛び出てしまって居なくなるなんて思ってもみなかったの」
「はい、私は大丈夫ここにいますよ」
目の前に居るリザード星人が返事をする。
「ふぇ~ん・・・ちょっとまって、あなたイノマンなのいつからイノマンなのよ」
「リザード星人にぶつかった拍子に中へ入れました。相手が怯んでたので追い払って身体を乗っ取った感じです」
「へー、そんなことが出来るのですね、知りませんでした」
何時も冷静ぶってるミカのポーカーフェイスが崩れた。
イノマンが乗っ取ったリザード星人は腰ベルトに挟まってる予備の弾丸を装填して今しがた出来た即席の粘着壁にある隙間から相手の宇宙船へ撃ち込む。
「多分ここはもう放棄する筈ですから大丈夫でしょう。貴賓室へ急いで行きますよ」
動きが鈍くなってるミカにてを差し出す。
(宇宙服越しでもリザード星人…トカゲよね)
星乃ミカは爬虫類が嫌いだった。
手を軽く取って大丈夫の意思表示をして手を離し一緒になって走り出す。
「あなたそのトカ…リザード星人の記憶が読めるのですか」
「こいつは下っ端でおまけに訓練もいい加減にしか受けてないみたいでゆっくり視ようものなら吐きそうになるのでちょっとずつしか触れてないです。それに重要そうなことは何も教えてもらってないですね」
(忘れてしまってるってのもあるかもな)
「では何故貴賓室へ行こうと言うのです」
「こいつに与えられた命令は貴賓室に居る客を捕獲しろです。だからさっさと終わらせて…余った時間で積み荷の物色をしようと考えてました」
(余った時間で何をしようと考えてたなんて、おぞましくて本当のことはとてもこのお嬢さんには言えないぞ)
「でも、そいつがここのリーダーなのですよね」
ミカが考えを巡らすようにして言う。
「そうなんです。だからおかしいでしょう」
「貴賓室の乗客が目的ならもっと別の遣り方があった筈です。ぶつかるまで感知されなかったのですよ、何故わざわざ目立つ様な事をしたのでしょうか」
ミカが疑問を口にした。
「このリザード星人は与えられた命令通りに動いてるだけです」
「命令ね…何かが引っ掛かるのだけど分からないわ」
ミカは走りながら首を振る。
「こいつは全てを知らされないまま動いてる…」
イノマンが記憶をまさぐるけど核心につながるようなものはない。
「しまった。命令を出している黒幕が近くで見ているのよ!」
ミカが一度立ち止まり、呼吸を整える素振りを見せて歩き出す。
それでも息が荒い。
「状況に応じて指示を出しているのでしょう」
「他にも見えない船が隠れていると言うのですか」
リザード星人にしても寝耳に水みたいだ。
「はっきりとは断言できません。でも…凄く不利なのは間違いない」
ミカがよろめいて壁に手をつく。
イノマンが手を差し出したけど拒否された。
(宇宙服越しだからいいと思うのだけど)
「おかしいわね、このくらいで息切れなんかしないのに…」
そう言って床に座り込んだけどそこはもう貴賓室入口の前だった。
「しまったかもしれない、奴ら毒を流しやがった」
リザード星人の身体を乗っ取ったイノマンは宇宙服を着たままなので気付かないし影響も全く受けていない。
気を失いぐったりしたミカを抱き上げて貴賓室の呼び出しボタンを押す。
(中から開けてくれなかったらここで終わりかな、でもまあ一度は死んだ身だしそんなに諦められないこともないけど、ミカさんは可哀想かな)
そんなことを考えてる間に扉が音もなく開いていき内側に3人立っているのがわかる。
その人達は一般的なヒューマノイドタイプでそれぞれの手に銃を持ち、真っ直ぐこっちに照準を合わせ構えていた。
「亡命します!」
イノマンは即座に言い放つ。
(この状況で何を言ったら信じてくれるのか僕には分からないから、さっきミカさんが言ってたのに倣ってみたけど効果はあったみたいかな)
「本当だな、そこで止まれまず最初にその子をこちらに渡してもらおう…」
イノマンは会話の最中も歩き進んでいる。
「中まで入ります。直ぐに扉を閉めて下さい。毒が流れてきてます」
毒の言葉を聞いたごつい体格の軍服がその風体に似合わないスピードで扉のスイッチを押して閉めてそのままイノマンの背後に回り込む。
「亡命とは上手いことを言ったな、誰の入れ知恵かな、しかしそう簡単には信じてもらえないと思うことだ」
まだ3人とも銃を構えたまま。
後ろに目は無いけど当然そうだろう。
「みんなで操縦室へ行きましょう」
「そしてこの船を乗っ取る気かな」
「いえ、この船の中で今一番安全な場所だからです」
「わかった従おう、だからその子をこちらへ渡せ、操縦室へ行くのはそれからだ」
前方の背広が銃で威嚇しながら言い放つ。
(護衛は後の1人だけか、前に居るのは御付人だろうか、それにしてもあの様子では1人になったら後ろからドンだな、悪いけどミカさんにはもう少し僕の盾になってもらわないと…)
「手放した途端に撃たれたんじゃ割りが会わない」
「君は今しがた亡命の意思表示をしたばかりじゃないか、それを撃ったりするわけがないだろう」
後ろから薄笑いを浮かべた声が聞こえてくる。
見えなくても十分伝わってしまう。
(この嘘つき野郎、死人に口無しとでも思っているだろう、ミカさんが正気に戻った後で真相を知らされて後悔すればいいさ…そうか)
「先に解毒薬か何か、水だけでも良いからくれないか…直ぐにだ。ここで正気に戻ってもらう」
(こういった手合いには少し威圧的に出た方がいいかもしれない、弱みを見せたらいけないんじゃないかな)
「そいつも仲間なんだろうよ」
再び後ろから声が掛かる。
「ちょっと待って下さい。皆さんも少しの間だけ停止していてください」
背広の横に居た薄い着物の様な上着を羽織った中年が初めて口を開く。
実は中年なのか若いのか男性なのか女性なのかも分からない風体をしていた。
「テレム議員に何かお考えがあるのですか」
「やはり亡命の意思表示をしている者を無下にしてはいけないでしょう。この室内の状況もAIによって記録されていると思いますよ、
言い合う前にあちらの言い分を聞いて彼女の意識を戻しませんか、彼女が着ているのは連盟の制服の様です」
「相手は今まで悪行の限りを行ってきてるリザード星人ですよ」
「彼が悪事を働いたという証拠はありません。リザード星人だけという理由で全てのリザード星人を黒にしてはいけないと思います」
(さすが品のある人は言うことにも品があるな)
イノマンは感心しながら声を掛ける。
「テレム議員さんとお呼びして宜しいですか、あなたが狙われているのです」
「なぜ私なのですか」
「なぜかと聞かれたら返事に困りますけど、貴賓室の乗客を捕獲しろが命令なのです」
「誰からの命令なんだ」
後ろからの声。
「分かりません。私は私の端末に入ってくる指示の通りに行動してるだけです」
「今は何て言っている」
「裏切り者には死あるのみと繰り返し言ってます」
「まあまあ、ここで言い合いをしても時間が悪戯に過ぎるだけです。水を持って来て差し上げなさい」
テレム議員が横に居た付き人に言う。
「どうぞ、ただの水です」
(後で金を取る気じゃないだろうな)
水の入ったコップを受け取ったは良いけどどうやって飲まそうかと思案する。
取り囲む3人も同じことを思った様で好奇の視線が向けられた。
(仕方ない、ここは期待に応じると致しますか)
イノマンは宇宙服ヘッドグローブを開けてコップの水を口に含む。
何も知らない星乃ミカは抵抗のしようもなくイノマンの腕に抱かれたままになっている。




